第20話 私の色で歩いていく
初夏の北方織房は、以前とは別の場所みたいだった。
止まっていた織機はすべて動き、工女たちの賃金台帳にはごまかしの余白がない。朝霧青は北の代表色として定着し、王都からも定期注文が入るようになった。
私は『北方織房衣装記録室』の責任者として、台帳と見本帳を管理しながら新作の設計もしている。王都が勝手に色を決めることはもうない。北の布は、北の手で選ばれる。
その朝も、机の上には新しい糸束が置かれていた。
薄金を含んだ青。朝霧青より少し明るく、でも浮つかない。
「また勝手に新色を」
振り向くと、クラウスが入口に立っている。
「谷の染師が、今年最後の花だと言っていた」
「だからって毎朝持ってこなくても」
「毎朝ではない」
「ほぼ毎朝です」
そう返すと、珍しく彼が困った顔をした。
その表情が見たくて、私は少しだけ意地悪く笑う。
「この色、名前は?」
「君がつけろ」
糸束を光にかざす。青の中に、ちゃんと自分の温度で立つ金がある。
「暁金青」
「いい名だ」
工舎の外では、エルザたちが新しい反物を干している。風に揺れる色がいくつもあって、どれも灰色ではない。
「イリス」
クラウスが珍しく、名前を呼ぶだけで続きを止めた。
「何ですか」
「契約を一つ追加したい」
「また急ですね」
「仕事ではない」
そう言って差し出されたのは、金具も宝石もない細い糸輪だった。暁金青と銀糸を三本撚りにしただけの、北方織房らしい簡素な輪。
「君が嫌でなければ、この先も毎朝色を持っていく」
言葉の少ない人なりの、精いっぱいの求婚だった。
私は思わず笑ってしまい、それからきちんと頷いた。
「条件があります」
クラウスが身構える。
「台帳は私が管理すること。仕事は続けること。灰色の控えには戻らないこと」
「全部のむ」
「早いですね」
「必要なことだから」
また必要な時に、必要なことだけ。
私は糸輪を受け取り、自分の指に通した。
工舎の扉を開けると、外の光が新しい反物に落ちる。青も、金も、白も、全部が違う色で揺れている。
私はもう、誰かの引き立て役じゃない。
灰色の控えドレスでもない。
自分の色を選び、自分の仕事で立ち、自分の足で歩いていく。
その隣に、この無愛想な侯爵がいてくれるなら、たぶん毎朝の色選びは少しだけ楽しくなる。
私は笑って、北の風の中へ一歩踏み出した。




