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超毒舌グルメVTuberは俺の飯だけ星一千万〜隣の無口美少女を料亭仕込みの家庭料理で餌付けしていたら、毎晩ごはんをねだられるようになった〜  作者: ハイさん
第3章 かつての妹弟子と、初めての嫉妬(やきもち)

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第35話 柚葉の本音

五日目。柚葉が俺の部屋に来た時、いつもと少し空気が違った。


 料理を作らなかった。リュックも持っていなかった。手ぶらで来て、ちゃぶ台の前に正座した。


 正座。柚葉が仕事以外で正座をするのは、真剣な話がある時だけだ。


「先輩」


「ん」


「……氷室さん、来なくなったんですね」


「ああ」


「いつから」


「お前が来た日から」


 柚葉の表情が、わずかに歪んだ。快活な笑みではない。眉の間に皺が寄っている。


「……私のせい、ですか」


「そうだ」


 即答した。柚葉が俯いた。


「お前が俺の過去を全部ぶちまけたから、鈴音は自分と俺の差に打ちのめされて、出てこなくなった」


「……」


「お前の言い分もわかる。俺が料亭に戻るべきだって思ってるのも理解している。でも——関係ない人間を巻き込むな」


「関係なく、ないです」


 柚葉が顔を上げた。目が赤い。


「あの人は——先輩の料理を毎日食べてるんでしょう。先輩が毎日二人分のご飯を作って、一緒に買い物に行って、合鍵まで渡してるんでしょう。それで関係ないなんて——嘘です」


「……」


「私は先輩のことが好きです。料理人としても——それ以外でも」


 知っていた。ずっと知っていた。柚葉が俺を慕っているのは、連れ戻したい気持ちの半分が好意だということくらい、見えていた。


「先輩の隣で一緒に料理がしたかった。板場に並んで立ちたかった。それが——私の夢でした」


 声が震え始めていた。


「なのに先輩は逃げた。料亭を出て、ボロアパートで一人暮らしを始めて。それでも——いつか戻ってくると思っていました。先輩なら、料理を捨てられるわけがないって。……でも」


 柚葉がちゃぶ台の上を見た。二人分の食器が置いてある場所。使い込まれた箸。鈴音専用になりつつある湯呑み。


「先輩、もう——ここが居場所になっちゃってるんですね」


 否定できなかった。


「あの人のためにご飯を作って、あの人に食材を選んでもらって、あの人に味見してもらって。……それが先輩にとっての板場になってる」


 畳を見つめる柚葉の頬に、涙が一筋流れた。


 拭わなかった。そのまま、正座を崩さない。


「……あの人に、先輩の手料理を取られたのが——いちばん、悔しいです」


 声が、割れた。


「私は——ずっと先輩の料理を食べたかった。先輩に作ってほしかった。でも板場では、そういう関係にはなれなかった。弟子と先輩だから。仕事だから。——一度も、作ってもらえなかった」


 ——そうだった。


 料亭で、俺と柚葉は恋愛に発展し得ない関係だった。仕事仲間。先輩と後輩。板場に恋愛は持ち込まない——親父のルール。


 柚葉はそのルールを守った。俺のために。俺が板場にいられるように。


 そして俺が逃げた後も——柚葉は板場に立ち続けた。一人で。


「……悪かった」


「謝んないでください」


 柚葉が目を拭った。袖で、乱暴に。


「先輩に謝られたら——もう何も言えなくなるから」


 沈黙が、しばらく続いた。


 ◇


 柚葉がお茶を飲んだ。俺が入れたほうじ茶。


「……あの人、氷室さん。ただ者じゃないですよね」


「何が」


「舌。あの人の舌、私より上です。たぶん大将と同じか、それ以上」


 ——気づいたか。


「先輩のハンバーグの動画見ましたよ。あ、鬼舌のリリって人のチャンネルで。あの人でしょ、氷室さん」


「……知らないけど」


「嘘が下手なのは先輩も同じですね」


 柚葉がかすかに笑った。泣いた直後の、くしゃりとした顔。


「あの人のレビュー、めちゃくちゃ的確ですよ。プロの料理人が聞いても唸るような分析を、食べるだけでやってる。あの舌は——天才だと思います」


「……」


「でもね、先輩」


 柚葉が、まっすぐ俺を見た。


「あの人は——先輩の料理の前だけ、天才じゃなくなるんです」


「どういう意味だ」


「リリの配信見ました。先輩の料理のレビューだけ——語彙が壊れてるんです。あの冷徹な分析力が全部吹き飛んで、ひらがなで『おいしい』しか言えなくなってる」


 知っている。俺の飯バフ。


「あれは——好きだからですよ。先輩」


 柚葉の目が、真剣だった。涙の跡が残る顔で、真剣に——俺に向かって。


「あの人は先輩の料理が好きなんじゃなくて、先輩が好きなんです。食べてるのはご飯じゃなくて、先輩の気持ちなんです。だから語彙が壊れるんです」


 言葉が出なかった。


「……私はあの人に負けました。料理ではたぶん勝ってます。でも——先輩を好きな気持ちの、でかさで。負けました」


 柚葉が立ち上がった。


「明日、あの人のところに行きます」


「は?」


「話があります。あの人と」


「待て。鈴音は今——」


「待てません。私が壊したものは、私が直す責任があります」


 リュックのない背中が、ドアの向こうに消えた。


 スニーカーの足音が、階段を降りていく。


 嵐の前の静けさとはこのことだ——と思ったが、嵐はもう来ていた。来ていて、まだ過ぎていなかった。

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