第9話 闇を蠢くもの
男は愛でるように手のひらで覆えそうな大きさの宝玉を撫でていた。
闇が凝縮されて宝石になったような黒。
空に輝く星々のように、白く輝く魔力。
夜のオーブと呼ばれるそれは元々は吸血鬼の真祖が持っていたものだ。
アルカード領を襲ったその不死者はこのオーブの力で変化したのだと調査の結果わかっている。
人を魔物に変える危険な代物だったが、媒体となる人間の強さによって得られる力が異なる。
大半の者がこの力をもったところで、弱点が多いだけの吸血鬼になるのが関の山だろう。
狂人でもなければわざわざ魔物になってまで障害をおいたいだなんて思うはずがない。だから、その危険さの割には扱いはぞんざいで、裏からちょっと手を回すだけで簡単に手に入れることができた。
けれど。
適切な資質を持つものであれば、かの不死王すら凌ぐ力の持ち主に変わるに違いなかった。
「あの方は決して良しとしないだろうな」
自分が人生を捧げたいと思った相手は不死でこそないが不老だった。
一緒にいるにつれ、どんどん自分だけが歩みを進めてしまう。
置いていくのは自分なのに、遠ざかる相手に置いて行かれる気持ちだけが強くなってゆく。
焦りに、ようやく若返りの、不老になる方法を探しだした。永遠に共にいたいと思っているのに、体に刻まれるシワが残りの時間が僅かであると告げる。
このまま何年時間をかけたところで、人が今まで見つけていない方法が見つかるとは思えなかった。
だから決めたのだ。
人なんてやめてしまおうと。
一緒にいれないなら人でいることに意味なんてないんだと。
幸運にも適正者は見つけた。
男は報告に上がってきた資料を見る。
国家は数少ない高位魔術師を探すために、検査を行っている。検査を行った結果、資質の高いものは専門の学校へと通うことになる。
せっかくの才能が埋もれてしまわないための対策だったが、目的の者を探すのには好都合だった。
「皮肉なものだな」
かつて不死者に襲われ、それを退治した英雄の息子がこの世で一番の適性を持っているのだから。
10才になれば学園に通うことになる。
すぐにでも頭角を表すだろう。注目されているものを学園から攫うのは困難を極めるし、足がつきやすくなる。
生徒の魔術を使ったいたずらを防止するための装置があり、魔術を使えば痕跡が残り、すぐにバレるからだ。
だったらその前にさらってしまえばいい。
邪魔者は事前に排除してしまえば、そう難しいことじゃない。
金さえ出せばその手の人間は簡単に雇えるのだから。
人を不死者に変えるオーブと、魂を交換する魔術、そして最高の適正者。
絶対にうまくいく。
運命のように集まったすべてのピース。神が今までずっと泣いていた彼女を一人にするなと言ってくれているような気がした。
「待っていてくれ。あとほんの少しだけ」
新しく捧げられる魂を待ち望むようにオーブは赤く光る。
男はそれを全く気にせずにしまい込むと、計画を進めるために立ち上がるのだった。




