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第十二話

「はぁ~あ。昨日は無駄に大変だったなぁ」


 自宅の洗面場で欠伸を浮かべ、総真は蛇口を捻ると冷水を顔にぶっ掛けた。

 眠気を飛ばすついでに歯磨きを済ませ、軽く髪を整えると、首をまわして調子を確かめる。

 昨日の丹羽との戦いで無茶をしたせいで、上々とはいかないものの……調子は悪くなさそうだ。そのまま背伸び、屈伸、硬い身体を解きほぐす。


「朝からこの狭いスペースでダンスとは。おかしな趣味をしていますね」

「これの何処がダンスだ。ラジオ体操にもなりゃしないぞ」


 腰に手を当て大きく上体を逸らし、背後からの声に応える。

 上下反転した視界に映ったのは、桃色のパジャマに身を包んだ同じ年の同居人。名残冷夏であった。

 何時も自分に向けられる目は鋭いものであるが、今は特に鋭く見える。ちょっと疑問に思い……眠くて半眼になっているだけか、と勝手に納得した。


「悪いな、場所を使っちまって。今退くよ」

「ええ、それは良いのですが。一つ、忘れ物です」


 彼女も顔を洗いに来たのだろうと、総真が場所を譲って立ち去ろうとすれば、擦れ違いざまに肩を突かれる。


「忘れ物? そんな物あったか?」

「ええ、大切な朝のお約束が一つ」


 ああ、そういうことか。

 納得と共に総真は冷夏へと向き直り、


「おはよう、冷夏」

「おはよう御座います。冴えない家主さん」


 何時も通りの毒舌で、今日という日が始まった。


 ~~~~~~


 やっぱりと言うか当たり前と言うか、予想通りこの家に住む事になったアルトリーナを含め四人で迎える初めての朝食が終わり、総真達は揃ってお茶を啜って一息つく。

 初めてとは言っても昨夜の時点で四人で夕食を囲んでいるので、別に特別な事は無い。歓迎会と称したプチパーティも、昨日真っ先に逃げ出した冷夏に対する幾らかの愚痴も、全て済んだ事だった。

 その際、自分の時には歓迎会など無かったと冷夏が微妙に不貞腐れていた事が強く印象に残っている。総真としては今度何か理由をつけて、プレゼントの一つも贈ってやろうかと思うくらいだ。

 が、結局財布に余裕は無いので後回しになりそうである。具体的には一年後位に。


「俺に対する態度がもう少し軟化してくれれば、早まるかもしれないけどなぁ」


 ちらり、横目で見ながらわざとらしく呟いてみれば、冷夏は静かに湯呑みを置いて、


「何を突然意味不明な戯言をほざき始めているんですか? あれですか。貴方の死期が早まるんですか? それは素晴らしいですね」

「案外それ、間違いじゃないかもな。お前が俺に優しい態度なんてとったら、それこそ驚きのあまり寿命が縮んじまいそうだ」

「……お前とか呼ばないで下さい。失礼です、馴れ馴れしいです」


 やり返され、憮然とした表情の彼女に苦笑する。

 何と言うか、本当に捻くれた少女だ。言葉に本気の悪意が乗っていない辺り、根は悪い子ではないのだろうが。どうにも素直じゃないらしい。


「はっはっはー、二人共朝から元気だなー!」

「博士にだけは言われたくないがな。いや、お前が元気なのは何時もの事だが」

「そうか? 私だって朝はテンションが低いぞ。今もそうだろう?」

(テンションが低い……? 何処が……?)


 もう何年も共に寝起きし慣れたものな総真はともかく、まだこの家に来て数日の冷夏は西加の言葉に眉根を寄せる。

 朝からぴょんぴょんと跳び跳ね回り、朝食を小さな口で一杯にかきこむ姿の何処がローテンションだというのか。全く以って疑問である。


「むむっ、信じていない、という顔をしているな! 冷夏!」

「ええ、まぁ。そんな勢いよく立ち上がりながら指を指されれば、百人中百人がそう思うと思いますが」

「むー。ならば揺るぎようの無いデータで示そう。アルトリーナっ」

「はい、博士。私の中のデータと照合すると、現在の博士のテンションは日中と比べて三十三パーセントほど低下しています。間違いなくローテンションと呼べるでしょう」

「ほらっ、ほらっ! なっ、言っただろう!?」


 むふー、と鼻息荒く胸を張る西加に、総真は何やってんだかと呆れ顔。

 そもそもこの幼女は、常のテンションが常人と比べ十割増しなのだ。今更三割程度低くなった所でハイテンションに違いは無いだろう。

 何とも言えない表情の冷夏を眺めながら、再び湯呑みに口を付ける。


 ――ピーンボーン


「ん? 何だ、お客さんか?」


 少し温くなったお茶で喉を濡らしていた総真は、鳴り響くチャイム音に腰を浮かせた。

 直後、アルトリーナが流麗な動きで、しかし素早く立ち上がる。


「総真様、私が」

「いや、良いよ。こんな朝から連絡も無しに訊ねてくるような知り合いに心当たりは無いし。どうせ無駄に張り切った訪問販売か、新聞勧誘だろう」


 ――だったら俺が出て行った方が断りやすい。

 まだ経験浅く、この家に関する決定権も無い彼女を抑え、総真は玄関へと歩いて行く。

 部屋を出る際、まだどうしようか迷っているアルトリーナを他二人が抑えている光景が目に入った。博士は此方と同じ考えだろうが、多分冷夏は面倒事は押し付けておけば良い、とでも考えているのだろう。

 自分の想像に、自分で苦笑する。と、またも鳴ったチャイムの音に、いけないいけないと気を正し脚を早めた。

 すると、間断なく三度目のチャイム音。更に続けざまに連打。


「何だぁ? 随分非常識な訪問者だな」


 これには総真、眉を顰め不快感を露にする。

 二度・三度程度ならばまだしも、こんな連打小学生でもしないだろう。九十九パーセント、悪戯で確定だ。


「ふざけやがって。文句代わりに一発、ぶっ飛ばしてやろうか?」


 角を曲がって玄関に辿り着き、ドアノブに手を掛ける。この時もまだ、チャイムは鳴りっぱなしだ。


 ――この時の彼の行動を、失敗と呼べるかは議論の余地があるだろう。

 明らかに不審なチャイムの連打に、何も確かめずドアを開けたのだ。まずは備え付けのモニターなり覗き窓なりで、ドアの前の様子を確かめるのが常識だろう。

 だが同時に、確かめた所で何も変わらなかったのも事実である。結局、この後の展開に大きな変貌などなく、少しだけ心の準備をする時間が作れるだけなのだ。

 まあ、とにかく。彼は無用心にも自宅のドアを開け放ち、


「やあ、随分遅いじゃないか。もっと早く出てくれなければ困るよ、君ぃ」

「――は?」


 ぽかんと口を開け、呆ける事になったのであった。

 間抜け顔を晒す総真の前に立つのは、中性的な美貌を持った一人の少女だ。

 さらりと流れる金のショートカットに、総真と比べて頭一つ分低い身長。貴公子のような出で立ちは一見少年かとも思えるが、胸部がふっくらと膨れていることから女性である事は確定だろう。

 声もまた中性的で、多分女子高に居たらファンクラブが出来るだろうな、というのが総真の抱いた感想だった。

 が、今はそれはどうでも良い。問題はもっと別にある。

 総真の頭の中は今、混乱の最中にあった。それは決してチャイム連打な訪問者が自分と同年代の少女だったからでも、少女に行き成り上から目線で偉そうな態度を取られたからでもない。


「何、で、お前が此処に居る。クララ・ミッシェルハート!」

「ん~? やだなぁ。旧友である総真君を見かけたから、世界大会の前に顔の一つも見ておこう、と思っただけだよ。そう! 時流者の大会の前に、時流者に成れなかった君の顔をねぇ!」


 仇敵にして、打倒すべき遥かなる目標。

 『にっくきあん畜生』ことクララ・ミッシェルハートが、目の前に居たからである。

 普通に考えてありえない事態だった。何せ此方にとっては彼女は倒したい、倒したいと願い続けた仇敵だが、逆に彼女にとって此方はまだ幼い頃に散々馬鹿にして見下した、一介のクラスメイトに過ぎないはずなのだ。

 おまけに、今の彼女は時流者の世界大会で優勝した、名実共に世界一の人間である。超が付く程のVIPであり有名人だ。

 そんな彼女が、小学生の頃一緒に過ごしただけの自分の家を訪ねてくるなど、誰が予想出来ようか。きっと天才の西加でも予想出来ないに違いない。

 混乱する頭のままそんな事を考え、総真は軽く現実逃避する。が、視界一杯に広がった少女の顔には、流石に反応せざるを得なかった。


「おい、おいおいおいおいおい! どういう事だ、俺はまだ夢でも見てんのか!? きっとそうだ、頬を抓れば無感覚で……痛っ」

「ははははは! 間抜けな面で間抜けな行動をするねぇ、君は。まあ昔から、成れもしない時流者になる、なんて事を言っている人間だったから? 頭は逝かれていたのかもしれないねぇ。はははははは!」


 明らかに馬鹿にした態度と、嘲笑。

 だが気にしている余裕も無い。驚天動地で天変地異な異常事態に、総真の心は掻き乱されまくり、彼女の言葉をまともに受け取る隙間も無い。

 何なんだこれは、どうすれば良いんだっ、と頭の中で叫びを上げて――とりあえず、振り返り。


「博士ぇぇぇぇええええ! アルトリーナぁぁぁぁああああ! 助けてくれぇぇぇぇえええええ!!」


 絶叫した。近所迷惑など知ったことでは無い。

 ずっと彼女、クララと戦いたいと思ってはいたが、こんな不意打ちのような遭遇は想定外である。いや、もしこれが街中で偶然出会った、とかならまだ良かったのだ。実際、もしもの時の為にシミュレートした事はある。

 その時の自分は、驚きながらも格好良く彼女に指を付きつけ、こう言っていたはずだ。『長年の恨みを晴らす時が来た。勝負だ、クララッ!』と。

 だがまさかあちらから、それも自宅に訊ねて来ようとは。予想の斜め上どころか三百六十度大回転した後に大気圏外へ打ち上げられたような気分であり、摩擦熱で燃え尽きかけた心は何はともあれ味方と癒しを望んでいた。


「早く、早く来てくれッ。ヘル~~プ!」

「何だ何だ、一体どうした総真!」「敵襲ですか、総真様っ」


 情けない叫びに応え、ドタドタと急ぎ足で二人が廊下を駆けて来る。

 角を曲がり、彼女らの姿が見えた途端、総真は二人に飛びついた。いや、正確に言えばアルトリーナの豊かな胸にだ。


「そ、総真様っ?」

「やべぇ、やべぇよ。俺は朝から幻覚を見るようになったのか? まさかトーレン・ライドの副作用って事はないよな!?」

「む、失礼だぞ総真! 私の設計したシステムにそのような欠陥がある訳なーい! むしろ幻覚を見たと言うのならあれじゃないか、昨日の戦闘で頭をぶつけたんじゃないのかっ?」

「いえ博士、それは有り得ません。昨夜行ったスキャンにより、総真様の身体に異常が無いことは判明しています。脳も百パーセント正常な状態です」

「むう? では何が原因だというのだ? というか総真、お主本当に幻覚など見たのか?」

「わ、分かんねぇ。でもほら、あそこに有り得ない人間が――」

「それは僕の事かい?」

「ぎゃぁぁああああ! 出たぁぁぁあああ!」


 抱きついたまま振り返り、玄関を指差そうとした総真は、視界一杯に広がった少女の顔に狼狽の叫びを上げる。

 咄嗟にアルトリーナと西加を引っ張り、廊下の奥に後ずさる。驚く二人を余所に、その様子を眺めたクララは天を仰いで大笑い。


「くはははははは! 本っ当に愉快だね、君は。そのままテレビに出てもやっていけるんじゃないかい? リアクション芸人としてさ。何なら紹介してあげようか。世界一の時流者である僕には、テレビ局の知り合いも大勢いるからさぁ」

「余計なお世話だっ! さり気なくでもない自慢まで混ぜてくるんじゃねぇ!」


 語気荒く言い返す総真。

 そんな彼とクララの間で視線を往復させ、西加とアルトリーナの主従コンビは目を丸くする。


「驚いたな。彼女はクララ・ミッシェルハートじゃないか。どうしてあの女がこんな所に居る?」

「私にも分かりません。しかしあの女とは、博士はもしや彼女とお知り合いで?」

「いや、知らん。総真からの話で聞いただけだ。だが、奴はトーレン・ライドの開発者である私にとっても一応敵だからな。こう呼んでいるのだっ」

「成る程、そうでしたか。……では私も彼女のことは、『金髪根腐れ豚女』とでも呼びましょうか?」

「ははは、流石にそれは酷いだろう。良い所『屑』だなっ。ふはははははは!」


 ナチュラルに酷い呼び名である。

 どうやら二人とも、家族(主人)である総真を散々馬鹿にしていたという少女に対し、思うところがあるらしい。現在もまるで変わっていない様子なのだから尚更だ。

 そんな幼少期と何も変わらぬ態度のクララは、漸くまともに会話出来る程度には回復した総真へと、爛々と輝く目を向ける。

 何となく気圧されかけ――ぐっと、押し返すように睨み返した。


「これが夢じゃないってのはわかった。だが解せないな、どうして手前が俺の元を訪れる? 見かけたって言ってたが、それだけで小学生の頃のクラスメイトをわざわざ家まで出向いて訪ねる必要はないだろう。一体、何を考えていやがる」

「別に深い意味は無いとも。ただ、君の顔を見たくなっただけさ。後は……そうだね。昨日見かけたとき、君がおかしな挙動をしていたからさ。気になったんだ」

「おかしな挙動?」

「ああ。まるで時流者のような速度で空を飛んでいただろう? 時流者のはずが無いのに」

「……成る程。見かけたってのはその時か」


 納得し、眉を顰める。

 自分達――時流者に匹敵するような何かが現れたとなれば、興味を引かれるのは当然だろう。それが偶々総真であったというだけで、恐らく彼女に他意は無いのだ。

 あるとしても精々、久しぶりにからかってやるか、という小さな悪意のみ。長年会っていなかった為絶対とは言えないが、そんな性格だ、クララ・ミッシェルハートという人間は。


「だからってこんな朝っぱらからわざわざご訪問とは。世界一の時流者様ってのは、随分とお暇らしいな?」

「それはそうさ、何せ世界一だからね。スケジュールは僕の思いのままだ。そこ等のちんけな芸能人や政治家のように、周囲の力に支えられている訳じゃない。僕は、僕一人の力で世界の頂点に立っている。だから誰も僕を縛ることは出来ないんだよ」

「ヒュー、自信満々で結構な事だ。そういう図太い所は素直に感心するよ。真似したくは無いがな」

「ははは、そう言わずに真似してみたらどうだい。最も、僕のように特別な力でもない限り、ただの大馬鹿者で終わってしまうだろうが。ああ、そういう点では丁度良いじゃないか。今度の大会で素晴らしい成績を残せば、君も僕と同じ様に振舞えるかも……」


 そこで一度言葉を切ると、クララはわざとらしく口に手を当て目を見開いて、


「おっと、失礼。もう選手選抜は終わっているんだったね。まあそれ以前に、時流者以外の人間は予選会にすら参加する事は出来ないか!」

「はっ、言ってくれやがる……! 手前が何時までもでかい顔していられる時代が続くと思うなよっ」

「続くさ。僕はこの世で最も強く、そして成長し続けている。誰も僕には追いつけないっ」

「追いつけない、ね」


 揺るがぬ自信と共に断言するクララに、総真はにやりと唇を吊り上げる。


「なら、勝負しようぜ」

「勝負?」

「ああ。俺とお前で一対一の勝負。どっちが強いか、はっきりさせてやろうじゃねぇか」

「……く、はは。あははははははははは!!」


 拳を掲げ、戦意露に睨み付ければ、クララは軽く呆けた後に大口を開けて笑い出す。

 更に腹を抱え、身を屈めてまで大笑を続ける彼女に、けれど何も言わず総真は待った。

 やがて、目尻に涙を浮かべながらも息を整えたクララが向き直り、言う。


「本気で言っているのかい!? いや、別に君を馬鹿にする訳じゃないんだ。ただ、時流者にそうでない者が勝てないというのは、最早常識だろう? ちょっと奇妙な力を持った位で常識を忘れるなんて……いや、違うか。君は敗北すると分かっていて僕に挑もうとしているんだね? あははははは! とんだマゾも居たものだねぇ!?」

「はっ、お前こそ分かってねぇなぁ」

「んん、分かってない? 君の性癖ならしっかりと分かって――」

「ちげーよ」


 一段、声のトーンを落とし、告げる。


「時流者になら既に勝った。録でもない変態だの、チンピラ以下の三人組だの、だけどな」

「……へぇ。嘘を言っている顔ではないみたいだね。でも、そこ等の雑魚と僕を一緒にしてもらったら困るなぁ。僕は世界一なんだよ? この世界の、誰よりも強い」

「だからどうした」


 呆気なく言って、総真は決意の滲む双眸で目の前の少女を射抜く。

 相手が強大なことは、ずっと昔から分かっていたことだ。それこそ最初はトーレン・ライドなんてシステムもなく、ただ純粋な人間の状態で時流者に――彼女に勝とうとしていたのだから。

 目標は遥かに高く、遠い。此方がトーレン・ライドを完成させている間に、彼女は世界一になっていて――けど、だからどうした。


「届くとか、届かないとかじゃない。俺はただ、お前に勝ちたいんだよ。お前のその小憎たらしい顔に、一発拳をぶちかましてやりたいだけなんだよ。だからお前がどんな力を持っていようと、どんな地位に居ようと関係ねぇ。俺は、お前に勝つ。これは俺の生涯を賭けた……決定事項だ!」

「ふぅん。気合は入ってるみたいだね」


 びしりと、想定と状況は違うが指を突きつけ宣言する総真を、クララは少しだけ感心したような態度で見詰め返す。

 が、直ぐにまた憎たらしく表情筋を歪めると、くるりと踵を返し背を向けた。


「あ、おい!?」

「安心してくれ。君との勝負、きちんと受けよう。それも直ぐに……そうだね、三日後くらいには実現出来そうだ」

「え……本当かっ!?」


 驚愕し、思わず聞き返す総真。

 此処まで言っておいてなんだが正直受けてもらえるとは思わなかった。何せ自分と違い、彼女には戦う理由が無い。いや、むしろ戦わない理由の方が多いだろう。

 一体何処の馬鹿が、昔の知り合いに『殴り合いの喧嘩をしよう!』と提案されて受けるというのか。まともな人間なら『いや、ちょっと……』とドン引きして距離を取る事請合いである。

 加えて、彼女の言からして――というか、彼女の情報は色々と仕入れていたので知っているのだが――クララは一週間後、日本で開催される世界大会に出場する予定のはずだ。

 そんな大舞台を目前に控え、喧嘩。それも怪我をするかもしれないような、ガチンコの喧嘩だ。幾ら彼女が自分の強さに自信を持っていて、逆に此方を見下しているとしても、断るのが当然だろう。

 なのに、クララは受けると言う。喜ばしいが同時に大いに疑問である。


「本当、だよな? 嘘じゃないよな? まさか当日になって、現場に行った俺を嘲笑い『本気にしちゃったのかい、君ぃ。あんなの冗談に決まっているじゃないか!』とか言うつもりじゃないだろうな!?」

「おいおい、君は僕を何だと思っているんだい。ちゃんと勝負するさ、君の望み通りにね。世界大会前の緩いウォーミングアップ代わりだ、かる~く捻って差し上げよう」


 ほら、と言ってクララは後ろ手に何かを放り投げる。

 ひらひらと舞うその紙を慌てて受け取り目を通せば、綺麗な数字の羅列が並んでいた。


「これは……電話番号?」

「僕はネットとかメールとか、そういうのが好きじゃなくてね。連絡は基本、電話で取ってもらうようにしているんだ。三日後の朝、僕に掛けてきたまえ。戦場を伝えよう」

「そっちが用意してくれるってか? 随分気前の良い事だな」

「ははは、僕は力だけじゃない。財力も、権力もあるんだ。そんな僕が用意してあげなくちゃ誰が用意してくれるというんだい? まさかみずほらしくも、そこ等の公園だのフリースペースだので戦え、って言うんじゃないだろうね?」

「ちっ、別に場所くらい俺だって用意できらぁ。けどまあ今回は、お前に乗ってやる。せっかくだからな」

「ははは、それで良い。小市民は上位者に縋って生きるものだよ」

「んだとぉ!?」


 額に血管を浮かばせ抗議する総真だが、クララは気にも留めず脚を進める。

 最後に一度、思い出したように振り向き、むかつく顔で手を振って。少女の姿は、煙のように消え去ってしまったのであった。


「……遮断時流か。やべぇな、相当な力だ」


 待機状態のトーレン・ライドが算出したデータに冷や汗を浮かべる。

 狂三郎や馬鹿三人組のそれとは、まるで比較にならない力だ。しかも多分、まだ本気ではない。どう見積もっても丹羽と同等かそれ以上。


「当然か、丹羽が三位であいつが一位だったんだから。あれだけやって漸く本気を引き出せた丹羽と、同等以上ね……。上等だ。その方がぶっ飛ばしがいがあるぜっ」


 武者震いと共に、左の掌に右の拳を打ち付けて。

 総真は、降って沸いた決戦の舞台へ向けて決意を新たにしたのであった。


「……なんです、これ。どういう状況ですか?」


 あまりに皆が戻ってこないので様子を見に来た冷夏の困惑した声が、夏の朝日に混じって消えた――。

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