第52話 貴族のお仕事
やあ、貴族になりたがるみんな! 貴族には夢があるよね!
贅沢なご飯、美しい女性、権力……なんでも好きにできるし、好きにしていいんだ!
――そんな訳がなかった。
皇帝陛下から、『新しく家を興すのだから、人手がいるだろう』と領地運営をできる人間を頂いたり、例の若い貴族連合を勧誘したり、アリに隷属させられていた人々の保護と治療と、働き口の手配をしたり。
あっちでリオン様、こっちでリオン様と呼ばれ続けて印鑑を押し続けて、適当に印を押さないでくださいと怒られる。
ちょっと! 俺に貴族なんてまともにやれるか! 五歳だよ! まず学校に行かせてくださいお願いします! なんで俺は貴族になんてなってしまったんだ。
どっしりと感じる疲労にゲンナリしている俺とは対照的に、マリオンは全く動きを止めずにあれこれと指示をしながら動き回っているし、リーゼは俺の数倍の速さで書類を処理したり、調べ物に忙しい。
「で、シルはなにやってんの?」
「なんか文句かにゃ?」
急増の屋敷の、運び込まれたソファーに伸びをして、だらんと大きくなったシルヴィアを睨みつけるが、全く気にもしない。
「まーなんていうかにゃ? 邪魔しないことをやってるみたいな感じだにゃ」
えらいやろ? みたいなドヤ顔されても困る。
イラッとしながら無防備にめくれた筋肉があるはずなのに柔らかそうなお腹をつっつくと、ビクンと震えてから本気で嫌そうな顔をする。
「うぜーにゃ。とっとと働けにゃ」
「ちょっと、リオンさん遊んでないでください」
「へーい。……マリオン楽しそうだね……」
「まあまあですね! アリの育てさせてた作物の中には希少な薬草類もありましたし、何より実家が今の私を知った時にどんな顔をするか考えただけで楽しいですよ。悔しがってもらうためにも素晴らしい家にしなくてはいけませんね」
「そ、そう」
マリオンの義母はマリオンを冷遇し、しまいには盗賊に襲わせ殺そうとしていたのだ。
それは自分の手を離れ、隣国の貴族と一緒になり力をつければ恐れのひとつやふたつ感じるかもしれない。
俺はそれが悪いことだとは思わないし、マリオン自体母のオリーヴィアを害そうとは思っていないように感じる。見返させたい、驚かせたい。
そんな面が強いような気がする。
「書類処理面倒だなぁ。冒険とかしたい」
つい先日オークアントを倒したばかりなのにそう思ってしまう。
アリはダークセイバーで穿けば力になるのに、書類はそうは行かないのだからしょうがない。
「頑張ったら」
「え?」
「ご褒美あげますよ」
くっつきそうなくらい顔を近づけたと思ったら、マリオンは俺の耳元でそう囁いて――いつもとは逆にマリオンが俺の首に噛みつく。
あまがみで、唇で咥えただけのそれはとても柔らかくて、どきりとした。
「じゃあまたあとで」
ハイ。また後で――。
ヘラヘラと笑っていると椅子が後ろから蹴り飛ばされた。
「おら、さっさとやるにゃ。ご主人様を待たせるんじゃないにゃ」
「わ、わかってる」
怒ったようにぷりぷりとして部屋を出て行ったシルヴィアはその直後に、お茶を持って戻ってきた。
「ほら、私もご褒美やるにゃ」
茶請けももないただのお茶だが、その心使いが暖かく――あたたかく、温かいけど、味がない。
よく見てみると色もない。
さ、白湯かよ。
「茶葉ってどこにおいてあるんだろにゃ?」
今までの生活でもかわいがられるのが仕事の猫みたいな生き方をしていたシルヴィアなので、当然お茶なんて入れようとすらしておらず、それに比べればまあ、努力をしてくれただけで好ましい――かも知れない。
「まあ、そのうち落ち着くと思うからそれまでがんばるにゃ」
なれない仕事をしている俺達の助けに、多くの人がおり、今は皇帝陛下から預かった人たちの世話になってこなしている状態だが、いずれ皆で領地を経営できるようになるのかな――。
貴族の息子として生まれ、いつかは親と同じように立派な貴族になるのだと心には描いていた夢は、吸血鬼となり、逃亡生活をするうちに諦める心もあったのに、今ではまたそれを夢見れる。
忙しいばかりの時間だが、毎日何かが変わる生活にどこか心地の良さを感じていた。




