第51話 大天使
至高を凝らした聖堂。
計算され尽くした採光は皆の前に立つ彼女を最も美しく演出する。
金の髪はそれこそ黄金のように輝き、肌は透き通るように美しい。
薄い布を透かして僅かに感じされる曲線。
大人と子供の間の姿である彼女はどちらとも言えないがゆえに不思議なバランスを保っていた。
目を瞑り、神に祈りを捧げる彼女はそれ自体が生きた芸術で、目にするだけで感動に涙を流すものがおり、感極まったものなどはそのまま気を失うものがいるほどだ。
かく言う自分も一目見た瞬間に魂ごとすべてを奪われたものの1人だ。
だが、彼女にすべてを捧げるのは快感で、むしろ今でもまだ足りないとあげられるものを探し続けている。
彼女の一番欲しい物はあげることはできない。
けれど、永遠の孤独を私自身が慰めたい。
貴重なチャンスは掴む前に消えてしまった。
だが。
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礼拝は終わり、月の教団の信者はまた生活に戻っていく。
その心から教主である天使ガブリエルの姿を忘れられるものはいないだろう。
色褪せることはなく、より濃く刻むために何度も会いに来るのだ。
神ならぬ身にして、最も神に近いもの。
それが王と共に人を導くために降り立った天使である彼女だ。
存在自体が心を揺さぶる彼女は、皆の前ではあれほど美しいが、その心はいつだって不安に襲われている。信者の目のない、二人だけになればそれが明らかになる。
「……アーカードの不死者はSランクモンスターである、オークアントの女王を倒し、帝国で領地を王より拝領し、皇女と婚約を果たしたそうです」
「これがあなた達から私へのプレゼントなの……?」
「そのつもりはありません」
「彼はきっと月の教団を恨んでるわ! 吸血鬼にしたのは私達なのだから! 襲われたらどうすればいいの!?」
彼女はなんの欲もなく人を導いた、慈愛をもって、愛を注いだ。
純白の翼をもつ彼女が宿す唯一の黒い感情が死への恐怖だった。
自分を殺すかもしれない、害するかも知れない存在を知った時、彼女は恐怖に慄くのだ。
まるで幼い少女のように、夜を怖がる子供のように。
その様子は愛おしく切ない。
すべての恐怖から守りたいと思うのに、守れず、いつか彼女の前から去ることになる不死ではない身がにくい。
「大丈夫です。私がいますし、私の娘もいます。そのためにあなたは私に結婚させ、子供を生ませたのでしょう?」
「ええ、ええ。でも、まだ幼いのでしょう? 吸血鬼になんて勝てっこないわ!」
「大丈夫です、大丈夫。私の娘はそのために育てたのです。力にも目覚めました。奇しくも、吸血鬼の目覚めをきっかけに」
「大丈夫なの? 二人は従兄弟同士なのでしょう?」
「ええ。魔物に体を乗っ取られていると説明をしています」
そう、私の娘のエヴァは英雄だ。
人の中に現れる、人を超えた力の持ち主。魔術を難なく極め、恐ろしい身体能力を併せ持つ。
ほんの少し前はオークの相手すら難しかったのに、今では竜の体でも難なく貫いてしまえるのだから。
娘は怒りを抱えている。弟のようにかわいがっていた従弟を守れなかったことを。
その体を好きにしている魔物を討ち、開放できないことを。
「セドリック、あなただけが頼りだわ。怖いの……」
不安に思う彼女を抱きしめたかった。愛はいつだって彼女に捧げているのだから。
けれどだめだ、いずれ失われる物に彼女は愛を注がない。
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出会いは子供の時だった。
彼女は魔術を習うために学校に入りながらも全く魔術が使えない私の前に現れて言ったのだ。
「魔術を使えるようにする代わりにある人と結婚して子を産んで欲しい」
彼女はどういった資質の持ち主同士が子を産むと優れた力を持つものが生まれるのかがわかっているようだった。彼女はそんな時折生まれる英雄の力で自分を殺すかもしれない敵を排除していた。
私は魔術の力を得られることより、将来の妻より、目の前の相手のお願いに応えたいと思っていた。
彼女が願うならといちにもなく頷いて、同じ学校に通っていた妻を学生生活の中で口説き落として、結婚したのだ。
全ては彼女の願いのため。
けれど、それは彼女の願いを叶えたい自分の願いを叶えるためだと気づいた。
年を取ればいつかその関係は終わり、誰かに彼女を慰める役を譲らなければいけないのだと気づいた。
(ああ、そんなの許せない)
彼女を守れる力が欲しい。でも、英雄の如き力をもつ娘には嫉妬などしない。エヴァは彼女のために捧げたただの剣だから。
けれど、リオン。君には嫉妬しか感じない。
君は若く、彼女の隣にいてもなんら不思議ではなく、そして永遠だから。
出会った頃は自分のほうが幼く、いつか同じくらいになり、お似合いだと言われて頬を染め、段々と親の方が似合うような間に変わっていく。
いずれ年老い、私達の関係は孫といったほうが会うようになってしまう。
チャンスはまだある。
あの吸血鬼を打倒し、体を得られれば。
用意していた体と魂を入れ替える魔術。
大規模な儀式を必要としつつも、これさえ使えば永遠に彼女の隣にいられる。
おそらく、リオンは恨んだとしても襲ってはこない。
そういう子であったから。だが、このまま領主として力をつければ襲撃する隙はなくなる。
待っていては目的を果たすことはできない。
「剣をお借りしたい」
「あれを――? ええ、必ず倒すと誓ってくれるなら」
「もちろんです」




