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花嫁は白い結婚を望む。当然よね、と聖女は笑う。  作者: 悠木 源基


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第2章 神隠しの里

 私は一週間前まで、この世界とは別の世界で生きていた。ニッポンという国の人文学部で歴史を学ぶ大学生だった。ゼミはニッポン史の中の古代史で、律令制が整ったころの時代を研究していた。

 子どものころに、現代から飛鳥時代にタイムスリップした歴史学者視点の恋愛漫画を読んで、当時のドロドロした濃密な人間関係に興味を持ったのだ。


 なんて悪趣味な子供だったのだろうと、自分でも呆れてしまうが、幼いころの環境が影響していたのかもしれない。

 自分も大人になったら、あんな嫉妬と憎悪まみれな人間模様に染まるのか!なんて思っていたのだが、現実は違った。成長すると共に恋愛事には全く興味がなくなってしまったからだ。

 くだらないことで言い争っていた両親の過去の姿がフラッシュバックしたり、つまらない恋の駆け引きに夢中になって受験戦争を脱落した同級生や、嫉妬で醜く歪んでいった友人達を見ているうちに、興醒めしてしまったのだ。

 そのせいで私はサバサバ系女子になり、恋愛に関して全く興味をなくしてしまったのだ。

 そんな私を心配した友人アイリから恋愛シミュレーションゲームなどを贈られたので、一応やってみたのだが「マイカは誰推し?」と聞かれても、誰にもはまらなかったので答えようもなかった。


 しかし、まさかあのときやったゲームがこんな場所で役に立つとは思わなかった。人生無駄なことはないのね。私は一人、皮肉めいた言葉を自ら吐いて顔を歪めた。そもそも私はそのゲームを勧めた友人のせいで、今こんな状況に陥っているからだ。

 私はゼミの仲間達と、最近発見された古代道のある場所を訪ねる場所へ向かっていた。その途中でアイリが言ったのだ。この近くに神隠しの里があるから行ってみようと。

 そこは古代から八十年に一度くらいの頻度で、若い娘が行方不明になっているのだという。


 そんなことが実際あったとしたら、立ち入り禁止地区にしないとだめだろう。そんな場所に行くつもりはないと私は主張した。

「怖いのか?」と男子がニヤニヤと馬鹿にした笑いを浮かべたが、「そうよ、怖いわ。だから行かない」と答えたわ。

 私は宗教を信じていなかった。しかし神の存在は何となく信じていたし、恐れもあった。

 だから、神霊スポットなどに遊び気分で行こうと思ったことはないし、怖い言い伝えがある場所にわざわざ自分から足を踏み入れるつもりなんてサラサラなかったのだ。

 けれど私は彼らに付いて行くしかなくなった。なぜならリーダー格のハルトが「じゃあここで一人待っていろよ」と言った後で、面倒くさそうにこう続けたからだ。


「この辺熊が出るかもしれないけど、それでも平気ならな!」


 祟りは怖いが熊も怖い。複数人いれば熊には襲われないというわけでもないだろうが、男子二人は高校時代に剣道部だった。女子達が持参していた登山用ポールを使えば熊も退治できるかもしれない。

 そう考えると、私は彼らの後を付いて行くしか術がなかった。

 しかし、その判断が少しばかり遅れてしまったせいで、前を行く仲間達からはずいぶんと距離が離れてしまったのだ。

 慌てて彼らの後を追い、ようやく森を抜けて人里が見えてきたと思った瞬間、突然空が真っ暗になり、雷の音と共に稲妻が光ったその瞬間、私は気を失ったのだ。


 そしてその後気付くと、私はあの大聖堂の壇上、怪しげな紋章の描かれた床の上に横たわっていたというわけだ。

 目が覚めても暫くは自分の状況がよく掴めなかった。

 自分を見下ろしていたのはどう見ても宗教関係者。でも彼らが仏教や神道ではないのは一目瞭然だった。最近やっていったゲームのヨーロッパもどきの世界に出てくるような、そんな衣装を身に着けていたからだ。

 観光客かなぁ。近ごろ都会だけじゃなくて田舎の辺境地にも外国の人がやって来るからなぁ。コスプレでもしているのかなぁ、なんてぼんやり思った。


 しかしそのうち


「聖女様が目を覚まされた」


「良かった。無事召喚に成功した!」


「八十年振りに聖女様の誕生だ!」


 という声が聞こえた瞬間、歓声が沸き起こった。その騒音で嫌でも頭がはっきりした。

 そして瞬時に私は理解したのだ。ここは異世界で、自分はこのイカれた宗教関係者によって無理やりに召喚された、いわゆる聖女というやつなのだと。

 なぜなら彼らの言葉には、外国人によくある独特なアクセントやイントネーションが全くなかったからだ。

 全員がニッポン生まれ、トウキョウ生まれなんてことはないだろう。つまりこれはゲームの世界のあ(・)る(・)あ(・)る(・)だ。どう見ても西洋人なのに、みんな標準的なニホン語を話しているってやつ。


 私は再び目を瞑ると、必死に頭を巡らせた。

 どうする? どう対処する?


 聖女召喚といったら、大きく分けて三つのパターンがあるわよね。

 まず一つ目は、異世界転移してラッキーと、ヒロインを蹴落として、ヒーローの王太子と結婚するが、後でザマァされるやつ。

 もう一つは無理やり王太子と結婚させられて、癒し魔法とか結界張る仕事を強制された挙句、偽聖女が現れてポイされるやつ。けれどその後に、真のヒーローが現れて王太子達をざまぁした後で結ばれてハッピーエンド。

 最後に、無理やり召喚された挙句に帰る方法もないと知り、王族や宗教関係者に復讐し、新しい幸せを探そうと去って行くパターン。

 やっぱり、最後のやつ一択でしょ!


 そう私は結論を出した。

 なぜならどう考えてもこの世界が、ニッポンの古代(平安中期ころまで)とそう変わらない文化水準だとしか思えなかったからだ。特に思考において。


 王族だけでなく宗教関係のお偉いさん達も、自分は神に選ばれし者だと信じ切って、それを全く疑わない危ない輩。下々の人間も天罰が下るからと、王族や聖職者に逆らうなんて露にも考えない。

 そんな世界で、理路整然と言葉で説明しても通じるわけがない。


 もしゴダイゴテンノウの側近にでも転生したら、祈祷やら呪いにはまり、常軌を逸した行動をする前に逃げ出そう、なんて突拍子もない妄想をかつてしたことがあった。

 まさか似たような場所に転生、いや転移してしまうとは。最悪だわ。


 しかし嘆き悲しんでいる時間はないわよね。まずは、この世界での自分の能力をきちんと把握しなければお話にならない。本当に聖女の力があるのかはっきりさせなければ、対処法を決められないまま、即この世から退場になってしまう恐れがあるものね。

 私は静かに立ち上がると、一番偉そうな太鼓腹の司祭に向かって


「私は遥か彼方の遠い異世界からやって来た。ゆえに非常に疲れた。二日ほど休む。部屋へ案内しなさい」


 わざと慇懃無礼な口調でそう命じたわ。こちらの方が立場は上だと示しておかなければ、自分の方が偉いと相手に思われてしまう。相手に主導権を取られて好き勝手をされてはたまらないもの。


「まず、貴女が聖女であるという証明をなさってください。皆聖女様のお力を待ち望んでいたのです」


 大司教のこの言葉を聞いて、私は非常に腹が立ったわ。だから彼を睨み付けてこう言った。


「私がここにいる時点で特別な力を示したであろう。私の姿を見ろ! この衣装をこれまで見たことがあるのか?

 お主達の想像を遥かに超えた場所から私はやって来たのだ。どれだけの力を使ったのか、想像することもできないのか!

 油がなければ明かりはつかない。薪がなければ部屋は暖められない。飼い葉がなければ馬は走らない。

 エネルギーが欠乏した状態の私に何をさせたいのだ?」


「申し訳ありませんでした。すぐさま食事をご用意します。そしてお休みくださって結構です。

 先代の聖女様が天に召されて二十年、この日をずっと待ち望んできたのです。あと二日お待ちすることなど、どうということはございません」


 言葉とは裏腹にイライラした顔を隠し切れないでいる大司教を一瞥した後、私は黒いドレスを着たまだ若い修道女の後をついて行った。

 

 彼女に案内されたのは石造りの狭い部屋で、天井近くにある明かり取りの窓からり太陽の光が差し込んでいた。

 どうやら時間も元いた世界とそう変わらないらしい。ちょうど昼どきだろう。


「すぐにお食事を用意します」


 そう言って頭を下げた修道女に私は名前を訊ねた。すると彼女はエリアスだと答えた。

 しかし私は自分の名前を名乗らなかった。古代から中世まで、アジアだけでなくヨーロッパでも王侯貴族は真名を名乗らないことを知っていたからだ。

 それは本当の名を知られたら悪魔に狙われるから、という迷信のせいだったから、私自身は怖くもなんともないけれど、郷に入れば郷に従えがセオリーよね。



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