第61話 終焉
死の恐怖に震える教主と、それをかばうミハエル。
形勢は一気に逆転し、攻める一方になる。
防戦とて庇いながら行い続けるのは無理だ。
無敵の盾では、剣を防げても相手を追い払うことができるわけじゃないのだから。
しゃがみこみ、戦うことをやめたならもう、敵ではない。
一振りごとに、ミハエルを追い込んでゆく。
剣に集中しなければ防げず、隙をつくようにして、魔術を唱える。
常に打ち消しを考えなければいけず、こちらはただ、揺さぶるためだけに仕えばいい。
集中力の消耗の差は圧倒的大差で、それは同時に戦いの結果にも影響してくる。
教団だけあって、フルキュアを使える物はいるようだが、あれだってゲームみたいに一瞬で回復するわけじゃない。
後ろに下がらせて、落ち着いた状況で癒やして初めて治る。
だが、この混戦状態でそんな隙はない。
「くっ」
「そこだ!」
聖剣を弾き飛ばす。
床をがしゃんと跳ねながら滑る聖剣を影が包み込む。
これで誰かが拾って使うことができなくなる。
闇を払うにも、力を使わなければいけないから、一手遅くなるし、その隙を狙える。
「これで、終わりだ!」
血の力で、闇の狼に変身し、力いっぱい殴る。
体ごと浮き上がり、吹き飛ばされ、ガクリと倒れるミハエル。
死んではいないが、戦闘不能だろう。
「追い詰めたぞ、ガブリエル!」
「ひっ」
人形じみた容姿のガブリエルは確かに美人だったが、その表情は死の恐怖に怯えて、ぐちゃぐちゃだ。
復讐だ、謝罪させてやると意気込んでいた気持ちが萎えるのがわかる。
だってまるで悪夢が怖いと寝るのを怖がる幼子のように泣いてるからだ。
「……なんで、不死なんて追い求めるんだ」
国を支えた不老の天使のくせに。
俺を吸血鬼にしたのはミハエルの企みだとしても、不老不死の研究をしているのは月の教団の初めからの方針で、彼女の願いなのだろう。
「死にたくないのよ! 孤独なのよ! 私は神から命令されて、地に降りて、必死に働いたのに、終わった頃にはもう天には戻れなくて……汚れた天使なんてもういらないんだって。
誤解よ。私は汚れてなんていない。翼だって白いまま。なのに誰も迎えにこない。天に帰りたい。あそこならみんなずっと一緒にいてくれるのに。
でも、地上で死んだら魂が流れてしまう。別の生き物に転生して、絶対戻れなくなる。あなただってわかるでしょう? 人間も戻りたいでしょう? 自分だけ違うルールで生きるのは辛いわ」
自分がしておいて何を。
彼女にとってしてみれば、ミハエルが勝手にやったことで自分がしたことではないと思っているのかもしれない。
「どうかな。仲間も大切な人もできたから」
「そんなもの、100年もすればすれ違う。もう嫌だって思うようになるわ!」
「……まあ、そうかもな」
ずっとこの国を見守ってきた彼女が、最後には恩を返し終えたと吸血鬼相手に放り出されたと思えば不憫に感じる。
だが、こちらが哀れんだところで、相手はそうじゃない。
そもそも、向こうが手を出さなきゃこうはならなかったんだから。
「謝罪して――俺達から手を引け」
「……私を殺さないの?」
「うん。まあ、同情する部分もあるし」
母の仇で吸血鬼にした原因なのにと驚きの表情を浮かべている。
状況と俺の表情を見てその気がないことを信じたのだろう。
ガブリエルはそのまま、深く頭を下げる。
「ごめんなさい。謝って許してもらえることかわからないけれど」
「謝罪を受け入れる」
どうやら穏便にことは進みそうだった。
周りも今は戦闘をやめ、こちらの様子を伺っている状態だ。
「あの、その――謝罪を受け入れてくれたのよね?」
「ああ」
「じゃあ、これからは仲良くしてくれるかしら?」
ええ~…。
自分を傷つけるかもしれない相手には敏感で恐怖が迫ると混乱するが、そうでもなければ受け入れる、ということだろうか。
今までうまくやってきただけある切り替えの速さと、何処か期待する瞳に気圧される。
「ああ、うん」
「なら、不老不死の研究は縮小する」
「はい」
「組織も変えて、他国と揉める部分は改善するわ」
「はい」
「そしたら仲良くできるわよね」
グイグイ来る。それだけ孤独に感じていたのだろうか。
仕方がない。
「うん、まあ、いい――」
「そんなの許せない」
いつの間にか意識を取り戻していたミハエルがガブリエルを突き刺す。
聖剣とは違う、禍々しく黒い刃。
黒ではなく、数多の色が交じり合ったから真っ黒になったみたいな、淀んだ黒。
「そんなの許せない。不死ならいいのか? 私でなくても。
そんな男でも。私は君に置いて行かれるのに、君はそいつとああよかった孤独じゃないと笑えてしまうのか? 私は全部差し出したのに、君はそんなもの受け取らなかったみたいな顔をして?」
「あ、う」
モンスターと戦い、危険を乗り越え、成長してきた。
なのに、今のミハエルの顔には気圧される。
様々な気持ちが入り混じった、でも最も強い感情は愛のような憎悪のような。
「教祖様!」
動けないでいる俺に、ずっとこちらを見守っていた兵たちが、ガブリエルからミハエルを離そうとして、光の魔術が彼らを撃ちぬく。
「一緒にいれないなら! 死ねば永遠だ!」
「死んだら終わりよ!」
「なら一緒に終わろう!」
もう一太刀と振り上げたミハエルを、それでも動けないでいる俺は見続けるしかできなくて、
「見苦しいわ、お父様」
エヴァが斬る。
「……娘に切られるか」
「敵対したら容赦なく、でしょ?」
「そういえば、そう教えちゃったね……先に、待ってる」
待ってるのは、エヴァじゃなくて、ガブリエルのことだろう。
けれど、エヴァは何処か満足そうな表情をしている。
「それ、どうするの? リオン」
マリオンが駆け寄り、フルキュアをかけ――首をふる。
「闇の魔力が邪魔をして治りません」
魔剣らしく、回復を阻害するようだった。
「ガブリエル」
「しに……たくない」
助けて、たすけてと手を伸ばすガブリエルは何処までも子供のようで。
「血を吸ってやろうか。吸血鬼になれば助かるかもしれない」
吸血鬼にした相手に提案することになるなんて皮肉だと思うが、回復できないなら、このまま死ぬというのなら、吸血で吸い殺せば吸血鬼にすることで助けることはできる。
「きゅうけつきじゃ、もどれない……」
伸ばした手をおろして、ガブリエルは目を閉じた。
そうして、再び開けることはなかった。




