第17話 『本物の令嬢』の裾
春祈祭当日、広場には大勢の観客が詰めかけていた。
花が撒かれ、鐘が鳴り、王都の貴族たちはみなセレナの登壇を疑っていない。舞台袖でルシアンが進行を仕切り、父と義母は誇らしげに客へ挨拶している。
私は北方織房の検収責任者として、王都商業監査院の補佐官と並んで待機していた。クラウスは領主席の近くからこちらを見ている。
セレナが舞台へ上がり、一歩踏み出した時だった。
嫌な音がした。
裾の内側がひきつれ、百合紋の端がわずかに裂ける。
どよめきが走った。
「予備礼装を」
ルシアンが叫ぶ前に、私は前へ出た。
「その必要はありません。検収不備の原因を、この場で説明できます」
ルシアンの顔色が変わる。
「イリス、下がれ!」
「下がるのは、偽物を本物として出した人たちです」
私は監査院補佐官へ一礼し、証拠綴りを開いた。
「まず、主礼装の百合紋。正規は外輪三十六針ですが、こちらは三十八針です」
見本布を掲げる。観客には遠いが、監査官と近衛たちには十分見える。
「続いて、正規の青銀糸と王都で使われた糸の比較。こちらが北方織房の本物、こちらが王都で差し込まれた代替品」
私は二本の糸を同時に折った。
偽物だけが軽く潰れる。
ざわめきが大きくなる。
「そしてこちらが北方織房の納品票、運送控え、王都衣装局の二重計上帳簿。差額七束分の本物の青銀糸が途中で抜かれ、偽物へ差し替えられました」
ルシアンが割って入ろうとしたが、補佐官が制した。
「続けて」
私は最後の一枚を開く。
切り取られた見本帳の写しだ。
「青銀百合の正式見本には、継承印が含まれます。これを持たない者は、ヘルツォーク家の祭礼礼装を正式管理できません。ところが本頁は私の手元から抜き取られ、写しをもとに不完全な偽物が作られた」
「嘘よ!」
舞台上でセレナが叫んだ。
「わたくしこそ本物の令嬢ですもの!」
その声は広場に響いた。
私は静かに彼女を見る。
「本物かどうかは、飾りの量では決まりません。責任を果たしたかどうかで決まるの」
父が真っ青な顔で立ち上がり、義母はその場で崩れ落ちそうになっていた。
ルシアンが何か言い逃れをしようと口を開くより早く、補佐官が命じた。
「主礼装の押収、祭礼管理室と王都衣装局の帳簿差し止め。関係者の退出を禁ずる」
近衛が動き、広場はざわめきと緊張に包まれた。
セレナの裾は、なおも少しずつ裂けていく。
偽物は、拍手より先にほつれる。




