第36話 救出
匂いをたどるとシルヴィアを買った奴隷市場のあった領の屋敷であるとわかった。
屋敷の中へと匂いが続いており、生体感知の情報が、地下にいると告げている。
屋敷は広く、門には警備兵が二人控えている。
どのみち屋敷には押し入らなければいけない。屋敷内が騒がしくなれば門番だって戻ってくるだろう。すると、後ろから襲われることになる。
なら迷う時間すら惜しい。
「なっ!?」
「まも――」
影から顔を出すと同時に1人の腹を殴り、叫ぼうとしたもう一人の顔を握る。
体を包む闇の衣が男の口を塞ぎ、外そうともがいているうちに殴り飛ばした。
「よし」
屋敷の内部構造は既に確認している。
なるべく見られないように、でも、見られたのならもうしかたがないと割りきって進もう。
一刻も早く。マリオンを助けなきゃいけない。
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「さ、さつき様……」
「ダメよ、体が動かない……! ちょっと、やらしいことしたら殴るわよ!」
回復魔術を使っても麻痺が取れない。
おそらくだが、一度麻痺させているのではなく、麻痺させ続けている、のだ。だから直した瞬間に麻痺される。
喋れるし、僅かであれば体も動かせる。でも、逃げられるほど、戦えるほどには動けない。
この状況であれば十分以上の力だ。
こんな力を持っているなんて。
回復魔術を持っていても対抗できない能力など、貴族のお抱えであっても、そういるものじゃない。
「安心したまえ、私が触れては君たちの美を怪我してしまうからな」
「ぜんっ、ぜん安心できないわよっ!」
「眠りにおちるように安らいだ気持ちのまま、君たちは永遠になるのだ」
アードルフは拾ったオーブをこちらに掲げる。
せめて対抗できないかと思って、自身の魔力を強めるが、どれだけ意味があるのか――。
ああ、これで死ねずに時を止められて飾られるのか。
人形扱いが嫌で自由を求めて、その終わりが本当に人形になることになるなんて。
好き勝手にされる人生に悔しくて涙が流れる。
『――どうやらタイムリミットのようです』
部屋の中に、真っ黒の巨大な狼が飛び込んでくる。
狼はアードルフに一瞬で食らいつき、腕を噛みちぎる。
「ぐああっ! なんだこいつは!」
『悪魔王……ではないようですね。ですが麻痺も効きませんか』
ローブの男が狼に手を向けた瞬間に私の麻痺も消えた。
「こ、このっ!」
「待ってください! 敵ではありません」
「はあ!? どう見ても魔物じゃない!」
「大丈夫ですから」
食いちぎった手を吐き捨てるように放ると狼は私に体を擦り付ける。
「ほら、安心です。――中身まで狼になっちゃうんですか?」
『そんなつもりはないけど、この手じゃ頭も撫でれない』
「しゃべった!」
『この子はだれ? 敵じゃないってことでいい?』
「ええ。勇者のさおり様です」
『勇者……タカシといっしょか』
タカシの名前に何かを言いたそうにしているさおり。
だが、まずは済ませないといけないことがある。
「続けますか?」
「ライナー! あいつらをなんとかしろっ!」
『困りましたね。しかし、私は商人。引きどきが大切ですね。アレが残っているとあなたも困るでしょう? 私が持って行きますね』
「おいっ! 裏切るつもりか!」
『なに、顧客の後始末もサービスのうちです。お二人が手に入らなかったのは惜しいですが』
ローブの男の手には小さなオーブがたくさんあり、その中には人形が――いや、あの場にいた女性たちが入っている。
「貴様! 彼女たちを返せ! それは私の美だ!」
『注意深いのはよかったですが、選り好みが激しいのはマイナスですね。時間をかけた割にはこれだけ。とはいえ、魂は魂。主も喜ぶでしょう。ではさようなら、アルカードの若き不死者さん』
「おい! 私のものだ! 私のものなんだ!」
ライナーはそう言うとその場で消えてしまう。
まるで元から存在していなかったみたいに。残ったのは腕をなくし、涙を流しながら崩れ落ちたアードルフだけ。
「よくわかんないけど、どうすればいいかしら。もう抵抗する気はなさそうよね」
「後始末が必要ですね」
その言葉に我に返ったのかビクリと震えるアードルフ。
「ここまで誰かに見られましたか?」
『門番と屋敷内で数人に。気絶させてきたけど――殺してはいない』
「とはいえ、証拠品は持って行かれました。私もリオンさんも貴族ですけど、他国の、それも表立って権力を使うのは難しいですし――それはさおり様もいっしょですよね」
「まあ、王女には追い出されちゃったしね」
「殺すのも嫌ですよね?」
「……こ、殺すの? そ、それはちょっと」
「でも、アードルフは悪いことをしました。今見逃してもまた別の形で罪を犯すでしょう。欲しいものを得るために人を攫うのですから」
「ま、まあそうよね」
「リオンさんの力で、彼を操ってしまいましょう。私たちに危害を加えるなと、悪いことをするなと命令するのです」
「そんなことができるのね。まあ、悪いやつじゃなさそうだし、いいのかしら……?」
そう、殺すなら屋敷の人間皆殺ししかないし、それは正義にくくる勇者のさおりにとって受け入れがたい方法だろう。
だが、血を吸いきって殺し、吸血鬼にしてしまえば。
眷属である、配下に命令をくだせると思うとリオンからは聞いている。
『わかった』
男相手に血を吸うことにイヤイヤと顔を振っていたがじっと見つめるとしょんぼりしながら返事をした。
血を吸っているところを見せないようにするためか、狼の体を作っている黒い闇がアードルフを包んで行き――悲鳴が聞こえる。
声はだんだん小さくなって行き、途絶えた。
二人を覆っていた闇が晴れ、そこには血の気がなくなり真っ青になったアードルフだった。
『命ずる。俺の言うことを聞き、命令を守れ。俺達に危害を加えるな。誘拐などの犯罪を行うな』
「は、はい。私の永遠の主よ! おお、私はかけることなき美にであった!」
『なんか変になってしまった』
「前からこんな感じでしたよ」
フルキュアをかけると、アードルフは血の気を取り戻す。
吸血鬼になったので昼間外には出られないだろうが、室内にいればいいのだ。
吸血も、それこそ奴隷を買い、複数から少しずつ吸えばよい。
アードルフなら私達よりよっぽどうまく相手を選ぶだろう。
こうして誘拐事件は終わり、リオンは貴族を配下として隷属させた。




