第34話 勇者って概念がない世界で
「あの、勇者ってなんですか?」
以前タカシという冒険者が勇者という単語を出したのは覚えている。
彼は多くの二つ名を名乗っていたこともあり、そのうちのひとつなのかと思っていたが、彼女もまた同じ名前を言っている。
彼も彼女も似た顔の作りと黒の髪や瞳の色をしている。
目の前の彼女もまた強い光の属性を感じるのに、黒髪なのだから、属性の影響を受けた髪色ではなく、彼女の人種がそうなのだろう。
勇者というのは彼女たちの祖国の称号か役職なのだろう。
「え? 通じないかしら? ――その、魔王を倒すものよ!」
「――魔王を? テロリストなのですか?」
まさかの答えにぎょっとする。
魔王国とマリオンの生まれ故郷のエティリア王国、今いるアウグルクリス帝国のいずれも時折小競り合いが発生し、時には大きな争いになるが、現在はそういった戦争は起こっていない。
魔王への私怨も感じないし、魔王国の人間とも思えなかった。
魔族差別主義者なのだろうか。そういった教義の宗教もあると聞く。
こちらの不審な空気を察したのか、彼女は慌て出す。
「ま、魔王は悪いやつ――よね?」
「何をもって悪とするのかによりますが、現魔王国の国王は特に悪いうわさは聞きませんね」
「な、なるほど。魔王が悪くない系の世界なのね。じゃあ、倒しちゃダメよね……」
どうやら、倒す気はないらしい。
「それで。あなたは一体だれなのですか? なぜここに?」
「私は高倉さつき。魔術の儀式で別の世界から呼ばれてきたのよ」
「――そうですか……私はマリオンと申します。」
信じる気にはならなかったが、彼女が普通ではないのはわかった。
もしかしたら別の大陸か何処かから来たのかもしれない。
説明しようとしてくれているのはわかるが、彼女の中の常識で話を進めるため、すぐに頭に入ってこない。言葉は通じているのに厄介だ。
何度も聞き直しながら話を聞くと、どうやら彼女は帝国の皇女の行った儀式によって呼ばれたものの、『狙ってたのと違う』と人間である彼女たち三人はお眼鏡にかなわなかったらしい。
当座の生活費と生きるための方法を教えてもらったものの、いつまでいるのかと咎めるような視線に押されて出て行く事にしたらしい。
一緒に呼ばれた三人のうち、一人は『冒険のはじまりだ!』とはしゃいで出て行き、もう一人は貴族の一人と仲良くなったらしくその人の元で働いているとのこと。
行き場もしたいこともなかったさつきは出て行った一人のタカシの『異世界に呼ばれたんだし、魔王もいるらしいし、これからは勇者名乗っていこうぜ』という提案にしたがってひとまず勇者らしく生きることにしたとか。
勇者とは強い魔物と戦う戦士か何かのことなのかもしれない。
「そして私はこの街にたどり着き、奴隷が存在することを知ったのよ。女性を奴隷として扱うなんて許せないわ。攫った子を開放しなさいと一言文句を言ってやらないとと思って領主に会いに行ったらコレよ。許せないわね!」
普段なら門前払いだろうが、実力のある不詳の人間が、"私を攫った後に"現れたため、警戒されたのだろう。
運が無い女性だが、自業自得でもある。なりたくて奴隷になる人間は奴隷という選択肢がなければ死ぬしかないケースが多いからだ。
シルヴィアのように良い相手に恵まれれば十分な生活ができるし、そうでなくても自分を買い直せば自由になる道もある。
「なるほど。さつき様は正義の方なのですね」
「そ、そうかな……? そうよね!」
とはいえ、回復魔術に秀でている代わりに、攻撃の手段に乏しいマリオンにとっては彼女は救いの手でもある。酔っぱらいやゴロツキに負ける気はないが、貴族が雇う腕のよい傭兵相手となれば難しい。
ブローチに仕込んだ隠しナイフでさつきの拘束を解く。
「脱出して、誘拐犯の罪を償わせるべきでしょう。彼女たちのためにも」
実際のところ、何かをされている女性たちのなかに貴族らしい人間がいない。
敢えて言うなら自分になるが、実家の協力などえられるはずもない。
となれば、ハッタリに使えこそすれども、何処まで糾弾できるものか。
だがまずはここをでなければいけない。
「さつき様は魔術は使えますか?」
「任せて! 細かい制御はできないけど、ぶっ壊すのは得意だから」
地下室の扉をさつきは光輝く剣で一刀両断する。
硬いはずの扉がバターのように切り裂かれる様子は驚きだったが、攻撃に特化した光属性なので、ありえない話ではないが、強力なのは間違いない。
「美しさは罪だ。君たちは私に許しを請うべきだ。その輝きで私を狂わせるのだから。私はアードルフ・フォン・イェーリング。君たちの所有者になる男だ。――だが、まずはお仕置きをしなければいけないな」
扉の先には、壮年の貴族が立っている。アードルフ。奴隷市場のある領の領主。
彼の隣には得体のしれないローブの男。光を遮るための分厚いローブをまとうリオンとは逆に、全身を守るための防具としてのローブ。
『彼女たちは強いですよ。早く変えてしまったほうがよいでしょう』
「ああ。だが、今この瞬間も素晴らしい。見ているだけで感動し続ける」
「はっ。美しさを見せるのは旦那様だけで十分よ!」
「ああ、でも、その美しさを私のものにしたいのさ」
何かをこちらに向けようとした瞬間前に出てブローチを投げつける。
「ぐおっ! ……このっ」
ぶつけられた手から何か丸いものが転がる。
あれこそがきっと、女性たちを時間が止まったみたいに動かないようにした原因だろう。
「さつき様、いまです!」
「任せなさい!」
さつきの体に強力な光の魔力がたまりだす。
『女性はお淑やかであるべきだと思いますよ』
ローブの男がぱちんと指を鳴らすと途端に体が動かなくなってしまう。
睡眠とはまた別の――麻痺だ。
男に向かおうとしたまま、サツキもまた動けないでいる。
なのに、領主のアードルフは自分の手を撫でながらもゆっくりと、転がった道具を拾い上げるのだ。
「やれやれ。だが、こういう楽しみの前の遊びもいいものだ」
麻痺を治そうと魔術を使いたいのに、体が麻痺しているせいかそれもできない。
ただ、近づいてくる男を睨みつけるしかできないでいた。
今後の展開のために、皇女が行った召喚の理由を修正しました。(03/17)
すみません。
『見たことない生き物を呼びたかった』
↓
『狙ってたのと違う』




