第28話 奴隷少女シルヴィア
「は、はぅ……」
目の前にはたくさんの肌色が広がっている。
暖房が効き過ぎるくらいの神殿めいた室内では、裸になった奴隷が並んでいる。
艶を見せるためか、全身に油を塗られて艷やかであり、体の動きひとつひとつが目をひく。
近くを通ろうとするたびに、笑みと蠱惑的なポーズを取られてくらくらする。
「歩けますか?」
「あ、歩けます……」
対してマリオンはなんでもない顔をしている。
奴隷を診る目も、性的なものを見るというより、健康的か、生きが良いかと品定めをする目で、スーパーで見る主婦のような鋭さを感じる。
「ここは質が良さそうですね。商人に条件を伝えて勧めてもらいましょうか」
「う、うん」
俺はもう、言われるままだ。
ただ、人が奴隷として売られる場ではあったが、そこまで悲壮感がなく、むしろ奴隷側も積極的だ。
せっかくだからといい主人を捕まえようとしているのを感じる。
「おや、貴族のお嬢様。奴隷をお探しでしょうか。エティリア王国の方かと存じますが」
「ええ。住まいを新しくしましたし、せっかくだからと奴隷を見に来ました」
「おお、さようでしたか。亜人を買いにこられる貴族様は時々いらっしゃいます。彼らは得意不得意ははっきりしており、なんでもできるものは少ないですが、任せる仕事によっては人間よりずっと役に立ちますからな」
「女性の、私たちと同じか下くらい。ずっと一緒にいてくれる子がいいですね」
「なるほどなるほど。旦那様も奥様も冒険者でもあられるようですが、戦闘奴隷の方がよろしいでしょうか?」
「そうですね。身の回りの世話は覚えさせますから、戦闘奴隷をお願いします。忠誠心の高い子で」
「それなら獣人ですかな。彼らは恩に報いる種族ですからな」
トントン拍子に進む彼らの会話を追い切れずに右から左に流す。
マリオンは話についていっているので、任せるモードである。
戦える奴隷を選ぶつもりだというのはわかった。
まあ、血と魔力を抜かれるのはきついようだし、体が丈夫な子である必要はあるだろう。
あの後、マリオンは奴隷を買いに行こうと言った。
要するに、吸血をされても、裏切らない奴隷を買えばいいとのこと。
そんなやついるのか、といえば、子供で家族がいないか、家族に売られて逃げ先のない子を選べば、売って逃げるようなことはしないだろうとのこと。
あとは、奴隷だからと言ってつけこまず、しっかりした扱いをして恩を売りしつけをすれば大丈夫だろうといいだした。
まあ、鞭で打たれたり性的な奉仕をするよりはたまに血を抜かれるくらいのほうが楽だと言われればそうな気がしてくる。
そんなわけで決心して奴隷市場に来たのだが、濃厚な人の匂いと魅力にくらくらしているところである。
「この子はどうでしょうか。16歳の犬の獣人です。鼻が利きますし、力も強い方です。やや直情的ですが、おすすめですよ」
赤髪で、元気そうな少女だ。全身が引き締まっており、お腹は薄く割れている。そのくせ視線を上げれば歳の割には豊富な胸だ。
思えば人生で近くで胸を見たのは母親を初めてだ。
視線に気づいたのか、彼女は両手で胸をもちあげる。ぷるんと弾む胸を目で追いかける。
ごくり。
「……遊ばれてますね」
ダメなのか。なにがいいのか悪いのか判断の付かない俺はなにも言えなかった。
財布を握られすっかり尻に敷かれている。
その後五人くらい見たが、中々条件に合わない。
「ふーむ、思ったよりいい子ばかりですね。良すぎるといいますか」
「ははぁ。そう言っていただけるのは嬉しいですが、お客様の要望に答えてこその商人。非力さに嘆くばかりです。奥様はクレーフェ家のご令嬢でしょうか」
「――もしそうだとしたら、どうかしましたか?」
一瞬剣呑な空気になりそうだったところを、商人が慌てて否定する。
「いえいえ。勘違いしないでください。新しい聖女になると噂を聞いておりましたので、その御方が教会ではなく、隣街の冒険者ギルドに来たと言うのは噂になっておりました。美しい方ですし、皆の口に昇るのは必然でございます」
「そうですか。では、フルキュアを使うことを前提にした奴隷を紹介してください」
「かしこまりました。何を隠そう、銀豹の少女がおりまして。こちらにおいでください」
つまりどういうこと?
「回復魔術が使えるなら重症を負っている奴隷を紹介しますから買ってなおしてください、ということですね。恩も売れますし、安く済みますからちょうどいいですね」
「最初からそうすればよかったんじゃ?」
「怪我している状態で良し悪しが判別できるならいいんですけどね。そもそも問題になるレベルですと、多くは別の市場に行くと思います」
奴隷市場にも傾向があり、ここは質がいいというなら、逆に悪いところもあるということだ。
炭鉱掘りだの犯罪を犯した奴隷などの、普通に使うためじゃない使い潰すことを前提とした奴隷たち。
案内された通路を通り、紹介された少女を見て言葉が出なかった。
彼女は削り取られていた。
人形を地面に擦り付けたみたいに、皮がハゲ、肉が見えていた。
手はちぎれ、顔もぼろぼろで、けれど無事な瞳は絶望に濁っていた。
光を宿さない目は紹介されても俺を見なかった。
「銀豹族は豹に変身する力をもつ獣人です。強力な力を持ちますが、変身時の傷は変身後も引き継ぎます。逆もしかり。ですので、こうなった彼女はもう生きるすべがありません」
「なぜこんな怪我をしてしまったのですか?」
「オーガに襲われたのです。護衛はいましたが、返り討ちに会いまして。
このままだと馬車ごと全滅というところで彼女が立ち向かいました。とはいえ、12の大して鍛えてもいない身です。オーガには敵いませんでした。
とは言え、オーガを撃退することができ、九死に一生を得ることができました。ですが、こうなっては売り物にもならない。
なんとかならないかと悩んでいたところです。どうでしょうか。馬車の中にいた仲の良い奴隷仲間のために勝ち目の薄い魔物の前に出るような娘です。お二人によく仕え、従うと思いますが」
「リオンさん、どうでしょう? 私は彼女を買いたいと思いますが」
正直に言って、奴隷というものに浮かれていた。
好きにできる相手ということに、ふんわりとした甘い話だけを見ていてドキドキしていた。
奴隷市場が思ったよりつらい状況じゃないせいで、勘違いしたままだった。
けれど、半死半生の傷だらけの彼女を見て、この子の人生を預かるんだと気づいた。
でも、おかげで、奴隷の少女じゃなくて、1人の人間として彼女を見たと思う。
助けたい、優しくしてあげたいと思った。
「うん。買いたい」
「そうですか。それではお渡しします」
マリオンはお金を商人に渡す。怪我のせいか、普通の奴隷の半分以下の値段だった。
『手続きをしてまいります』商人はそう言ってといなくなった。
その場に三人だけになった。
なんと声をかけるべきかと迷っていると、マリオンがしゃがみ込み、彼女の手をそっと握りしめる。
「はじめまして。私の名前はマリオン。隣の男の子がリオンです。あなたの名前は?」
「しる……ヴぃぁ」
「そうですか。シルヴィア。あなたは私が買いました。これからあなたの怪我を直しますので、元気になったら私たちに仕えてくださいね。――フルキュア」
マリオンの手が金色に光る。熱はないはずなのに、心が和らぐ癒やしの光はシルヴィアの全身を包み始める。削ぎ落とされた顔が、胸が、腕が治ってゆく。
欠けたものが埋まりだし、まるでなにもなかったかのように、すべてを直してしまう。
いつもは血を補充する手段になっているが、やはりマリオンの力はすごい。
シルヴィアの手を握り、微笑むその姿は見れば多くのものが感動するだろう、慈愛に満ちたものだった。
シルヴィアは治った自分の体と、手を見つめて、目をぱちくりと瞬かせ――つうっと涙が流れ落ちる。
「あり、ありがとうございますにゃ……ごしゅじんさま!」
怪我が治った彼女はとてもかわいらしい外見をしていた。
白に近い銀色の髪は肩までの長さで、堆肥のように肌は褐色で浮かんだ笑顔と相まって活発な印象を受けた。
背は歳のことも考えてもちんまいが、そのくせ、胸はだいぶ豊満だった。
そんな獣人のロリ巨乳はマリオンだけを見つめて、ご主人様と呼んだのだった。
――おや? 誰か忘れてませんかね?




