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第22話 妖精狂騒曲

配信事故の翌日、ネットは燃えていた。


 「鬼舌のリリの部屋に、出汁について叫ぶ謎の妖精が棲んでいる」


 この一文が、動画の切り抜きとともに拡散された。再生数は一晩で二百万を超えた。


 健太が昼休みに飛んできた。


「湊! リリの配信事故見た?!」


「ああ、なんか騒いでたな」


「なんかってレベルじゃねえよ! リリの部屋になんかでかい叫び声が入ったんだよ! しかもその声がノイズ混じりで『一番出汁こぼす』とか言ってたんだよ! 出汁をこぼしかける男! これ絶対あの神料理人じゃん!」


「……そうかもな」


「で、リリが何て言ったと思う? 『我が家の妖精です』だぞ? 妖精! 出汁の妖精! トレンド一位だよ今!」


 スマホを見せられた。確かにトレンドに入っている。


 #我が家の妖精

 #出汁の妖精

 #リリの部屋に神がいる

 #妖精の一番出汁こぼし事件


 四つもハッシュタグが走っている。


 切り抜き動画のコメント欄を見た。


『リリが動揺しすぎて声裏返ってるの人間味あって好き』

『「我が家の妖精です」って即答したリリの防御力、実はめちゃくちゃ低い説』

『冷静に考えてほしい。この妖精は出汁について叫ぶ。つまりこの妖精は日常的にリリの隣で料理をしている。つまりこの妖精はリリに飯を食わせている。つまりこの妖精こそが、あのハンバーグを星一千万にした神料理人。Q.E.D.』

『↑証明がガバガバすぎるけど結論だけは正しい気がして腹立つ』


 ——全部正しい。一文字も間違っていない。


 「つまり」の数だけ真実に近づいているのが恐ろしい。


 ◇


 その夜。


 鈴音がいつも通り来た。チャイムを押して、無表情で入ってきて、定位置に座った。


 何事もなかったように。


 だが——視線が合わない。いつも以上に合わない。俺の胸元あたりすら見ず、テーブルの上の箸置きだけを凝視している。


 今日のメニューは豚の角煮だ。前日から仕込んでいた。下茹で、脂抜き、本煮込み。柔らかくなるまで二時間。煮汁が飴色に輝いている。


 食卓に並べた。角煮、煮卵、白飯、わかめの味噌汁。


 食べ始める。鈴音の箸は——いつもの速度だった。角煮を一口。煮卵を半分。白飯。味噌汁。


 加速する。


 いつも通り。何も変わらない。


 ——いや、一つだけ変わっていた。


 食べ終わった後、鈴音が口を開いた。


「……みなとさん」


「ん」


「……昨日の夜、ご迷惑をおかけしました」


「迷惑? 何が」


「……壁が薄くて、私の……その、作業の音が……うるさかったかと」


 作業。配信のことを「作業」と言い換えている。


「別にうるさくなかったよ。何か動画でも見てたのか?」


「……はい。そんなところ、です」


 嘘がド下手だ。顔色一つ変えないくせに、声のトーンが微妙に上がる。これがボイチェンの向こうでは冷徹な毒舌を披露しているのだから、人間というのはよくわからない。


「出汁こぼしそうになって叫ぶのは気をつけるよ」


「……お願い、します」


「妖精だからな。ラップ音みたいに叫んじゃうんだ」


 鈴音の箸が——テーブルに落ちた。


 カラン、と乾いた音。


 拾い上げながら、ちらりと彼女の顔を見た。無表情のはずが——耳だけではない。目の端が微妙に歪んでいる。これは——


 恥ずかしいのか。焦っているのか。


「……妖精、とは」


「いや、ほら。壁が薄いから、声が漏れて妖精みたいだなって。自分で」


「……そう、ですか」


 誤魔化した。ギリギリのラインを攻めすぎた。反省する。


 ◇


 その夜のリリのコミュニティ投稿。


【おわび】

さくじつの放送事故について。

あれは、わたしの部屋の妖精です。

妖精は、だしについて、ときどきさけびます。

わるぎはありません。


ちなみにきょう、妖精が「おれは妖精だから」と

じぶんから名乗りました。

ぜつぼうしました。


 コメント欄。


『「絶望しました」wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『妖精が自称してくるの怖すぎて草』

『リリの妖精、概念が固まってきたな。特徴:出汁を語る、叫び声がでかい、自覚がある、リリに飯を食わせている』

『完全に彼氏じゃんこれ』

『↑リリは否定も肯定もしてないのが全てを物語ってる』


 スマホを伏せて、天井を見上げた。


 否定も肯定もしない。


 それは——確かに、俺達の間にある全てを表す一行だった。

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