戦乙女に誘われて
目を覚まし眼を開けばそこは天地の上下無く左右に果ての無い場所。
音は無く目に映るのはただ満ちる光、己の鼓動すら感じる事は無く漠然と記憶に残る最後の瞬間、
己の武運研鑽が途絶えた今際の際、後悔も未練も感情と呼べるものは何も無い。
幾星霜、幾億万、その言葉にどれ程の意味があるのか、
路傍の石ころ或いは色褪せた古着のこびり付いた染みの如くただそこにあった。
「おお勇者よ、死んでしまうとは勿体ない」
はじめに言葉が響き次にコジロウの眼前にそれは居た、言葉の先に目が動く。
見慣れぬ色の髪は肩よりも長く、人目で上等と分る布地の陣羽織、意味があるのか分らぬ奇天烈で華美な装飾の南蛮鎧を身に着けた若い女がこちらを見て立っていた。
「強き者、貴方の名は何と言いますか」
乱世の武士道とは犬畜生と読み女とて一度戦働きすれば並みの男衆より勇ましい事はあれど
ひと昔の合戦後しばらく経った世でここまで高慢ちきな女郎が居ただろうか、いや無い。
「女郎如きに言われて名のる程、ワシは落ちぶれてはおらん」
女は訝しげに目の前の男を上から下へと見てああと息を吐く。
「これは失礼しました。文化が違うようでしたね、北方世界の戦士なら喜び勇んで名乗りを挙げるものでしたからつい」
「ふむ、よくわからんが許そう」
「改めまして私は偉大なる天上宮の主に使える戦乙女、名をアルナと申します」
「ワシは・・・、コジロウ。今は死人と言うのも奇妙な話よ」
互いに名乗り双方が顔を見合わせる。
コジロウは顎をさすりアルナを見る。
(それにしても異人とは髪も顔もワシらと違っておるし身なりは珍妙な物だのう、背丈もワシ程とは貰い手探しに苦労しそうな女子、いや異人なら普通なのかもしれん)
ミレフは微笑みを浮かべながらコジロウを見る。
(記憶を持っているとは強き魂の証左これは期待できますね、北方世界の戦士と違って扱わないといけませんがこれから慣れましょう、それにしてもなぜこの方は私に変な目を向けるのでしょうか、不可解ですね)
文化の相違が互いの顔に現れる。
「コジロウ、貴方には二つの選択があります。」
アルナはコジロウに指を二つ立てて見せる、コジロウは訝しげに指先を見た。
「一つはこのまま現世と幽世の狭間に留まり朽ちるまで居るか、二つめは私の手を取り従者として我が使命の助けとなるか」
アルナが右手をコジロウに向けて差し出す。
「さぁ選びなさい」
コジロウは訝しみアルナの右手と顔を交互に見やる。
「無明の地獄か女郎の丁稚かさてどうしたものか、ところで幾つか聞きたい事があるが」
「なんでしょう」アルナが促す。
「一つ、使命とはなにか。一つ、家臣となるからには俸禄は幾らだ。そもそも死人たるワシをどう使うと言うのだ貴様は」
「使命とは貴方の様な勇者の資質を持つ者を探し輩とすること。これから起こる戦に勝利す為、三千世界の全てが戦火に侵される程大きな、大きな戦に生き残り勝利する為に」
「ほほう戦、戦か、死しても戦働きとな」
「故に武勇に長けた者が必要なのです、それも数多く、群ではなく軍を成せる程に」
「なるほどなるほど、では俸禄はいか程か」
「我が主が住まう天上の宿に入れば酒池肉林の宴が毎夜と、名誉と名声は吟遊詩人が何世にも語るでしょう、金銀財宝が欲しいなら望むままに与えられます」
アルナは胸を張り自信ありげに言い切る、しかしコジロウは何とも言えない顔をする。
「死後に女を抱き財を成して何を誇る事がある、どれも不要だが戦と言ったな、この身すでに虚ろなれど如何にして戦働きをしろと言うのか」
(戦士なら泣いて喜ぶ褒美を不要とは、この人は何を考えているのでしょう)
むむむと眉間を寄らせて困惑するアルナだがともあれ聞かれた事には答える。
「貴方が新たな世界に赴く際に貴方の霊性を再構成して彼の地にて受肉します、肉体を得るにあたり彼の地力を使いますので多少の霊性変質は避けられませんが」
「れいせい・・・、じゅにく?」
コジロウは困惑し声にだす。
アルナはため息一つ、困った人だと思い何とも言い難い表情をする。
「まぁ、私を信用して手を取って頂ければ肉体の心配は不要と言う事です」
「面妖な、とは言えこのまま朽ちるに任せるのも無体。それと報酬に偽りは無いな」
「私が与える事が出来る範囲であれば、流石に主上の宝物などは難しいですけれども」
「まだ望みも無いでな、おいおいそれは決める事にしよう」
コジロウは右手を差し出しアルナの手を取った。
「改めて、ワシの名はコジロウ今後ともよろしく」
アルナはコジロウの手を握り微笑む。
「戦乙女アルナ、共に往きましょう勇者よ」
二人の体が光に包まれ溶ける様に消えた、去った後に狭間は闇の中に閉じた。




