第3話 北方織房への左遷命令
正式処分は、翌朝すぐに下った。
春祈祭の礼装管理からの更迭。宮廷衣装局台帳官の資格停止。そして王都を離れ、北方ノルトハイム侯爵領の織房監査へ向かえという命令。
「追放ではない。名誉ある再配置だ」
上役はそう言ったが、要するに厄介払いだった。
北方織房は王都に献上する高級織物の供給元で、ここ数年ずっと納品遅延と赤字を繰り返しているらしい。宮廷としては、私を送って不正が見つかれば都合がよし、見つからず潰れても王都の春祈祭騒ぎから私を遠ざけられる。
どちらに転んでも、あの人たちには損がない。
「婚約の件だが」
父の執務室に呼ばれた私は、そこでルシアンと向かい合った。
彼は視線をそらしもせず、淡々と言った。
「白紙に戻したい」
「戻す、ではなく壊すのね」
「君と私では、進む先が違った」
「あなたは最初から、私と同じ場所を見る気がなかったでしょう」
ルシアンは小さく息を吐いた。
「セレナは春祈祭の象徴になれる。君は帳簿に強い。それだけのことだ」
「それだけのことのために、見本帳の頁を抜かせたの」
問いかけても、彼は否定しなかった。
代わりに義母が口を開く。
「イリス、あなたももう三十一でしょう。地方で静かに仕事をした方が、身の丈に合っているのではなくて?」
その言い方があまりにも露骨で、私は逆に冷静になった。
「わかりました」
三人が一斉にこちらを見る。
「北へ行きます。その代わり、私の私物には一切触れないでください」
「何を持っていくつもりだ」
「亡き母の刺繍見本帳と、個人用の補助台帳です」
父は面倒そうに手を振った。
「好きにしろ」
私は一礼して部屋を出た。背中に義母の安堵した声が刺さる。
荷物は少なかった。補助台帳三冊、見本帳一冊、冬用の外套、仕事用の手袋。それから、昨夜押しつけられた灰色の控えドレス。
本当なら置いていくつもりだった。でも私は、それも荷に入れた。
忘れないために。
王都を発つ馬車の前には、見覚えのない紋章が付いていた。黒い地に銀の機杼。ノルトハイム侯爵家の紋だ。
「イリス・ヘルツォーク殿ですか」
御者が頭を下げる。
「侯爵閣下より、確かにお迎えするよう命じられております」
「ご本人は?」
「領でお待ちです。織房の帳簿が、今日もまた一冊消えたとかで」
私は思わず眉を上げた。
帳簿が消える。
王都でも、北でも。
どうやら私が向かう先は、灰色の敗走先ではなく、別の嘘の中心らしい。
馬車へ乗り込む前、私は一度だけ王都の塔を振り返った。
あの場所で、私の色を決めるのはもうやめる。
北へ向かう車輪の音は、思っていたよりずっと軽かった。




