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ハーノインの滅亡

 ミッドランド王都グランダラスには、アニス教という宗教団体の施設がある。この百年程で、大陸の東側を中心に広がりつつある新興宗教である。王子リチャードはその日、ろくな護衛も付けないまま一人この施設を訪れていた。


「内通者とやらは何をやっている。うだうだしていると長城が完成してしまうぞ」

「それが……どうやら王に内通を疑われ、証拠こそ掴まれていないものの、現状身動きが取れない状態のようです」

「ふん、存外に使えなかったな。肝心な時に役に立たんとは」


 リチャードが吐き捨てるように言った。


「いえ、それを考慮しても、連合の動きは早すぎます。事前に西部ハーノインと示し合わせていたとしか……いえ、それでもまだ足りないでしょう」

「逆に我が軍に内通者がいると?」

「そう考えるのが自然です。それも伝書鳩か何かを使って迅速に情報を流している者が……」

「伝書鳩……? そんな物を持ち歩いていれば気付かれないハズはないが……、まあいい、この件は後回しにしておこう。西部ハーノインが連合と通じていた件だが、これには少し心当たりがある。西部を連合に渡す取引、これはハーノイン王自身が持ちかけたのではないかと思っている。シトラス攻防戦が始まる前、大勢の市民を西部に逃がしていた事を筆頭に、西部を連合が統治する事を知っていたような行動が多く見られた。そして極めつけは、長城の完成を待っているとしか思えないハーノインの抵抗。もはや敗北は決定的だというのにな」

「ハーノイン王自身が……? しかし連合は、最近盟主が代わったばかりの国ですよ? そんな国を、そうそう信用するでしょうか?」

「そこまでは知らん。ミッドランドに支配されるよりはマシだと思ったのか、或いは連合の中枢に見知った人物がいるのか……」


 そんなリチャードの発言に、他ならぬ彼自身がはっとする。


「見知った人物……、そう言えば、三年ほど前から行方不明になっているハーノインの王族がいたな」


 考えるまでもない。彼、リチャード自身が暗殺を企て、そして失敗した人物なのだから。


「ばかな、それはあり得ません! 念入りに彼女の足取りを調べた結果、街道を避けて山に逃れ、そこで遭難したという結論が出たはずです!」

「ではこう聞こうか。仮に王女が遭難せずに生き延びていたとするなら、どんな可能性が考えられる?」

「生き延びていたとするなら……? そうですね、山歩きに長けた者、地元の猟師とか、或いはそう、使い魔を使って山を俯瞰できる者の存在……でしょうか。しかしそんな者が都合よく居合わせたりするものでしょうか。使い魔など、セルベリアの高位魔術士か、一握りの上級魔族くらいしか使えないのではないでしょうか」

「上級魔族……例えば、魔王の息子とかか……?」


 彼らが知らないはずはない。つい半年ほど前、魔王の息子を名乗る人物がアルヴヘイムを独立させたばかりなのだから。


「……どうやら見えてきたようだな、アルヴヘイムの突然の独立も、ハーノインに利する目的があったと考えれば合点が行く。そして何より西ハーノインに侵攻したタイミング。何て事はない、使い魔を使ってミッドランド軍の動きをリアルタイムで見ていたに違いない」

「まさか、そんな都合のいい話が……」

「ある訳ない……と思うか? だが結論を出すのは調べてからでも遅くはあるまい。根拠の無い内から右だ左だと断じるのはバカのすることだ」

「……承知しました。では誰を重点的に調べさせましょう?」

「知れた事、連合の盟主であるゼアルとか言う奴だ。先ほどの推理を奴が実行できたかどうか、そして奴の近くにハーノインの王女と思しき人物がいるかどうか、それを調べろ」

「……はい」


 部屋を後にしたアニス教の信徒を後目に、リチャードは深くソファーに腰掛ける。


「……面白くなりそうだな、ゼアル」


 そう言ってリチャードは不敵に笑った。その様はまるで、先ほどの自分の推理がすべて正しいと、そう確信しているようであった。



 それから更にひと月が過ぎたころ、ユベルの谷に建造していた長城はひとまずの完成を見た。高さは二メートル程度で、その気になれば簡単に超えてしまえるような物ではあったが、防壁としては十分であり、引き続き増設していくという条件付きでの完成である。そしてその完成を見届けるように、王都シトラスは陥落。ここに、六〇〇年の歴史を誇ったハーノイン聖王国は終焉を迎えたのである。

 その後、ミッドランドはすぐに兵を再編し、ユベルの谷、そしてグリント街道の両面から攻撃を仕掛けるも、地の利を得、十分な下準備を行っていた連合軍を切り崩す事は出来ず、悪戯に被害は拡大していった。そうこうしている間に、ミッドランド国内では休戦を求める声が出始めつつあった。

 連合に対する憤りは変わらないが、だからといって連合から仕掛けて来る訳でもなく、ハーノインとの戦いで疲弊したまま連合とも戦いを続けるのはもはや厳しかったのだ。また、せっかく手に入れた中部、東部ハーノインでも、ミッドランドの支配を嫌った市民による反乱が相次いだのである。

 このまま戦い続ければ国家の存亡に関わる。感情論ではない、他ならぬ自分たちの未来の為に、ミッドランドは今、矛を収める必要性に迫られつつあった。しかし未だその声は小さく、ミッドランドと連合の戦いを止めるには至らなかった。

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