第15話 北方織房の新作発表
ルシアンが去った翌週、北方織房は領都の交易会へ初めて新作を出した。
朝霧青の外套、夜水の礼装ベスト、雪青の婦人用ショール。装飾は控えめで、縫い目と布の落ち方だけで勝負する。
「派手じゃないのに、目を引くねえ」
「色が静かで上品だ」
「裏地が暖かい」
客の反応は予想以上だった。北の商人だけでなく、王都から来た役人たちまで足を止める。
私はその場で注文票を書き続けた。数量、用途、納期、支払期日。全部を曖昧にしない。
「お嬢さん、値切らないのかい」
「値切りたいなら、どの工程を削るか先に決めてください」
そう返すと、相手は苦笑して定価で判を押した。
交易会の終わりには、工女たちの顔色まで明るくなっていた。
「久しぶりだよ、ちゃんと売れたの」
エルザが目元をこする。
「まだ始まったばかりです」
「それでも、始まったんだ」
その言葉に、私ははっとした。
そうだ。これは単なる反撃の準備ではない。
北方織房そのものが、もう一度始まり直している。
夕方、交易会を視察していた王都商業監査院の補佐官が、朝霧青の外套を手に取った。
「春祈祭の予備礼装に、北方織房の品を入れたいという話が出ている」
「予備礼装?」
「主衣装に何かあった場合の差し替え用だ。王都衣装局の品だけでは不安だという意見がね」
私はクラウスと顔を見合わせた。
王都へ入る口が、向こうから開いた。
「受けます」
即答すると、補佐官は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「正式依頼は明日送る」
交易会の片づけが終わった後、工舎の奥で小さな祝杯が上がった。薄い果実酒と焼きたての黒麦パンだけの簡素なものだったけれど、私は王都のどんな煌びやかな宴よりも、この時間が好きだと思った。
「これを」
クラウスが包みを差し出す。
開くと、朝霧青の布で仕立てた簡素な上着だった。作業用なのに、肩線がきれいに落ちる。
「試作品だ。領内で着て問題がないか見てほしい」
「試作品にしては、ずいぶん私の寸法に合っていますね」
「注文票は覚えている」
まただ。
必要なことだけを、必要な時に。
私は上着を羽織った。驚くほど軽く、暖かい。
「似合います」
そう言ったのは私ではなく、エルザだった。
工舎の皆がうなずく中、クラウスだけが少し視線を逸らしていた。
その反応が可笑しくて、私は初めて、自分から彼の名前を柔らかく呼んだ。
「ありがとう、クラウス様」
彼は短く頷いたきりだったけれど、耳がほんの少しだけ赤かった。




