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ラクリエの情事

 ある日の事、イハサはふと、ラクリエの不審な行動が気になった。三日に一回ほどのペースで夜な夜な何処かへ出かけて行き、しばらくすると疲れた顔をして戻ってくるのである。一度直接問い質してみようかとも思ったが、その様子に何か不穏な物を感じたイハサは、ひそかに後を付けてみる事にした。

 ラクリエはゼアルの眷属である。その身体能力は常人を上回る。だが元は普通の少女であり、元から優れていてそこから眷属になったイハサにはまるで及ばない。一応周囲を気にする素振りは見せるものの、結局最後までイハサの尾行に気付く事はなく、最終的にラクリエは、とある人物の部屋の中に消えた。

 いかに暗かろうと間違えよう筈もない。そこは二人の主君であるゼアルの部屋だ。そして夜に若い男女が密会することの意味、それが分からないほどイハサは子供でもない。

 思わず手に力がこもる。怒りにもよく似た、けれども初めて経験する謎の激情。その矛先が果たして何処に向いているのか、それはイハサ自身にも分からなかった。


 翌日の昼、朝の務めを果たしたイハサは、思い切ってラクリエに詰め寄った。ゼアルに詰め寄るべきかとも考えたが、イハサの勘が事の発端はラクリエにあると、そう告げたのだ。


「姫様、大事な話があります」

「ど、どうしたのイハサ、恐い顔して」


 いつになく真剣なラクリエの顔に、ラクリエは気押されつつも応じる。


「怖い顔にもなります。姫様、最近夜に部屋を抜け出して何処かへ行っていましたね? 悪いとは思いましたが昨夜後をつけさせてもらいました」

「そう、つけていたの……」


 つけていたのであればそこで何を見たのかは当然分かっているはずで、二人の間に気まずい空気が流れる。


「あれからずっと考えていました。姫様には婚約者がいましたが、それはもう過去の話。ゼアルなら姫様の相手として申し分ないでしょう。だからせめて一言、わしの前で誓って下さい。ゼアルを愛している、と」


 二人の行動に思う事がない訳ではない。だがそれはあくまで二人の問題。彼らの親でも恋人でもないイハサが口を挟むのはおかしなことである。

 だから誓ってほしい。それなら自分は二人を祝福できる。自分の気持ちを永久に心の中に仕舞っておく事ができる。それがイハサの出した答えだった。だが……。


「……ごめんねイハサ、私にも分からないの」


 その言葉を聞いた瞬間、イハサの右手はラクリエの頬を捉えていた。

 よろめくラクリエ。遅れてたった今自分がしでかした事を認識したイハサは、ばつが悪そうに右手を隠す。


「……イハサはいいよね、強くて」

「えっ……?」

「強いから、いろんな人に必要とされて、そしてどんどん自分の立場を確立していくの。私とは大違い」

「何を言って……、姫様には姫様の立場や役割があるように、わしの剣技は幼い頃から積み上げてきた研鑽によるもの。たとえ姫様でも、軽々しく羨ましいだなんて言って欲しくはないです」


 多少の才能はあったかもしれないが、それでも手に入れた強さと捧げてきた努力や研鑽が釣り合わないなどとは思わない。同様に、自分がラクリエの代わりに成れるだとか、ラクリエが自分の代わりになるともイハサは思っていない。


「私の役割……? それは何?」

「それは……!」


 言われてイハサは言葉に詰まる。ハーノインが滅んだ今、ラクリエは一体何者と言えるのだろうかと。


「……シトラスにいたときは考えた事もなかった。私はハーノインの王女であるという事以外、何の価値もない存在だったなんて。そしてついにイハサも、王女という立場すら失った。後に残ったのは、自分一人では生きていく事すらできない、何の価値もない一人の女だけ」

「待って下さい、わしを失ったというのは……?」

「知ってるよ。イハサ、ゼアル様の眷属になったんだよね」

「…………!!」


 その言葉にイハサははっとする。今まで自分はゼアルの部下であると、そう思っていた。だがラクリエの認識はそうではない。イハサはあくまでラクリエの部下。ゼアルとイハサは部下の部下、つまり陪臣(ばいしん)の関係だったのだ。

 イハサがゼアルの眷属になった事により、イハサはゼアルの直属の部下となり、ラクリエはイハサを失った。


「イハサがゼアル様に目をかけられているのは知ってた。でもイハサが私の部下じゃなくなったことで、私には本当に何の存在意義もなくなったの。もしゼアル様の気紛れで捨てられるような事になったら私は……」

「……ゼアルが、そう言ったのですか?」

「そうじゃない。けど、これまで私はゼアル様の負担になってばかりで、何一つお役に立てなかった。今は大丈夫でも、そのうち重荷に感じて切り捨てられても不思議じゃない」

「……だから、ゼアルに言い寄ったのですか?」


 イハサの問いに、ラクリエは静かに頷く。

 ラクリエの言葉を要約すると、怖くなったのだ、何かを失う事が。ラクリエはこの短期間で、あまりにも多くの物を失った。王女という立場、祖国、親兄妹、そしてイハサ。だから最後に残ったゼアルとの縁を強固にすべく体を……。

 ゼアルは眷属のお願いは基本的に断らないし、今は側にヴァルナもいない。タイミングとして今しかなかったのは理解できる。


「一つ……、いえ、いくつか姫様は思い違いをしています」

「……えっ?」

「まず一つ、姫様は十分にゼアルの役に立てています。ゼアルの留守を預かれるのは姫様だけという事実がそれを物語っています」

「そんな、私は誰にでもできるような事をしていただけで……、それに私たちの留守をヴァルナさんが預かった事もあったはず」

「それはあくまで苦肉の策で、使い魔を使って頻繁に連絡を取り合っていました。この件でゼアルが全面的に信頼を寄せているのは姫様だけという事です。だからゼアルが姫様を重荷に感じるなんて事はあり得ません。それに万に一つ、そんな事があれば、わしが全力で止めますし、それでもダメならわしの部下として雇い入れます。だから何も心配はいりません」

「……本当……に?」

「はい、立場の違いはあれど、わしは姫様の事を親友だと思ってきました。たとえどんな事があっても、わしは姫様の味方です」


 先ほど言ったように、ゼアルがラクリエを見捨てる事はあり得ないだろう。そんなゼアルだからこそ忠誠を誓ったし、尊敬もしている。


「……うん、ありがとうイハサ。……ごめんね」


 そう言って静かにイハサを抱き寄せた。


「わしの方こそごめんなさい、ついカッとなってしまいました。でも姫様、その件に関してですが、ゼアルは一体どう考えているのでしょうか……?」

「どういう事?」

「ゼアルはどういうつもりで姫様の求めに応じたのかという事です。冷静に考えてみると、アイツが恋だの愛だのという概念を理解しているとは思えません。単に眷属が求めてきたから応じただけにしか思えないのです」

「それは……確かにそうかも」


 思い当たる節があるのだろう。ラクリエが神妙な顔で同意する。そもそも以前、自由に恋愛しろと言っていたのはゼアル自身ではないか。彼は元から眷属の恋愛事情に口を出す気はないのだ。

 二人の間に重苦しい空気か流れた。そんな中……、


「私は……それでもゼアル様を愛したい」

「えっ?」

「愛しているかどうか、それはまだ分からない。でも少なくとも嫌いじゃないし、一生かかっても返しきれないくらいの恩があります。ゼアル様がどんなつもりかなんて関係なく、私はゼアル様を愛せるように努めたい」

「姫様……」


 それは元々、政略結婚をするはずだったラクリエだからこその発想と言えるだろう。つまるところ現状維持……なのだが、それに至る動機が一八〇度違っていた。そして、〝ゼアルがどう思っていようと関係ない〟というラクリエの言葉に感化された少女が一人……。

「わ……わしだって……」

「えっ?」

「わしだってゼアルを愛しています。わしだけを見ていてくれなくたって構わない。わしが勝手にゼアルを愛します」


 それはイハサが生まれて初めて口にした異性に対する好意、その言葉であった。


「うん、知ってた」

「ええっ!!? いつからですか!?」


 勇気を振り絞った言葉があっさり聞き入れられ、思わず仰け反るイハサ。


「最初からかな。ゼアル様もライルさんも同じ人なのに、片方だけを好きになるなんて有り得ないと思ってたよ。それに気付いてた? あなた最近、少し困った事があるとすぐにゼアル様に助けを求めるの」

「う……っ」


 知らぬは本人ばかり……否、その好意を向けられていたゼアル自身も気付いていない、そんな発想すら持ち合わせてない可能性は高い。


「それじゃあ……今夜から二人で行こっか? ……ゼアル様のところに」

「はい…………えっ!?」

「違うの? たった今イハサの口から〝ゼアル様を愛する〟発言を聞いた気がするんだけど?」


 発した言葉もその気持ちも確かに真実である。だがそこからの展開があまりに急すぎて、イハサの認識が追い付いていないのだ。


「行かないんだったら別にいいよ。私一人でゼアル様と楽しんでくるから」


 そう言ってイジワルな笑みを浮かべるラクリエに対して、


「わ……分かりました! わしも行きます! 行けばいいんでしょう!?」


 半ばヤケクソ気味にそう返したのだった。

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