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ラルラジュナ撤退戦その1

 ラルラジュナ宮殿、大会議室。そこにはミッドランド王ヘイゼルとレシエ連合軍盟主ゼアル、そしてセルベリア五人議会の一人であるギベリーニ議員を始め、彼らの側近や重役が居並び講和の内容を取りまとめていた。


「ふむ、こんな所か、しかし……」


 ヘイゼルがそう呟く。


「バロック砦の変の再調査。これは一体……?」

「書いてある通りです。この事件によりハーノイン王女は生死不明となり、戦争にまで発展した。それほどの大事でありながら、ミッドランドは未だ事件の真相を明白にしていない」

「ゼアル殿は事件の責任が我が国にあると断定しているようだが……?」

「そう考えるのが自然だ。仮に違っていたとして、今バロック砦を支配しているのは貴国。ならば貴国が事件の調査を行い、その真実を明らかにするべきではないのか?」


 あえてリチャードの名前は出さずに、事件の真相究明という形に拘った。ヘイゼル王が裁判に関わっているかは不明だが、ミッドランドは一度、リチャードを被告としたホームズたちの訴えを退けているのだ。


「ふむ、部外者であるゼアル殿がこの事件に拘る理由は分からぬが……、そこまで言うのであれば受け入れよう」

「……頼みます」


 ともかくこれで両国の意見のすり合わせは終わった。あとは纏まった内容を書面に起こし、互いに握手でも交わせば講話は成立。争いのない関係に戻る事が出来る。そんな時であった。


「た、大変です、陛下! 敵襲です! この城……いえ、宮殿は完全に包囲されています!!」


 ミッドランド兵の鎧を身につけた兵士が、慌てた様子で入ってきた。


「敵襲だと? お前は何を言っている? ここには余とゼアル殿、代表議員であるギベリーニ殿もいる。我らを襲撃する事は大陸全てを敵に回すことに等しい、そんな我らに……」

「敵の意図は不明ですが事実です。それだけではありません。襲撃者に呼応してウィルクラッドの市民までもが襲撃に加わっています!」

「な、なんだと……!? 一体何が起こっているというのだ」


 そんな中、彼らのやり取りを静観していたゼアルが割って入る。


「こんなときに済まないがヘイゼル王よ、ミッドランドからここに来るまでに何か変った事は無かっただろうか?」

「な、何を言っているのだ、こんな状況で……」

「重要な事だ。答えて欲しい」


 報せを聞いて慌てていたヘイゼル王だが、ゼアルの静かな迫力を目の当たりにして多少なり冷静さを取り戻したようだ。


「……いや、気になる事は何も。強いて挙げるなら、市民の反応がよそよそしかったことくらいだ」

「……やはりか、それは我らも同じだった。おそらく犯人は、事前に我らの悪評を流しておくことで、市民を味方に引き入れ襲撃を容易にしたのだろう」

「馬鹿な、念入りな事前準備がなければそんな事は……」

「だからこそだ。講和の会場にこの場所を推した人物に心当たりはないか?」

「心当たり……だと……?」


 言葉に詰まるヘイゼルだが、その表情には驚愕の色が混じっていた。


「……どうやら思い当たる人物がいるようだな」

「信じられん、何故リチャードがこんな事をする必要がある」

「それを調べるのは助かってからでも遅くはあるまい。それに卿は驚いているようだが、我にとってはやはりとしか思えん」

「何、それはどういう……?」


 しかしゼアルはヘイゼルの疑問を制し、


「ギベリーニ殿、この宮殿の出入り口は何ヶ所ある?」

「せ、正門と裏門の二ヶ所だけだ。裏門は街はずれに繋がっていて、その先は森になっている」

「それだけか? 緊急用の抜け道などは?」

「見ての通りラルラジュナ宮殿は、これ単体で立て篭もる事を想定していない。街の外にいる敵と戦う事は出来ても、既に侵入を許してしまった敵と戦う事は難しいのだ」

「つまり、このような事態を想定した備えは何もないと?」

「そうだ」


 こんなときでもあくまで冷静に対応していたゼアルですら、この回答には頭を抱えざるを得なかった。当然脱出するしかないのだが、それには正門か裏門、どちらかを使うしかない。無駄に被害が大きくなるし、民間人を巻き込んでしまう可能性が高い。


「ではこうしましょう。我らが正門を開いて敵を引きつけます。その隙にヘイゼル王、ギベリーニ議員、そしてゼアル様は残りの兵を率いて裏門より脱出して下さい」


 なんて事を言いだしたのは、ゼアルの部下にしてレシエ候国の兵士長を務めるディルクであった。つまるところ、自分たちが囮になるから逃げろと言っている訳で、その意味が理解できていない者はこの場にはいない。


「君は……レシエの兵士長だったか。その作戦が何を意味するのか分からない訳ではあるまい」

「もちろんです。誤解のなきよう言っておきますと、私も私の部下たちも命は惜しい。ですがお三方に逃げて頂かない事には、我らは逃げる事もできません。ヘイゼル様、ギベリーニ様、そしてゼアル様、どうか我らをお救い下さい」


 ディルクなりの気遣いなのだろう。囮だとか捨て石といった言葉は一切使わず、〝自分たちが助かるために先に逃げろ〟と彼は言う。その言葉に込められた覚悟に異を唱えられる者などいない。


「ふっ……レシエの兵士長ばかりにいい格好はさせられんな。我らも残るぞ」

「「はっ!」」


ディルクに誘発されてそう発言したのは、ミッドランド王国の将軍であるクライヴであった。


「クライヴ……、良いのか?」

「はい、大勢で動けばどうしても足は遅くなる。ならば陛下には少数精鋭のみを率いて脱出してもらうのが一番でしょう。後の事は我らと彼らで何とかします」

「そうか……、すまぬ」


 そう発したヘイゼルの面持ちは、言葉以上にその心情を現していた。

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