講和その1
「ガイル、首尾はどうだ?」
「おう、あれから何度か仕掛けてきたが、見ての通りきっちり追い返してるぜ」
「そうか、普通に戦えば抜かれる事はないだろうが、敵もバカではない。策を用いてくる可能性もあるから油断はしないようにな」
「ウチの副官は優秀なんでな、その辺も抜かりはないぜ」
グリント街道の戦いから三ヶ月ほど。ミッドランドの猛攻が落ち着くのを見計らって、ゼアルは現場をガイルに任せ、諸侯らと共に一度帰還した。ガイルの治めるユートリアからはさほどでもないが、他の国から現場まではかなりの距離があり、長居するほどに経済的な負担が大きくなる考えたのである。
故に今はユートリアを除いたほぼ全ての兵を引き上げ、不足した兵は西ハーノインから直接雇い入れている。
「しかし一体いつまで続けるつもりなんだ? こっちから攻め込まないといつまでたっても終わらないぞ、この戦いは」
「そうでもない、こちらの負担以上にミッドランドの負担は大きい。加えてミッドランドはハーノインとの戦いの傷も癒えていない。そう遠くない内に根を上げるだろう」
「なるほどそういう戦略か……」
「ああ、とりあえず後ひと月あれば、西ハーノインで募集した新兵を追加動員できるだろう。だからそれまで持ち堪えて欲しい」
「ああ、了解だ」
「後は……大規模な農地改革が必要だな。増えた人口と前線で戦う兵士たち……、それを支える食料が今のままでは足りない」
ベルガナ戦争の時は多くの人が死んだ。だが皮肉な事に、そのおかげでベルガナからの移民を食べさせる事が可能だった。だが今回は違う。西側の兵はほとんど死んでいない上に、中部、東部ハーノインの難民を大勢受け入れた。いかに西ハーノインが豊かといっても限界がある。
(分かっていた事だが、本当に厄介事を引き受けてしまったものだ……)
ゼアルは一人肩をすくめるが、同時にどこか楽しそうでもあるのだった。
夜、グランダラスにあるリチャードの自室に、一人の男が姿を見せた。三階の窓から姿を現したその男を、リチャードは特別気にすることもなく迎え入れる。
「貴様か、今日は何の用だ」
「はい、殿下の予想通り、レシエ城にてラクリエ王女と思しき人物の姿を確認しました。調べたところによると、連合盟主のゼアルは三年ほど前にふらりとレシエに現れたそうです。そして娘を前レシエ王に嫁がせ王族となり、王が行方不明になったのを期にレシエの王となった。その時の娘が……」
「ラクリエ王女なのだろう? かなりの美姫と聞いている。王に見初められても不思議ではない。三年前……バロック砦の時期とも一致する。まず間違いないだろうな」
「して、どうなされるおつもりで……?」
男の言葉に、リチャードは眉をひそめた。
「どう……とは?」
「いえ、以前殿下は王女に執着しておられたと記憶していたので……」
「生きていたと分かれば改めて妻に迎えようとする、とでも思ったか?」
「……はい」
「ふっ、あまり俺を見くびるなよ? 興味があったのは否定しないが、兄貴のモノになるくらいなら戦争に利用させてもらおうと思っただけのことだ。第一、ゼアルが魔王の息子なら十中八九眷属にされているだろう。そんな女を妻に迎えた所で足元を掬われるだけだ」
「そうでしたか、失礼しました」
「うむ、ところで最近アズールを見ないが、どこで何をしている?」
「アズール師父でしたら今はセルベリアです。例の策の根回しと言ったところでしょうか」
「それは分かるがわざわざアズール自身が出向くとはな」
「それだけ此度の作戦を重要だと考えておられるのでしょう。……連合盟主ゼアル、早めに始末しておかねば、必ず我らの障害になる」
「そういう事だ。……まああのような男とは、一度サシでやり合ってみたくもあるがな」
「……殿下?」
「冗談だ」
そういってリチャードは、どこか自嘲的に笑った。
「……そうですか、それでは私はこれにて失礼させて頂きます。くれぐれも変な気は起こされないように」
そう言って男は、来た時のように窓から姿を消したのだった。男の消えた部屋で、リチャードは投げ出すようにソファに腰を掛ける。
「ゼアル……か」
誰に聞かせるでもなく、リチャードはそうつぶやいだ。




