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ラルラジュナ撤退戦その2

「何故こんな役目を買って出た、ディルク」

「誰かがやらなければならない事です。ならばそれは、兵士長である私以外にはありえない」

「そうかもしれないが……」

「こんな時だからこそ申し上げますがゼアル様、私は貴方にお仕え出来て幸せでした。地位や権力などではない、貴方に仕える私自身が、生まれて初めて誇らしく思えた」

「ディルク……」

「ゼアル様、貴方はこんな所で死んでいい方ではない。必ず生き延びてレシエを……いえ、連合に属する全ての国と国民を導いていく義務があります」

「分かった、その言葉、肝に銘じよう。ただしディルク、お前もこの場で死ぬことは許さん。必ず生き延びてレシエに帰還しろ。全ての部下と共にな」

「はは、無茶を言いなさる。ですがその命令、承知しました」


 全員での帰還など、普通の戦でもまず不可能と言っていい。ゼアルとて当然理解していたが、それでも命じずにはいられなかった。


「作戦はこうだ。まず先に正門を開き、ディルクの部隊で敵を引き付ける。しかる後に裏門を開き、数百人程度の先遣隊で退路を確保。その後ヘイゼル王、ギベリーニ議員、我の順に一気に森まで駆け抜ける。後は森に身を隠しながら自分の国に帰るだけだ」


 作戦の考案者は、三人の中で唯一実戦経験のあるゼアルである。


「……そう上手くいくのかね?」

「いかないだろうな。だが現状考えうる最善手である事は確かだ」


 ゼアルが即席で考えた作戦だが、できる事が限られている現状ではこれ以上やりようがなかったとも言える。


「正面から戦う案もあったのでは?」

「敵の本隊だけでも我らの倍はいる。実際にはそこに暴徒が加わる故、勝ち目は薄い。何より現場の兵が暴徒と一般人を区別しながら戦う事は不可能だ。もし勝ててもその頃にはウィルクラッド市民の大多数が犠牲になっているだろうな」


 便衣兵という概念がある。一般人に扮して戦う兵士の事だが、相手側の兵士からしてみれば、襲われるその瞬間まで一般人と区別する事が出来ないため大変危険なのである。そうなると今度は、味方の兵士を守るために次第に市民に手をかけるようになっていく。暴徒とはすなわち、そんな便衣兵に等しいのだ。


「時間が惜しい、ディルクはすぐに作戦に入れ。先に始めてしまって構わん」

「はっ!!」

「次は先遣隊だ。多少数が揃わなくても気にするな、すぐに配置に付け」


 ゼアルの指示でどんどん作戦が進められていく。この作戦のいいところは、動く部隊とその順番が明白な事だろうか。それ故次は何を優先すべきか、という事が誰の目にも分かり易く行動し易かったのだ。

 程無くしてゼアル達の耳に、正門の開く音が届く。角笛でも号令でもない、それが作戦開始の合図であった。


「守りを固めろ! 可能な限り敵を引き付けつつ絶対に抜かせるな! ラングルドの命運は今、我らの双肩にかかっているぞ!」


 置き盾をバリケードにして敵を引きつけつつ後方から弓矢で攻撃する。シンプルだが防備の薄い襲撃者には有効な戦術である。ただ一点、矢のストックが僅かしかない事を除けば……。


「先遣隊の準備はできているな? よし、裏門を開いて退路を開け!」


 ゼアルの言葉を合図に巻き上げられていく裏門。待ってましたとばかりに外の兵による矢の集中砲火を浴びるが、それを予想できない兵士たちではない。正門同様置き盾を使う事で事なきを得た。


(わざわざ裏門に回る暴徒はそういないと考えてはいたが……、襲撃者の数も思いの他少ない。これなら森まで逃れる事もそう難しくはないだろう。……だが、ここまで周到な準備をしてきたリチャードが、我らをみすみす取り逃がすようなミスを犯すだろうか?)


 敵部隊を直接リチャードが率いているのなら何か裏があるのかもしれない。逆にリチャードが率いていないのであれば、敵将の失敗と見る事が出来る。だが、いずれにしてもここを騎乗して駆け抜ける以外に逃れる術はなく、考えても仕方のない事であった。

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