↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/25

後日談 彼女のお宅訪問記 ―事前ですか? 事後ですか?― その5

神ヶ丘家の騒動はひと段落

これは数日後のとある大学での一幕。

 今日も今日とて大学は平常運転。

 教務課事務員としての一日は昼休みに入っていた。

 昼食も終え、教授棟を歩いていた時のことだ。

「あれ? 神ヶ丘教授」

 目の前の人物がこちらに向かって手を挙げている。

「やぁ、佐竹君。少し時間はあるかい?」

 そこに居たのは眼鏡をかけた学内きってのナイスミドル神ヶ丘教授。

 この人は本当にイケオジという言葉が良く似合う。

 女生徒からの人気もあり、ひそかにファンクラブまで結成されていると聞く。

「そうですね。先ほど購入したワッフルを食べながらでよろしければ」

「そうか、ゼミ室に来てもらえばコーヒーくらいは用意できるが?」

「それは重畳ですね。お付き合いしますよ」

 私は笑顔を浮かべて、神ヶ丘教授の後をついていく。

「それにしても珍しいですね。教授から声をかけてくるなんて」

「いや、なに。少し聞いて欲しい話ができてね」

 ゼミ室に入って、ソファーを勧められたので、そのまま腰掛ける。

 ここのゼミ良い家具入ってるなぁ……。

 私は紙袋からまだ暖かさの残るワッフルを3つ取り出す。

「それで話したいことというのは?」

 私の問いかけに教授は少し照れくさそうに笑っていた。

「この間、娘が彼氏を家に連れて来てね」

「へー、千早ちゃんもそんなお年頃かぁ」

 少しびっくりだ。父親が娘の彼氏が家に来た話をそんな顔で言うなんて。

 淹れてもらったコーヒーを口にしながらそんな感想を抱く。

 おっ、良い豆使ってますねぇ……。

「もう高校生だからな……それで、『結婚したい人』が居ると言って連れて来たんだ」

「ぶぅっ!!」

 思わずコーヒーを吹き出していた。

「ゲホッゲホッ」

 なんて爆弾落としてくるのよっ!

「驚かせてすまないね。……ただこの衝撃を誰かと共有したくてね」

「ひ、人が悪すぎますよ。教授……で、犯人は千草ですか?」

 半眼で教授を睨む。

「いや、千早本人だ」

 困ったような苦笑い。

「その、彼氏君もよく来てくれましたね。もしかして相手、大学生とか?」

 女子高生の家に結婚の挨拶とかどんな勇者がやってきた?

「いや、クラスメートだよ」

 思わず意識が横揺れする。

 いやぁ、言葉の暴力ってこういう角度の奴があるのかぁ……。

「だったら、高校生じゃないですかっ!」

 思わずツッコまざるを得ない。

「あぁ、だから私も面食らってね。私も確認しようと思ったんだよ」

 その困ったような表情を見た瞬間、脳裏に電撃が走る。

「まさか……」

「そう、彼の方も初耳だったようでね」

 やっぱりかぁっ!!

「うっわぁ……」

 いや、何その人生かけたドッキリ?

「大丈夫だったんですか?」

「大丈夫だと思うかい?」

 向かいに座る教授は苦笑いを浮かべていた。

「思いませんね」

 きっぱりと言い切る。どう考えても騒動にしかならない。

「共感が得られて何よりだよ」

 苦笑いが、どこか安心した微笑みに変わっていた。

 そうだったよ。この人の家、爆弾魔しかいなかったよ。

「……それ、どうなったんですか?」

 私の中の好奇心が鎌首をもたげていた。

 かつて千草によって何匹も殺されてきた内なる猫が新たに誕生する。

「まぁ、最初は混乱していた……彼、楠木巧君というんだが、もうわけがわからないという顔でね」

「でしょうねぇ……」

 高校生カップルが彼女の家に初めてお邪魔して『結婚の挨拶』とかありえないし。

「いや、教授もおかしいって思わなかったんですか?」

「思ったさ、何をそこまで焦っているのか? と、だから、最初に確認したんだ」

「いや、普通におかしいですよ? 千早ちゃん、何で教えてないんですか?」

「恋人が両親に挨拶するのに他の用事は想定していなかったんだ」

 あっさり返される言葉に私の脳みそは情報受け取りを拒否する。

「おかしいおかしいおかしいっ!」

 思わずぶんぶんと首を振る。

「高校生カップルが彼女の家に初めてお邪魔しますって、彼女のお母さんが『ようこそ♪』ってやって、おっかなびっくりするくらいの、甘酸っぱいチュートリアルイベントでしょ? 何で人生の一大イベントをスタート直後にぶち当ててるんですかっ!?」

「まぁ、佐竹君が言ってる言葉はよくわからないけど、私も初手に来る話とは思わないね。もっとも千草と千早は二人して当然という顔をしていたが」

 教授の言葉があまりにもお労しすぎる。

「巧君の混乱ぶりは、さすがに可哀相になったよ」

 いや、私からしたら教授も十分可哀相です。

「それでね、一つずつ確認することにした」

「確認、ですか?」

「君も千草の話し方は良く知っているだろう?」

 脳裏にある事件がよぎった。

 私、佐竹ゆかり……旧姓・吉行ゆかりの脳裏にキャンパス爆破テロが鮮明に蘇る。

「教授もあの時、大変だったみたいですし」

「まぁ、それは否定しないよ。初めて噂を聞いた時の衝撃は今でも夢に見ることがある」

「……私も誤解を補強してしまってました」

「……私も徹夜明けで受け答えが雑だったと思う」

「いえ、あの状況であんな聞かれ方したらレポートの事としかでてこないと思います」

 誰も教室であんな爆破テロが発生しているとは思うまい。

 いや、もはや何も言うまい。

「あの、何言いだしたんですか? 千早ちゃん」

 もはや聞くのが怖くなってくる。

「『巧のものにされちゃった♪』だね」


 まてぇぇぇぇぇっ!! 予想以上に直球すぎて他の意味が存在しない奴だぁぁぁっ!!


「え? ちょっと待ってください。教授、それを確認したんですか?」

「ん? したよ?」

「ああぁぁぁぁぁあぁぁぁっ」

 思わず頭を抱えていた。

 ちょ、マジで? いや、重い重い重いっ。年頃の娘を持つ父親に向けて叩き込んでいいセリフじゃないよっ!!

「まぁ、これはね。巧君が言ったある言葉が原因だということは分かったんだ」

「何をどう言ったらその単語が出てくるとっ」

「そうだね。プロポーズの言葉と千早が言っていた言葉があってね」

「あ、それ何かを誤解……」

 思わず一縷の望みを託したくなる。

「『お前は一生俺だけの千早だ』ってね」


「もう誤解の余地もへったくれもないやつっ! 完全にプロポーズしてるじゃないですかっ! 一生を誓っちゃってるやつじゃないですかっ! どういう場面で? どんなテンションでっ!?」

「さてね、説明は難しそうだったが……微塵も撤回しようとしなかったし、まっすぐに私を見て言い切ったよ」

「え? えぇ? ちょ、高校生どうなってるの?」

「ははっ、だろうね」

「教授、その巧君ってどんな子なんですか?」

「どこから話したものかな。……そうだな。実は1か月前……千早がストーカーに殺されかかったんだ」

 思っていたよりとんでもない話が出てきて意識が置き去りにされる。

「はい?」

 殺されかけた? あの千早ちゃんが……。

「あぁ、前々から被害を受けていてね。随分脅えていた……私がもっと護ってやるべきだったよ」

 悔いる表情に私は何も言えない。一か月前……教授は多忙を極めていた事を知っている。そうなればできることも限られていたはずだ。

「その時……犯人から体を張って助けてくれたのが巧君でね」

 あ、あぁぁぁぁっ、それは確かに。

「うわぁ……そりゃ千早ちゃんがゾッコンになる……」

 吊り橋効果ってやつもあるんだろう。一気に盛り上がる奴だ。

「もっとも千早が彼を気に入ったのはずっと前からのようだよ。入試の日、受験票を無くして困っていた時に一緒に探してくれたり、ストーカー被害のつきまとい時点で何度も助けてくれたりもしたと言っていた」

 とか思ってたのに、何か凄い情報が大挙してやってくる。

「ちょ? え? 多い多い多いっ」

 え? ちょっと待って? 何その白馬の王子様? いや、あまりにも千早ちゃんのピンチ救いすぎでしょ。

「私も驚いたよ。入試の時に助けてくれた少年の事は千早から聞いていたけれど、まさかその少年が入院するような傷を負いながら娘を護ってくれていたんだからね」

 いや、ストーカーに殺されかけただけじゃない。前段で十分すぎる。そこまでいったら後は簡単に想像つく。

「絶対頭の中で結婚式挙げてますよ、それ」

「……6月の花嫁に憧れるとか言って式場を物色していたよ」

 教授は遠い目をしていた。

 私も改めて天を仰いだ。

「ほんっとうに千草の娘ですね……」

 もう虚空に微笑む千草の顔が浮かんでいた。

「そうだね」

 苦笑いを見せる。きっと同じことを考えている。

 だが、改めて考える。

「でも、教授も気に入ってらっしゃるみたいですね」

 そう、巧君の話をするとき教授の目じりが下がっていた。

「ん?」

「巧くんのことを話すのが凄く楽しそうです」

「まぁね。さっきの一度だけじゃない。二度だ。二度も大怪我を負ってまで娘の窮地を救ってくれた少年なんだ。そんな子、他に居ないよ」

 まるで身内の自慢話をしているような表情だった。

「……ヤバいですね、巧君。めちゃくちゃカッコいいじゃないですか」

 教授の語る少年は間違いなく千早ちゃんにとって唯一無二のヒーローだ。

 そりゃベタ惚れにもなる。

「あぁ、しかもそれを『大したことはしてない』『俺が助けたかったから』と本気で言ってるんだよ」

 おいおい、巧少年。君はどんだけ株を上げるんだよっ。

「ちょっと千早ちゃんの気持ちがわかっちゃうかも……そこまでしてくれる相手なんて、私でもグラってきます」

 うん、そこまでして護られたらベタ惚れになる自信がある。もう私を攫って、一生傍に居てってなってもおかしくない。

 しかも、千草の娘だったよ……。

「千早ちゃんは、その中であの言葉まで言われたわけだ」

 例の『お前は一生俺だけの千早』ね。

「……そりゃ、千早ちゃんも覚悟決まっちゃいますわ……なんなんですかね。その乙女の憧れ欲張りセット。……いや、早すぎるんですけどね」

 気持ちは分かる。でも高校生で『結婚したい』は、さすがに早い。

 ま、他の誰にも取られたくないって、気持ちも分かるけどね。

「それでね。『巧のものにされちゃった』と嬉しそうに言うんだ」

 私は思わず顔を覆って天を仰ぐ。

 ここまでの話を聞くと納得せざるを得ない。

 数々の危機を手助けし、命がけで犯罪者から護ってくれて……しかも『お前は一生俺だけの千早だ』って……。

 うん、『巧のものにされちゃった』ね。心ががっつり攫われちゃってるね。


 そして、私は目の前の教授を見る。


 この人もまた……ある女性に同じように『生涯の相手』とベタ惚れされた人だ。

 ……本当に限りなく近い経緯だったような気がするのは一旦棚上げしておこう。

「それで、さっきの言葉を口にするときの千早が、本当に幸せそうなんだ」

「あー……何も言えなくなっちゃうんですよね、あれ」

 私も知っている。本当に幸せそうに語るのだ。

「はは……あれ程真っ直ぐだとね」

「本当に千草の娘ですよね……言ってることもやってることも」

 脳裏に千草の微笑みがよぎる。千早ちゃんも彼女によく似ているのだと改めて思う。

「良かったですね。教授」

 思わず零していた。

「ん?」

「千早ちゃん……素敵な人を見つけられて」

 私の言葉に教授は一瞬キョトンとした顔をする。

 そして、穏やかにほほ笑んでいた。

「うん、そうだね」

 そっと窓の外に目線を向けた。

「まぁ、まだ結婚は早いけどね」

 少しだけ苦笑いしながら、どこか幸せそうに口元を緩める。

「でも、本当に良かったよ」

 穏やかな微笑みのまま空を見上げていた。


【おまけ】

 でも、私はちょっとだけ気になる……実際の所、巧君と千早ちゃんは「何処まで進んでるんだろうか?」と。

 いや、千草みたいに何もないんだろう。ないんだと思う。ないんじゃないかなぁ……。

 ないよね? ないって言ってほしいような、あってもしょうがないような。

 そんなアンニュイな気持ち。

 流石にこれを教授にお伺いするのは憚られるし……くぁぁぁあぁ、気になるぅっ。

 ……よし、千草に聞こうっ。


 ……。


 ……ねぇ、千早ちゃん、教室とか爆破してないよね?

ゆかりちゃん再登場っ♪


いやぁ、この人使いやすい。

語りのテンポが面白かった。

それにしてもゆかりちゃんの「内なる猫」は好奇心で何匹やられちゃったんですかねぇ……。

千草によって数えきれないほどやられてそうです。


ともあれこれにて「彼女のお宅訪問記」は幕となります。


次回は「彼氏のお宅訪問記」でお会いしましょう(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。