第35話 新たな血の力
「お、おまえっ、早すぎるにゃ!」
屋敷からギルドまで一直線に駆けた。血の力で体は何倍にも強化され、銀虎であるシルヴィアすら置いて行くくらいの速さだった。
ギルドに駆け込み、あたりを見渡してもマリオンはいなかった。
彼女と仲の良いメンバーに聞いても知らないという。
その場にいたタカシにもしマリオンが戻ってきたら教えてほしいと伝えて、マリオンが好きそうな店を巡って。
けど、昼に彼女を見た人はいるのに、それ以降は誰もいない。
何処に行ったのかも……想像できない。
「くそっ、どこにいるか分からない!!」
走り回って、どこにいるか探り続けて見つかるだろうか。
いいや、普通に考えて、どこかを歩いているなんて話じゃない。
誰かに攫われたのであれば、どこかに隠されているなら見つけられっこない。
「シルは何かわからないか!? 気づいたことないか?」
「そ、そんなこと言われても……。犬系だったら臭いで探ったけどにゃ……」
においをさぐる……。
そうだ、なに足を使って探しているのだろうか。
そんな人間の探し方をする必要なんて俺にはないのに。俺は、――吸血鬼なんだから。
「ブラッドモード・オン!」
全身から闇の魔力が吹き出し、夜の闇に溶け続けていく。
壊れた蛇口みたいに、夜より黒い力が膨らんでいく。
「こ、これは一体……リオン、なにしてるにゃ」
力はどんどん広がっていく。
頭のなかに簡単にしか表示されていなかったマップが恐ろしく正確にわかるようになる。
配置と生命体かどうかわかっていた以前とは違って、それがどんな見た目なのかもわかる。
力を街全体に広げていく。
人の影が、闇が俺の目になる。
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「くそっ、いない!!」
街ひとつを探査してもマリオンは見つからない。
見つかったのは紅茶を出す店で光の魔術の後があったこと。
そしてそこから、彼女の魔力の残り香は街を出て行ってしまう。
そこから更に探知を拡大しようとして――
「うぐっ」
視界が揺らぐ。
目の端から真っ暗になっていく――貧血の感覚。
「シル……お願いだ」
「な、なんにゃ?」
「血を吸わせてくれ!!」
「……お、おう。わかったにゃ。リオンは魔物だったんだにゃ。ガブッと行ってくれにゃ。わたしは死んでもいいにゃ。でも、ごしゅじんさまは必ず助けてくれにゃ……」
ぐっと手を突き出してくる。
俺はその手を掴むと抱き寄せる。
小さな体は不意をついた形になったせいか簡単に引っ張られて胸の中に収まる。
思ったよりもずっと柔らかく、ぶつかるように触れ合うとふにょんと、もっと柔らかいものの感触がある。
「なっ、にするにゃ!」
「こっちのほうが早いから」
抱き寄せたシルヴィアの首に噛みつく。嫌がるように体をジタバタさせていたのに、今はライオンに食いつかれたシマウマみたいに、ピクリとしか動かない。
マリオンとはまったくちがう血の味。
爽やかでするりと口の流れていく。
それと同時に全身に力が宿っていく。今までになかった新しい力が宿るのを感じる。
全身を覆っている闇の衣が形を変えていく。
今最も求める形に、シルヴィアからもらった血が形を変えていく。
『ぐっ、ウウウッ』
闇は巨大な狼の型に変わる。全身の、特に嗅覚が恐ろしく強化されている。
おそらく目をつむっても行動できるくらいに、匂いで世界を知覚できている。
「り、リオンだよにゃ?」
『ああ』
「せ、背中に載せてくれないか? 足が動かないにゃ」
『いや、貧血なんだ、そこで休んで動けるようになったら、家に戻っててくれ。必ずマリオンを連れ戻すから』
「……分かった。信じるにゃ」
目には影がかかっていて、血の気を感じないシルヴィア。
マリオンと違って死なない程度に絞ってしまったのだから、今は立つのも辛いくらいだろう。
それなのに、マリオンを助けたいと、力を振り絞っていた。
悔しいと目が言っていて、でも任せると言ってからは和らぐ。
託されたと、信頼を感じる。
答える間も惜しいと、向き直る。マリオンの匂いが続く方へ駆ける。
四足で飛ぶように。
人間ならろくに走れもしないはずなのに、あっという間に100キロを超える。
風景があっという間に変わっていく。
マリオン、すぐに助けに行くから。




