離れ島の決闘
切った張ったは勝負の醍醐味、必殺技は浪漫、ただ剣を振るいたいだけの男が戦乙女に目を付けられて異世界を駆けずり回る話。
天に輝く日は天頂を過ぎ、浜に吹く風はじとりと纏わりつ程に塩気を鼻に運ぶ。
本土から離れた小島の浜辺に一人、青年というには年を重ね老境というにはまだ若い歳の男が一人、刀を背負い海原に向き腕を組んで立つ。
彼岸流と男は名付け武技を商売の糧としていた、刀を抜き向き合えば彼岸が見えると法螺を吹いて回っていたら自然とそういう流派だと言うことになっていた。
口だけの剣法かと言われれば刀で答え切り抜けてきた、それなりには腕が立つ、立たねば飯にありつけぬ、一挙一合、そのたびに命を懸けてきた意地がある。
今の藩主に認められ剣術指南役を仰せつかる事も出来た、運が良かったのもあるだろう、それでもここまで来れれば十分、今後も安泰と言えるだろう、そう思っていた。 奴が現れるまでは。
刀を背負う男の後ろには陣幕を張り数名の者達が優雅にくつろぐ。
「さて、奴は時刻通りくるかね」
藩主、小笠原様が軍揃えを纏い悠然と腰を掛けて言う。
「どうでしょうな、奴は兵法家と嘯いてもおります、来ても来なくても弁は立つでしょうな」
「なるほど、では腕前はそれほどでも無いと言う事か」
「それはどうでしょう、兵法家であろうがなかろうが、名を上げるには剣を使えねばそれもできますまい」
「ほほ、先人の言葉は重みが違うのう」
「恐悦至極」
「おや話をすれば影、これでそろったな」
藩主がてに持った軍配の指した先を目で負えば確かに小舟を漕いで来る者が一人。
遠くからでも見て分かる血気に逸る形相、覚悟を決めた目がこちらに睨む。
しばらくし浜に小舟を付けて男が波しぶきを上げて船を降りた。
「二刀天流がムサシここに参上仕る、いざ尋常に勝負」
「彼岸流コジロウが承る、さぁきませい」
背負う刀は刃の丈三尺の野太刀、名刀とは言い難い戦刀は肉厚の刀身からくる重さを振るうにはコツと慣れが居る。慣れた動作で一息に抜き放ち鞘を投げ捨て肩に担ぐ様に構える、
向かい合うムサシの手には木刀が一振り、脇構えに刀身を中から先は海に浸かりその長さは見えない。木刀をその身に隠すように構えじりじりと間合いを詰めにくる。
双方が天と地に刃を向け構える様は一対の屏風絵、立ち合い人達は息を忘れその時が来るのを瞼を閉じまいと固唾をのむ。
一歩、二歩、三歩、海原の返す波の音が大きく聞こえる、胸の鼓動は逸る太鼓の如く、喉の渇き、頬に垂れる一筋の汗、すべてが煩わしいとすら思える一泊の間。
息を吸い、吐く、その動作さえ致命の遅れとなる瞬間、ムサシは一足駆けて裂帛の雄叫びを上げ海面から木刀を振り上げる。
海面を割り現れた木刀、いやそれは塊、樹齢百は越えた木の幹を荒く削りだしただけの様な大きな木刀、それはまさに丸太だった。
ムサシが振り上げた瞬間に水飛沫というより小さな津波程の海水が顔目掛けて飛んでくる。
目潰し、尋常な勝負と言いながら小手先を絡めるやり方は敵ながら天晴と言える、であればこその死狂いよ。
コジロウは構えそのままに濡れるに任せて半身引いて飛沫を浴びる。
ムサシは振り上げた木刀を上段に両手握り締め奥歯を強く噛みその顔は笑っていた、獣が唸る如く息を吐き木刀を振り下ろす。
浜辺に鈍い音がドンと響く、砂煙が上がり木刀の振り下ろした先は爆発めいた惨状が写る。
「おお、勝負有った・・・か?」
立ち合いの一人から言葉が漏れた、誰しもがそうか、まさかと思い眼を開く。
視線の注がれる中、ムサシは木刀をすぐに引き戻し体を捻り半身の状態で剣先を下げ柄を頭の上まで持ち上げ峰を肩に当てて守りの構えを取る。
ヒュンと風を切る音の次に木が削れる音が高く鳴った。
ムサシの振り下ろしを躱したコジロウが八相から刀を振り下ろしていた、しかし鎬で競り合う事はせず刃を引き一足に離れた。
「御美事、よく防いだ」
ムサシは顔にかかった砂を拭い唾を吐く。
「剣術指南役殿は剣だけでなく足癖もよろしいようで」
「カカカッ、野試合ならばこの程度、挨拶であろう」
「挨拶で殺しあう、犬畜生にも劣りますな」
「殺人剣などつまりはその程度よ、だが血が沸き立ち胸躍るほど楽しかろう」
「因果な事に、畳の上で死ぬるはできぬでしょうな」
「さもあらん、さぁ戯言もこれまでよ、これ以上言葉は不要」
両者は狂おしい程の猿叫を上げて笑い顔で足を進め剣を振るう。
切り掛かり、薙ぎ、払い、砂が舞い上がり海面が割れる。
ムサシが上段から体を捻り巻き上げる様に木刀を振るう、コジロウは枝垂れ柳の如く一重に剣筋を読んで逃れ脇構えの変形から胴に向け振り上げる、ムサシは腰を落とし木刀を引き戻すと刃を受ける。
刃筋が木刀の鎬に入り切れ目が入るがコジロウは折れるのを避ける為に刃を戻した。
両者は三足の間合いで離れ息を整えた、普通の刀であれば外れた間合いでも両者の獲物からすればまだ必殺の間合い。
立ち合いの者達は息をするのも忘れ呆然と二人を見ていた、だがその間合いになった時、両者の空気が変わるのを感じ唾を飲んだ。
コジロウは八相から崩した独自の構え、名を雷雲と呼んでいた、勿論口伝の奥義である。
対するムサシは正眼から槍を持つように右手に柄を握り左手で峰を掴み持つ、名など無い、獣が無意識に感じる直観の様なものに従って構えた思い付きである。
刻限は夕暮れ近く、日は傾き月が水平線の先から顔を覗かせていた。
日輪と月輪が入れ替わる刻限、立会人は固唾をのんでその瞬間を待った。
その瞬間音は無かった。いや、正確に言えば音は有ったのだ、紫電一閃、まさに落雷の如く音は後から来た。
コジロウが先に動いた、剣閃一体となった動きでムサシめがけて刀が振り下ろされる。
ムサシは槍で突く様にコジロウの刀めがけて持ち上げた、両者はその瞬間だけ時間が淀み酷く遅く感じる。
木刀の剣先からコジロウの刃先が当たり巻き割りの様に裂ける、先ほど入れた切れ目の所で裂けるのが止まるが木刀は刀身の半分まで割れた。
コジロウの刀は木刀を割って振り下がる、そこからさらに足を半歩出して握る柄を捻り今度は振り上げて切り返しを行った。
飛翔した燕が急に向きを変えるが如く、これぞ秘剣、名を燕返し。
この剣技を受けて生き残った者はまだ居ない。
ムサシは何を感じたか振り上げられる刃を割れた木刀に合わせて刃を裂目に滑り込ませた、
そして木刀の峰を横から思い切り蹴りかました。
コジロウの剣筋は逸れて木刀を完全に割るだけに終わると、ムサシは残った半身の木刀で振りかぶりコジロウの背面、首の根本の辺りを思い切り打った、二撃を必要とせぬ手応え。
倒れるコジロウ、一泊の後にムサシは天に向かい吠えた。
呆然とする立ち合い人達はムサシの雄叫びで我に返りコジロウの生死を確認に走った。
「勝負あり、美事である」
藩主は軍配をムサシに上げ勝利を宣言した。
「コジロウよ、言い残す事はあるか」
息も絶え絶えのコジロウは藩主の言葉を受けて首を振る。
「何も、ございません、介錯をお願いできますか」
「良かろう、その名を幾年末代まで刻む事を許す、これを使え」
コジロウはおっくうに体を起こし正座にて藩主より懐剣を受け取り鯉口を切る。
「感謝いたしまする」
コジロウは服をはだき懐剣を一息に腹を切る、藩主は刀を抜き放ちしめやかに振り下ろした。
走馬燈が走る、過去幾度となく剣を振るい続けた己を見返す。
悔いは無い、剣の道で生きると決めた時から今まで良く生きた、だが無念と言えるほど人間出来ていない。
まだ剣を振るい足りない、まだまだ極めるに至らず生を終えるのは惜しいと思う。
この期に及んでまだ諦めきれぬほど剣に惚れていたのかと笑った、その瞬間コジロウの意識は切れた。




