第44話 ボーイミーツガール
私は皇族の女だ。
当然、貴族の女であるから、結婚と子を生むことは義務と言ってよかった。
多種族入り乱れる皇国とはいえ、一番は人族である。
エルフである母も、ハーフである自分もその安定のための礎になるべく、どこかの貴族に娶られ、国を支える子を産み育てることになる。
だが、当然だ、そういうものだと育てられていたからなんとも思わなかった。
力の暴走で一冊のコミックを手にするまでは。
本を読み、私は恋という概念を知った。
愛は知っていた。結婚してそれから育むのだと。
もし、気に入らない相手であっても、何十年と添い遂げていれば気心が知れるものだと。
だから、無理に気持ちは夫に込める必要などなく、子にだけ注げば良いと。
だが、紙の奥に描かれた世界は違った。
恋は自由であり、命をかけるに足る気持ちであり、尊い気持ちであり、恋した相手と結ばれるのは幸せで、そうでない相手と結ばれるのは不幸だと。
私は彼女のように幸せになりたかった。
だが、どうすればいいか。
最初にしたのは真似ることだった。
女の子と見まがえそうな黒髪の男の子と、長身で礼儀正しく、どこか男らしい女性。
運動して、無理に願って剣を習って、どんなに励んでも、恋する相手など現れない。
思いを募る度に会えない恋人は美化され続けていく。
会えるはずなんてない。それはそうだ。コミックは別世界のものなのだから。
だったら、呼ぶまでだと研究を初めて――。
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酔わせてしまえ、なんていうのははしたない真似だったかもしれない。
だが、貴族も御用達の酒場のマスターはかつて城務めの騎士だった。
アンネリーゼも世話になっており、招待されてからは温泉に休みに来た時は寄るようにしていた。
女が男を落すコツが有るのです、気をつけてくださいね、と教えてもらったレディーキラーと呼ばれる酒の種類。
名前が知られていたら通じないじゃないかという反論にマスターに事前に伝えておくのです、と言い出した時は皇女に何を言うんだこいつは、と思ったものなのに。
ハント、と伝えたら都合をつけてくれるなんて、冗談だと思っていた。
だが、マスターはリオンをうまく酔わせてくれた。
皇女である自分と彼の道が交わうのは1度でもあれば奇跡だ。
そこで捕まえてを取らねば一緒に歩むことなんてできないんだと。
獣のほうがよっぽど上品だと後になって思えば恥ずかしいけれど。
うまく部屋に招いた彼は寄っていて、心を開いて笑う彼はとても愛らしく、見ているだけで心が満たされた。不思議だ。
今までは誰にもこんなに心を揺さぶられたことなどなかったはずなのに、視線ひとつでここまで変わる。
心が自分のものではないみたいだと思って、それが心地いいものだからもっともっと上げたくなったのだ。
だから、血を吸ってもいいぞと伝えた。
愛しい者を抱きしめる優しい抱擁に私は舞い上がった。
彼は夢中になって血を吸い上げていく。
それはまるで赤ん坊のようで、血が出て行く度に、愛おしさが注がれるようだった。
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「以上だ」
「あんなん痛いだけだにゃ。ごしゅじんさまもリーゼも変わってるにゃあ」
「くっ、皇女様もですか」
「アンネリーゼ。それかリーゼと呼んで欲しい。なあに、同じ男を愛する仲ではないか」
キリッとした顔で皆を見ているが、年下が好きでずっと恋い焦がれたかわいい物好きなのはバレている。彼女はいつの間にか俺の後ろにまわり頭をなでだしているのだから。
「リオンさんは実は5歳ですが平気ですか」
「ほう。だが、エルフの寿命の前には誤差だ。どうせ、吸血鬼になった影響なのだろう?」
「くっ、強い……」
「ええ!? 年齢詐欺にゃ!」
リーゼが俺の右手を取り、マリオンが奪うように左手を取り、シルヴィアが――無防備になった腹を軽くついた。
ぐえ。
「これからSランク倒して貴族になるってところでおエラさん手つきにしてだいじょうなのかにゃ?」
「ど、どうだろ?」
「うむ。結婚は家と家がするもの。あるいは褒美として与えられるもの。わがままだけでは私とダーリンの結婚は難しいだろう。皆の目的どうり、Sランクはぜひとも倒してほしい。実はちょうどいい話があるのだ」
そう、リーゼはとある貴族のSランク討伐計画を話し始めた。




