宿の娘クラレ
「きゃふぅふぅぅん。可愛いって言われた。可愛いだって!」
宿屋「猫の尻尾亭」の看板娘だと自称しているクラレは浮かれてスキップしていた。
クラレは朝の仕込みの手伝いがある為に、もうとっくに私室に引き上げる時間なのだが、興奮して起きていた所、泊りのお客さん用の食事を運ぶ途中だった下男のハンスと廊下で出くわしたのだった。
そこでピキキキーンと閃いたクラレが下男からその役目を半ば強引に奪って食事を運んでいくと…。
やっぱりそれは思っていた通り、午後にチェックインをしたあの「すごくカッコイイ」吟遊詩人さんのものだった。
運んできた食事は普通は部屋の入口で受け渡してよしなのだが半ば強引に部屋に入り配膳までやってしまった。
そして自分でもずぅずぅしいとは思ったが世間話まではじめてしまった。
「やっぱり素敵でかっこいいですー」
キュンキュンする胸を(※絶壁に近い)両腕で抑えて身もだえするクラレ。
お嬢は何か病気でクルシイのか?といぶかしむ下男のハンスの視線も気にならないようだ。
「これからも機会を狙ってお食事を運ぶのです~」
まだ幼くても女は女という事だろうか、少女の瞳には肉食獣じみた光が宿る。
「声も素敵だったわー。お歌も聞きたい!」
もうすでに弾き語りをする姿を浮かべてうっとりするクラレ。
想像力(妄想力)もたくましいようだ。
「髪にも触っちゃったです~。いい香りがしました~」(※エマに洗ってもらった後でした)
ちょっと自分でも変態くさいと思いながら、髪に触った方の指をクンクンする。
「残念、もう匂いがしないのです~」
ちょっとしょんぼりしていると厨房から父親の怒鳴る声が聞こえた。
「クラレ!いつまで起きているんだ!」
夜の時間はお酒を飲む人が多いので若い女の子であるクラレは仕事スペースに来てはならない事になっている。
「とっとと寝なさいよ! また起きれなくなるわよ」
母も呆れたように口を出した。
どうやらクラレは寝坊の常習犯のようだ。
「はーい、もう寝ますぅぅ。明日の朝も朝食の配膳は絶対しますー」
朝食の仕込みはどうした? と母親は呆れたようだったが仕事に戻ったようだった。
寝坊癖のあるクラレを当てにしていないのであろう。
「そうと決まればすぐに寝るのです!」
クラレは決意もあらたに握りこぶしを作った。
「あ~ん。でも眠れるか不安なのです~」
イヤンイヤンする動作を繰り返す姿を見て下男のハンスは思った。
(お嬢はどっか身体が悪いに違いない。そんなに痒がるなんて)
ハンスにそう思われているとも知らず、クラレはスキップをしつつ自分の部屋に戻ったのだった。




