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第39話 侯爵夫人になる日の刺繍台帳
婚礼の日の朝、私は最初に刺繍台帳を開いた。
侯爵夫人になるからといって、記録が誰かの手へ移るわけではない。そのことを式の前に書面へ残しておきたかった。
婚姻契約書には、三つの条項を入れた。
一つ。北方織房衣装記録室の責任者は婚姻後も私が務めること。
二つ。工房意匠と新織印の使用権は、私と北方織房の共同管理とすること。
三つ。侯爵家は記録改変を命じないこと。
「細かい」
署名前のクラウスが言う。
「大事なところほど細かく書きます」
「分かっている」
彼は迷いなく署名した。
婚礼礼装は暁金青の上へ、母の雪花刺繍と北方の銀機杼を重ねたものにした。派手ではない。でも、今日の私にはこれ以上いらない。
式の最後、私は婚姻台帳の余白へ小さく追記した。
『北方織房意匠管理 婚姻後継続』
神官が少し驚いた顔をしたが、クラウスは何も言わなかった。むしろペン先を持ち直し、その追記の横へ自分の署名を入れる。
「これでいい」
「はい」
ようやく、私は指輪をはめた。
糸輪から始まった約束が、ちゃんと書面と刺繍の両方へ残る。
それが何より嬉しかった。




