表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/40

第12話 工女長エルザの古い鍵

その夜、エルザが小さな鉄鍵を持ってきた。


「あんたに渡すべきものを、ずっと迷ってた」


 差し出された鍵は古く、柄に青糸が巻かれている。


「これは?」


「先代工女長だったあたしの母が、ヘレーネ夫人から預かってた。『もしイリスが一人で北へ来ることがあったら渡して』って」


 胸の奥が強く鳴った。


「母が?」


「ええ。あの人は、王都がきな臭くなってから、北へ何度も書状をよこしてたよ」


 案内されたのは、工舎裏の使われていない小部屋だった。古い織枠と染料壺の奥に、細い鉄箱が隠れている。鍵はぴたりと合った。


 箱の中には書類がぎっしり詰まっていた。


 北方織房から王都衣装局へ送った正規納品票の写し。


 工女ごとの実支給額控え。


 そして、母ヘレーネの手紙。


『王都で青銀百合の管理権をめぐる動きがある。私に何かあれば、本頁ではなく写しと補助台帳を信じなさい。継承印は人の言葉より強い』


 視界が滲んだ。


 母は気づいていた。


 だから北へ写しを残したのだ。


 さらに箱の底から、切り取られた見本帳の写しが出てきた。原本ではないけれど十分だった。青銀百合の頁には、裏へ落とす二針の図、継承印の位置、そして正式管理者欄に私の名が記されている。


『次期筆頭衣装係候補 イリス・ヘルツォーク』


 手が震える。


 私の名は最初からあった。


「これで十分です」


 声がかすれた。


「家が何を言おうと、宮廷の正式継承書式に沿ってる」


 クラウスが手紙と写しを見比べる。


「これを王都へ持ち込めば、あちらはかなり困るな」


「まだ足りません。家の欲では言い逃れされる。北方織房の搾取と宮廷衣装局の裏金までつなげたい」


 箱にはもう一つ、レイヴン商会宛の支払控えがあった。支払名義はヘルツォーク伯爵家ではなく、『祭礼管理室特別口』。


 ルシアンだ。


 私は書類を一枚ずつ並べた。


「王都衣装局の裏帳簿さえ押さえれば、線になる」


「取れるのか」


「取ります」


 エルザがふっと笑う。


「やっとあんた、北の顔になってきたね」


「北の顔?」


「泣いてるのに、手はもう次の帳簿を探してる」


 そんなふうに見えるのかと、自分でも少し驚いた。


 でも確かに、悲しみで止まるより先に、私は書類の順番を整えていた。


 母が残したのは慰めではなく、仕事の続きだ。


 なら私は、それを受け取る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ