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第18話 刺繍見本帳が示す母の手

事情聴取はその日のうちに始まった。


 王都衣装局の次席台帳官は、二重計上帳簿を突きつけられてすぐに崩れた。見本帳の頁を抜いたのは義母ミレイユの指示、持ち出しを頼んだのはルシアン、祭礼継承権をセレナへ見せかける計画だったと。


「セレナ様は人前に立つべき方だからと……」


 その供述に、私は何の感慨も湧かなかった。


 ただ、仕事の順番通りに記録していくだけだ。


 最後に呼ばれた父は、私を見ることができなかった。


「イリス、私は……」


「お父様」


 私は淡々と、母の写し頁を机へ置いた。


「ここにあります。母が残した正式継承欄です」


 父の手が震える。


『次期筆頭衣装係候補 イリス・ヘルツォーク』


「私はあなたに、本当の意味で令嬢として認められたかったわけじゃありません」


 言葉にすると、不思議なくらい静かだった。


「ただ、自分の仕事を奪われたくなかっただけです」


 父はうなだれたまま、掠れた声を出す。


「ミレイユに押し切られた。セレナの方が社交に向いていると……お前は仕事ができるから、裏でも生きていけると……」


「それで私から頁を抜かせたのですね」


 答えはなかった。


 沈黙だけで十分だった。


 別室では、セレナが泣きながら『私は悪くない』『みんながそうしろと言った』と繰り返していたらしい。


 私はその言葉に、怒りより先に疲れを覚えた。


 自分では一針も数えず、責任は全部誰かへ渡し、それでも『本物』を名乗る。


 母が残したのは、そんな飾りではない。


 補助台帳の余白に、母の癖で小さな言葉が書いてあった。


『本物は、手を抜かない者に残る』


 それを読んだ瞬間、ようやく目の奥が熱くなった。


 母は最初から知っていたのだろう。私が人の前で上手に笑えなくても、台帳と見本帳を守ることだけは手放さないと。


 聴取室を出ると、廊下の向こうにクラウスが立っていた。


「終わったか」


「ええ」


「勝ったな」


 私は首を振る。


「まだ全部は終わっていません。でも、もう灰色に戻ることはありません」


 クラウスは何も言わず、私の手から写し頁を受け取って丁寧に封筒へ入れた。


「それでいい」


 その手つきがあまりにも慎重で、また泣きそうになった。


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