第十一話
自身の出した圧倒的な速度に、自分で驚く。
第三段階のトーレン・ライドはそれ程の速さであった。これまでよりも更に速く、正直言えば制御するだけで一杯一杯。
けれどそれでも、気合と根性と湧き上がる意地で無理矢理身体を制御して、総真は目標の敵へと一直線に突っ込んでいく。
数瞬と置かずにゼロになる距離。揺らぎかけた体制を逆に利用して、大きく横回転すると、そのままローリングソバットを繰り出した。
「ぐぅっ!?」
腕をクロスさせ受け止めた丹羽が、呻きを上げる。
顔からは余裕が消え、逆に驚愕が色濃く出ていた。トップ・スリーによって加速した総真の速度と蹴りは、彼を以ってしても脅威と捉える程の力があったのだ。
鬩ぎあう靴底と腕部がギシギシと音を立てる。このまま押し切る事は不可能と判断し、総真は腕の噴射口からエネルギーを放出すると素早く移動、丹羽の頭上へと回りこむ。
死角である頭頂部目掛けて打ち下ろし。肘からの噴射も使って加速させた、右の拳を解き放つ。
「おらぁっ!」
「くっ……!」
だが、避けられた。身を転がすように丹羽が咄嗟に跳んだことで。
けれど強引な回避のせいで、体制は崩れている。追撃のチャンスと判断し、総真は四肢からエネルギーを勢い良く噴出、強制的に丹羽の下へと吹っ飛んだ。
調整不足のせいだろか。消しきれなかったGが身体に掛かる。全身の骨から嫌な音がした。
(ま、その位は覚悟してたさっ)
折れた訳でも、皹が入った訳でも無い。なら少し位軋んだって、何の問題もありはしない。
そう、強引に危機を訴える本能を黙らせて、総真は拳を振り上げる。膝を着いていた丹羽が即座に立ち上がり、迎撃の拳を振るってきた。
拳と拳が正面衝突。続けざま、乱打するように攻撃を放つも、丹羽はその全てを冷静に捌いて見せる。
「大したもんだ。これが、世界有数の時流者か!」
「お前も、やる。予想以上だ」
トップ・スリーを解放してなお、総真と丹羽は互角であった。
いや、序盤の攻防を終えてからは、どちらかと言えば総真の方が押されている。エネルギーの噴射によって身体を強引に動かせるという、機動力の高さで何とか凌いでいるものの、このまま行けば此方の負けが近づくばかりだ。
ただでさえ、時間制限のある現状。長々と時間を掛けて勝機を見つけては居られない。無理矢理にでも突破口を開かなければ。
覚悟を決め、総真は突っ込む。出力を最大にした突撃は脳内に警告音が流れる程であったが、しかしそれ故に丹羽の予測を超える事を可能とした。
腰元にタックル。そのまま全速で空へと上がる。
「何――!?」
「はっ。いくら手前でも、空中じゃあまともに身動き取れねぇだろ!?」
此方を引き離そうと振り下ろされた拳を、素直に彼を手放し避ける。
推力を失った筋肉の塊が宙を泳いだ。
制限時間は残り二十秒。辛うじて掴んだ最後の勝機に、総真は限界を超えた速度で飛翔する。
「警告は全部無視だっ。手前も俺の一部だってんなら、気合入れて付いて来い!」
義眼に流れる真っ赤なメッセージへと怒鳴り返す。
一旦、丹羽から離れるように距離を取った。四肢から常に最大出力でエネルギーを放出しながら、大きくUターン。どんどんと加速していく身体は、遂に本来想定されたトップ・スリーの限界速度を上回る。
「ぶちかますぜ相棒。最速で、決めるっ!」
余計なものは必要ない。ただ圧倒的な速度での真っ直ぐな突撃。
一見すれば愚かなそれも、絶対的な速度を得ればあら不思議。瞬く間に必殺へと昇華される。
閃光が空を奔った。
「喰らいやがれ――『鳳仙花』!」
全力で突っ込み、全力でぶん殴る。ただそれだけのシンプルな技が、丹羽の腹部へと突き刺さった。
衝撃が胃を貫通して背中から抜けていく。空気が震え、丹羽の身体が直線軌道で吹っ飛んだ。
「ヒュ~……」
地に堕ちる青年と解除される遮断時流を尻目に、辛うじてバランスを取って滑るように着地した総真は、細く長い息を吐く。
同時に、限界時間を迎えたトップ・スリーが解除された。解除報告と共に義眼に表示された真っ赤なメッセージの数々に、ちょっと無茶しすぎたかな、と幾らか自省。
……しようとした所で、身体の各所から激痛が走り、眉を顰める。
「あッつぅ~……。速度を出しすぎたか。やっぱ、ちゃんとした調整は必要だなぁ」
痛みを我慢しながら頭を搔く。
今回は何とかなった。が、本番のあん畜生と戦う時までこれでは、話にならない。丹羽より強い奴を倒そうというのだから、トップ・スリーは必須だろう。
(今回、予想外の戦いに遭遇したように。何時、あいつと戦う機会が来るかは分からないしな。早めに調整してもらうか)
考えながら背後へ振り向く。
案の定、と言うべきか。西加が笑いながら走り寄って来ていた。
「はっはっはー! やったか、総真! 正直あっという間だし見えないしで全く状況は分からんが、無事こうして戻ってきたという事はそういう事だろう!?」
「ああ、全力の一撃をぶち込んでやったよ。その代わり、こっちもボロボロ……というかガタガタだけどな」
「そのままバラバラになってしまえば良いんじゃないですか。どうせ誰も困りませんし」
後ろからやって来た冷夏の毒舌に、思わず苦笑。
「誰も困らないって事はないだろうよ。少なくとも、後始末には苦労するぜ?」
「別に片付ける必要は無いでしょう。貴方みたいな変態屑男は陸に上がった魚みたいに、コンクリートの上でパクパクしているのがお似合いですし」
「おいおい。流石にそんな状態で放置されたら、干上がって死んじまうぞ」
「道行く人々にねだれば良いじゃないですか? 僕を助けてー、って。誰も助けてくれないでしょうけど」
「お前はどんだけ俺を殺したいんだ……?」
変わらぬ辛辣さに呆れていれば、更に後ろで頷く狂三郎の姿が目に入る。
似たもの兄妹という言葉が頭に浮かんだ。冷夏は絶対に否定するだろうが、性根の部分は似通っている気がする。特に俺の扱いが酷い辺りが。
「まーとにかく。これで、俺の勝ち――」
「いえ。まだです」
西加に抱きつかれながら勝利宣言をしようとした総真だが、言い切る前にアルトリーナに待ったを掛けられる。
え? と声を漏らしながら彼女を見れば、無言で顔を逸らされた。
嫌われたかっ!? とショックを受ける総真だが、よくよく見れば彼女はじっと別の何かを見詰めているようである。
その視線と、先程の言葉に、まさか――と彼の頬を汗が伝う。
口元を引くつかせながら、視線の先へ振り向いた。何だか数日前にもこんな事あったな、と思いながら。
「で。やっぱり、そうなのかよ」
予想通り。振り向いた先では、倒したはずの青年――丹羽鹿野比呂が、今正に立ち上がり、調子を確かめるように首を回しているのであった。
しかも狂三郎の時とは違い、明らかに余裕がある。ノーダメージという訳ではなさそうだったが、渾身の一撃でなお致命打には至らないとは、一体奴はどれだけタフなのか。
「嫌になるな全く。時粒子頼りで、筋肉は飾りじゃねーのかよ。あれを喰らって普通に立ってるなんて、時流者にしたって人間離れし過ぎだぞ」
「中々、効いた。だが耐久力には自信がある」
「そんなレベルじゃないと思うがなぁ。……しかしどうしたもんかね、こりゃ。ちとまずいかな」
自嘲するように呟く総真。
義眼にアクセスし自らの総点検を行えば、『直ぐに静養して下さい』といった旨のメッセージが繰り返される。
実際、節々が痛んだし、体中の骨がぎしぎしと音を立てている気がした。妄想染みているかもしれないがそれ位激しい負担だったのだ、調整不足のトップ・スリーは。
加えて制限を過ぎ、もう使えないとなれば丹羽に対抗するのは難しい。彼もダメージを受けているようではあるが、表面にはっきりと出る程ではないのだ。我慢しようとしてもつい顔に出てしまう、今の自分とは対照的である。
総じて。分は、明らかに丹羽にあった。
明確な敗色の空気を感じ取り、総真は更に愚痴を零そうとして……止めた。
「文句言ってもしょうがねぇか。有るだけの力で、やれるだけやる。それしかねぇよな」
西加を離し、ファイティングポーズ。
驚いた西加やアルトリーナが無茶だ、と止めてくるが、総真は哂って制止を振り切って、
「例え負けるかもしれなくても、此処で逃げたら男が廃る。だったら潔くぶつかって負けた方が何倍もましだ。ま、負けるつもりなんて無いけどな」
「馬鹿ですね。何の意味も無い愚かな行為です。幼児だってもう少しましな思考をしますよ。それだけ貴方が大馬鹿者という事ですが」
「耳が痛いな~。もう大分慣れたけどさぁ」
冷夏の痛烈な批判に肩を竦めた。
それでも拳は下げず、言う。
「良いさ愚かで。構わないさ、大馬鹿者で。人間だからな、馬鹿な事に意地を張りたくもなる。って訳で、最後まで付き合ってくれるよな? 丹羽」
「俺も今更、拳を下ろすつもりは無い。お前を、倒したくなった」
「ヒュウ、世界三位にそうまで言わせるなんて、俺も捨てたもんじゃねぇな。んじゃ行くかっ。第二ラウンドだっ!」
両の拳を腰元に引き、前傾姿勢を取る総真。
対し丹羽は、両腕を人の字のように交差させた独特の構えを取った。
今までは取られなかったその構えに彼の本気を感じ取り、総真は唇を吊り上げる。この男の本気と戦えることが、今は無性に嬉しかった。
(俺も若いな。まだ高校生なんだから、当たり前だが)
トーレン・ライドを発動待機させる。
ギアはいきなりトップ・ツー。今の自分が出せる限界だ。
「途中でぶっ壊れたりすんなよ相棒。トーレン・ライド! トップ・ツー……『ピピーー!!』!?」
いざ、発動。させようとしたところで、鳴り響いた甲高い笛の音に拍子を外され、ガクンとつんのめる。
一体何だ!? と非難の色を籠めて音の元を確かめれば、何時の間にかかなりの数になっていた野次馬の一部が、随分と騒がしい。
耳を澄ませる。群集の外縁から聞こえる声は複数の成人男性のもので、内容は明らかに――
「げぇっ、警察! 何で――っていや当たり前か、街中でこんな騒ぎ起こしてりゃ。……もしかしなくてもこれって、かなりやばい状況?」
冷や汗を流しながら、総真は背後の四人へと振り返る。
二人しか居なかった。毒舌少女とその兄の姿は既に無く、慌てた様子の西加と彼女を宥めるアルトリーナの主従コンビだけが残っている。
(逃げやがったなあいつら……! どんだけ逃げ足早いんだよっ)
笛が鳴ってから、まだ十秒と経っていない筈だ。
この短時間でこの場を離れる決心がつくとか、あいつ等どんだけ俺の勝負に興味がないんだよ。いや、始めから興味ゼロ、って顔してたけどさ。
「って、そんな事考えてる場合じゃない。早く逃げないと――いやでも、勝負を放棄する訳には――」
現実逃避しかけた頭を叩き直し、けれど勝負を投げ出す訳にもいかず、総真は対戦者である丹羽の様子を窺う。
困ったように眉根を寄せる彼の周りに、デブ・ノッポ・デブノッポの三人組が纏わりつき、必死に何かを訴えていた。そういえばあんなの居たな、と思った事は此処だけの秘密だ。
どうやら彼等は、丹羽に逃亡を促しているようである。けれど丹羽は納得行かない様子で、憮然とした表情を貫いている。
ノッポが彼の腕に縋りついた。
「兄貴、早く逃げましょうや! このままじゃ警察の御用になっちまいますよ!」
「まだ、勝負の途中だ」
「言ってる場合じゃないでしょう! 兄貴は今度の世界大会に出るんでしょう? そこで、去年のリベンジを果たすんでしょう? 此処で警察に捕まったら、参加資格を取り上げられちまうかもしれませんぜ!」
「む……それは困る」
悩む丹羽。と、そちらばかりを気にしても居られない。
同じ様に悩む総真の腕を、西加とアルトリーナが掴む。
「早く逃げるぞ、総真っ! 群集の突破に手間取っておるようだが、それも何時までもは持たん。急がなければ厄介な事になるっ」
「幸い警察が来ているのは一方向からだけのようです。反対側から抜ければ、まだ逃げられるかと」
「いや、でもな……」
「迷っている場合か! 警察は面倒だぞ。やばいんだぞ。煩いんだぞ。私はお世話になるのは御免だっ」
「いやそりゃ俺も嫌だけどさぁ」
ぐるり、首を回して丹羽を見る。
目が合った。あちらも既に戦意は萎んでしまっているようだ。
二人、同時に頷き合う。
「この勝負、預けたぞ」
「ああ。何れ、必ず決着はつけてやる。必ずなっ!」
「ならばそれまでに万全の状態に仕上げて来い。今日のような、中途半端なものでは無くな」
言い残し、瞬きした瞬間には丹羽の姿は消え失せていた。
遮断時流を使ったのだろう。兄貴が消えた事に驚いた舎弟達が、慌てて同じ様に消えていく。
それを見て、総真。腕の二人と視線を交わし、急ぎ彼女等を抱き上げた。
西加がはしゃぎ、アルトリーナが頬を赤く染める。だがそれに構っている暇もなく、即座にトーレン・ライドを起動させると、群集の上をすっ飛んで現場から逃げ出した。
「あの、総真様。私は簡易型のトーレン・ライドを積んでいますので、一人でも……」
「え、そうなの? ……まあ、今更だし。とりあえずこのまま逃げよう」
負担にならないよう二人にリージェネレイト・エネルギーを纏わせ、速度を加減しながら、総真は高速で街を駆け抜ける。
実はアルトリーナを降ろさないのはただの言い訳で、本当はもう少し彼女と密着していたかっただけだというのは……彼の名誉の為にも、秘密にしておこう。
とにもかくにも。決着こそお預けとなったものの、彼等は無事警察のお世話になる事もなく、家に帰還する事が出来たそうな。
「へぇ。今の、もしかして……。ふぅん、これは面白くなりそう」
その背をじっと見詰める金色の瞳には……誰一人、気付かぬまま。
まだ一波乱、ありそうである。




