第16話 春祈祭への帰還
春祈祭の正式招請状は、四日後に届いた。
北方織房は予備礼装の納入業者として王都へ入る。私はその監査責任者兼説明役。クラウスは領主として同行する。
王都へ戻る馬車の中で、私は何度も綴りを確認した。
見本帳写し、継承印、運送控え、賃金差額、偽糸比較、木箱の底板。証拠は十分だ。問題は、どの順番で見せれば逃げ道を塞げるか。
「怖いか」
隣に座るクラウスが尋ねる。
「はい」
隠しても仕方がないので、そのまま答えた。
「でも今は、怖いだけじゃありません」
「何が増えた」
「怒りと、勝ち筋です」
クラウスが小さく笑う。
「それなら大丈夫だ」
王都に着くと、春祈祭前日らしい浮ついた空気が街に満ちていた。通りは花で飾られ、人々は『本物の令嬢セレナ様』の噂で持ちきりだ。
王都衣装局へ入った瞬間、古い女官たちが目を見張った。
「イリス様……?」
「お久しぶりです」
私は朝霧青の上着の上から、北方織房の監査章を見せた。灰色ではない。北の空気を連れてきた色だ。
準備室では、セレナが鏡の前に立っていた。あの青銀礼装をまとい、侍女に裾を持たせている。
「まあ、お義姉様」
振り向いた笑顔は前より鋭くなっていた。
「観客席ではなく、仕事で戻ってきたのね」
「ええ。予備礼装の検収です」
「ふうん。相変わらず裏方がお似合い」
私は答えず、彼女の裾へ目を向ける。
やはり三十八針。しかも見えないはずの裏落とし二針が、表へ浮いていた。急いで補修した跡まである。
「その裾、明日の本番までもたないわよ」
セレナの笑みが一瞬だけ強張った。
「何のこと?」
「縫い代の張り替えが甘いの。歩幅を広く取れば裂ける」
横で控えていた衣装局次席台帳官が、はっと顔を上げる。
彼の動揺もまた、証拠だった。
「予備礼装の搬入ついでに、主礼装の検収も行います」
私は監査章を示し、記録簿を要求した。
王都衣装局の空気がざわつく。
もう前みたいには黙らない。
今の私は、北方織房の名でここに立っている。




