表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超毒舌グルメVTuberは俺の飯だけ星一千万〜隣の無口美少女を料亭仕込みの家庭料理で餌付けしていたら、毎晩ごはんをねだられるようになった〜  作者: ハイさん
第3章 かつての妹弟子と、初めての嫉妬(やきもち)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/75

第41話 壁越しの出汁指導

鈴音が料理を覚えようとしていることは——もう隠すまでもなかった。


 毎晩、壁の向こうから音がする。以前のような悲壮な失敗音ではなく、ゆっくりとした——確認するような音。水の音。卵を割る音。何かを混ぜる音。


 火曜の夜のことだった。


 壁越しに——鈴音の声が聞こえた。


「……出汁って、どのくらい水を入れるんですか」


 独り言かと思った。だが妙にはっきり聞こえる。


 まさか。


「……みなとさん。聞こえていますか」


 壁に向かって話しかけている。壁が薄いのを利用して、隣の俺に質問している。


 ——この女。


「聞こえてるよ」


「……昆布は、どのくらいの大きさですか」


「手のひらくらい。十センチ四方で充分」


「……十センチ」


 壁越しに、はさみで何かを切る音がした。


「水は何ミリですか」


「五百で。昆布入れたら三十分以上置いてから火にかけろ。水出しが大事だから」


「……三十分」


 タイマーをセットする電子音が聞こえた。


 しばらく沈黙。三十分間。


 俺は自分の部屋で、洗い物を済ませ、明日の講義の準備をしていた。壁の向こうのタイマーが鳴るのを——なぜか、待っている自分がいた。


 ピピピ。タイマーが鳴った。


「……火にかけます」


「弱火で。沸騰させるな。泡がふつふつ出始めたら昆布を引き揚げろ」


「……ふつふつ」


「大きくボコボコじゃないぞ。小さい泡がゆっくり上がってくるくらい」


「……小さい泡」


 しばらく静かになった。鈴音が鍋の中を凝視しているのだろう。あの瞳孔が開いた目で——泡の大きさを判定している。


「……引き揚げ、ました」


「音で教えてくれ。鰹節はあるか?」


「……スーパーで買いました。どのくらい入れますか」


「ひとつかみ。手に軽く握れるくらい。入れたらすぐ火を止めろ」


「……止めました」


「そのまま触るな。二分待て。鰹節が沈んだら布巾かざるで濾せ」


 布巾を絞る音。液体がボウルに落ちる音。


「……できた……と、思います」


「味見しろ。お前の舌がいちばん正確だ」


 沈黙。二秒。


「……あ」


「?」


「……出汁だ」


 壁越しの声が、震えていた。


「……これが。みなとさんが毎日引いている出汁。……こういう味、だったんですね。……自分で作ると」


「どう?」


「……みなとさんのより、薄いです。でも——」


「でも?」


「……自分で作った出汁は、自分で作ったって、わかります」


 その声は——穏やかだった。


 俺はベッドの上で、壁にもたれたまま天井を見ていた。壁を挟んで五十センチ先に鈴音がいるのだろう。彼女も——壁にもたれているかもしれない。


「明日、その出汁で味噌汁作ってみろ」


「……はい」


「できたら持って来い。俺が味見する」


「……みなとさんに、味見してもらうんですか」


「普通逆だろって思うだろうけど——お前に作ってもらった飯の味見がしたい。つまりそういうことだ」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……おやすみなさい」


「おやすみ」


 壁の向こうで——ベッドのスプリングが軋む音がした。


 そうか。同じタイミングで寝るのか。


 目を閉じた。壁越しの出汁指導。世界一距離の近い料理教室。


 壁一枚で繋がっている。この距離が——今はちょうどいいのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■作者からのお知らせ
この作品をキャラクターの声で楽しめる「ボイスドラマ版」をYouTubeで公開しました!
ぜひ耳でも作品を楽しんでみてください↓

ハイさんの創作チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ