その幸福な結末は。
完結です。
そして長いです……良い所で切れなかったのです。。
では、お楽しみいただけると、幸いです。
「……で、静流ちゃんがいるわけ」
ぽんぽんとその小さな丸い頭を軽く叩くように撫でた。ふわふわとしたその髪は結ばれることなく肩に滑り落ちている。光に透かすと茶色混じりの細い髪はキラキラと金色に瞬いてまぶしくて貴咲は目を細めた。
まだ小学校に入ったばかりの女の子にはよく分からなかったようでしきりに首を傾げている。
「ええと、おかぁさんはしずるのほんとーのおかぁさんがだいすきで、でもほんとーのおかぁさんはしずるが生まれてすぐしんじゃって??」
しんじゃって?と繰り返す静流にはまだ、死ぬということの本当の意味が分からないのだろう。だよなぁと貴咲は思う。だってこんなに小さい。しかも静流はそれこそ赤ん坊の頃から面倒を見ている貴咲の欲目を抜きにしても、天使のように愛らしい。
まだ、早かったかなぁと思った。
しかし、放っておくとこの子の養い親は何も言おうとはしないだろう。
「おかぁさんは、ほんとーのおかぁさん?あれ、じゃぁしずるにはおかぁさんがふたりいるの?」
混乱したかのようにこてんと首をたおしたかと思えば、がしりと貴咲の襟首を掴んで揺さぶった。丸い大きな瞳はきらきらと輝いている。
「ねぇ、それってとってもすてきなこと?」
すてきなこと、なのだろうか、静流にとって。貴咲にはまだ分からないが、幼い静流が今現在彼女なりの解釈の仕方で素敵なことだと感じたのなら、それはそれでいいのではないだろうか。
「ねぇキサおじちゃん、どうなの?」
「まだおじちゃんじゃねー」
よっとかけ声を軽く上げて立ち上がるとその小さな身体を抱き上げた。嬉しそうにきゃあと笑って首に巻き付いてくる小さな腕を軽く叩きながら貴咲はにやっと笑ってみせる。
「そうだな、おかぁさんふたりもいるんだな」
「おとぉさんも、ふたりいるもん」
ふたり、貴咲はちょっと沈黙してから、軽く唸った。
「ええと、それは、さ」
「はづきおにぃちゃんと、キサおじちゃん」
「……………………同い年だって」
なんで自分はおじちゃんでアイツはお兄ちゃんなのか。納得がいかん、…ちょっと落ち込む。
というかそれでいいのか。いいのだろうか。自分は、まぁ嬉しくないこともない。こんなに可愛い娘のような存在から父と慕われるのは、やぶさかではない。
だがあの偏屈なキョーダイはどう思うだろうか。ただでさえいまだに佳月は葉月と会うとまずきつく睨んで、存在を無視する節がある。こうやって静流が葉月をおにぃちゃんと慕うのも、全て貴咲が仕組んだことだ。
「………でも、おかぁさん、はづきおにぃちゃんのこと、キライだって」
「……………それ、おかぁさんが言ったの」
静流は貴咲の首にぎゅっとしがみつきながら小さく首を振った。
「…たぶん、そうだろうなぁって思ってたの。そしたら、このまえ、べにちゃんとあおくんもね、そう言ったの。ふたりも、葉月おにぃちゃんのこと、好きじゃないんだって。あと、……キサおじちゃんも好きじゃないってゆってた、でも、しずるはふたりともだいすきだよ」
貴咲は苦笑するしかない。静流の言うベニちゃんとアオくん、紅と碧という近所に住む双子の姉弟は思っていた以上にクセモノらしい。
なんせ静流が父のように慕っている自分にも、先日冷たく鋭い刃のような視線で睨んできたのである。
完っ璧に静流に惚れてるなあの双子。まあ当然だけど、俺の静流は本当に可愛いから!
思わず顔がにやけた貴咲は静流の小さな身体を抱えなおして、高い高いをしたあと頬ずりまでしてしまった。きゃーと歓声を上げる静流のあたたかな身体を抱きしめる。
玄関の方から音がした。何かを言い争う声に静流があっと満面の笑みを浮かべた。苦笑して貴咲が静流を下ろしてやると、たたたたたっと駆けていく。
「……だっから、あんたのそういうところが」
「おかぁさんっ」
リビングの扉を開けた人物の足下に静流は真っ先にしがみつく。
「ただいま静流」
先程とはうって変わった優しげな声で彼女は愛娘を抱き上げた。
「はづきおにぃちゃんもおかえりなさいっ」
「ただいま」
後ろから現れた彼もまた微笑んで小さな静流の頭を撫でた。
静流に気付かれないようにしっかりと葉月を睨み付けた後、佳月はぎゅーっと効果音がつきそうな勢いで愛娘を抱きしめた。
静流はきゃーっと歓声を上げながら佳月の首にしがみつく。
「ねえ、きょうのばんごはん、なあに?」
「静流は、何が良い?」
「えっとねぇ、スペシャルオムライスっ!ケチャップじゃなくて…、ええと、ええっと」
「デミグラスソースね?」
「それっそれ食べたいっ」
持っていたビニール袋を当然のように葉月に押しつけながら佳月は静流を抱えたままさっさと中に入っていく。留守番を頼まれていた貴咲には一言もない。
「……ま、別にいいけどね、ふん……」
「何言ってんの、キサ」
葉月はまるまる膨らんだ3つのビニール袋を特に苦にした風もなく持ち、佳月の後に続く。
持とうか、と貴咲は手を差し出したがすげなく断られた。佳月に押しつけられたというのが嬉しいに違いない。
けっこう健気な奴だよなぁとキサは心の中で微笑んだ。
昔はもっと根っこの部分が陰険で容赦のない奴だったハズなんだが。静流効果だろうか。
認めはしないだろうが、葉月は静流を可愛がっている。
佳月が母親役で、自分は父親役というのを気に入っているのかもしれない。
可愛い奴だなぁと貴咲はにやけた。
「ねえねえっはづきおにぃちゃんとキサおじちゃんもいっしょにごはんたべるでしょー?」
「…………確か、仕事があるんじゃなかったかしら」
「えーっ」
「ううん、仕事は休み。お母さんが許してくれるなら、俺は静流とお母さんと一緒に食べたいな」
「わーいっ!おかぁさん、良いでしょっはづきおにぃちゃん、おかぁさんのスペシャルオムライス、食べたことある??」
「ないよ、楽しみだなぁ」
「…………」
ハンバーグもつくんだよ、すっごくおいしいんだよっ静流のはしゃぐ声と葉月の穏やかな声に貴咲は耳を澄ませる。いつまでもこっそり聞いていたい気もするが、そろそろ佳月の精神がぷっつんとなるだろう、俺もスペシャルオムライスとやらを食べてみたいし、さて、なだめに行きますかね。
「佳月、手伝おうか?」
「……米を研いでくれない」
「りょーかい」
貴咲はこっそりと佳月の横顔を盗み見た。思ったよりイライラしていない様子。
進歩かなぁと貴咲は嬉しく思った。
『あのね、キサくん、お腹の子供は、葉月くんの子供じゃないの』
静流が産まれる前の日、開いた窓からやって来たそよ風に髪をわずかに揺らしながら、千鶴は内緒話をするように声を小さくして貴咲にそう告げた。
驚いて声を失った貴咲に、千鶴はくすぐったそうに笑った。
『実は、卒業式の日に、葉月くんに振られてるの。この子の父親は別の人』
『…………そう、だったんだ、』
『ふふ、キサくん、変な顔してる』
何と言っていいか、分からなかった。今まで絶対だと信じていた真理が覆されたような、そんな世紀の驚きに直面した感じ、大げさすぎるがまさに貴咲はそんな気分だった。
いつまでも、続くと思っていた。葉月は佳月に身を焦がし、佳月は千鶴を渇望し、千鶴は葉月と佳月を想いながら、葉月に恋心を抱き続ける。貴咲はそんな三人を眺めながら、相談役として奔走して、そんな関係が一生定着して、変わらないと信じ切っていた。
『……ごめん、なんて言ったらいいか』
『…………キサくん、変わらないことなんてないよ』
何もかも見透かしたような千鶴の言葉に、貴咲は脱力し、ベッド近くの椅子の背もたれに身を預けた。
『……結局、ちづちゃんが一番オトナだよなぁ』
『やだ、キサくん何言ってるの』
千鶴は声を上げて笑う。
『……葉月くんにね、振られる時、付き合ってるフリしない?って言われたの』
黙っててゴメンね。千鶴はまるまると膨らんだお腹に手をやりながら言葉を続けた。
『たぶん、一番最初にオトナになったのは葉月くんだよ。葉月くん、何だかんだ言ってて、あたしには一回も手を出さなかったし、ちゅー止まりだもん。それも佳月ちゃんに見せつける用。正直振られてすっきりしたわ』
『……自称親友として謝っとく。ゴメンネ』
『もう、本当よ。何なの、すっかり青春を無駄にしたわ』
ぷんぷん怒る真似をしつつも本当に憤慨しているのではないと分かったから、貴咲は俺もだよ、と笑った。楽しかったな、そう言うと、そーだね、と笑った。
『私もキサくんと一緒。ずっとあのままでいたかった。葉月くんに恋をして、佳月ちゃんと親友で、…………佳月ちゃんの気持ちに気付かないふりをして』
貴咲はひやっとした。千鶴は貴咲をじっと見つめている。口元に笑みを浮かべながら。
『私、ずるいの。ぜんぶ知ってるの。キサくんと私だけの秘密ね』
『……ちづちゃんには本当に驚かされるよ』
『む。だって、佳月ちゃんと葉月くんを見守る会の会員でしょ。キサくんには副会長を任じます。会長の座は譲れないわ』
『いや、俺も会長は譲れないけど。二人とも愛しちゃってるから』
『我慢しなさい。とっておきの秘密をもうひとつ教えてあげるから』
真剣な表情を作ったような顔をしてちょいちょいと貴咲を手招きして、顔を寄せた貴咲の耳元に千鶴は唇を寄せた。
告げられた秘密に、本日数度目の驚きで心臓が止まるかと思った。
『ね、びっくりでしょ、会員特典です。私がキサくんにしゃべったこと、葉月くんには内緒ね、付き合ってるフリも、ぜ~んぶ葉月くんの計画のうちよ』
覚悟を決めたのね、千鶴は面白そうに笑う。
それから、あたしの分まで佳月ちゃんの味方をしてね、と続ける。
『あたし、たぶんこの子を産んですぐに死ぬわ』
『………………おいおい、縁起でもねぇこと言うなよ』
『確信してるの。だから、この子を授かったのかしら、って』
手のひらを祈るように組み合わせて、膨らんだお腹の上に乗せる。千鶴は貴咲を見ようとしなかった。寂しそうな表情で微笑む。
『歪んだ関係は終わりよ。変わらないものはない。でも、良い形での永遠なら信じたいわ、あたし、ずるい女だから。この子が、静流ちゃんが、全てを変えてくれるって、信じてる』
何も言えなくなってしまった貴咲を見つめ、にやりとでも効果音がつきそうな千鶴にしては珍しい笑みを浮かべた。
『キサくんには知っておいて欲しかったの。葉月くんも佳月ちゃんも手に入らなくて残念だったね?』
『……めっちゃ憎たらしいわちづちゃん……』
『ふふ、副会長の役目はちゃんと果たすことね』
期待してるわよ。
そう微笑った千鶴の顔は全てがうまくいった未来を想像しているようで、どこまでも幸せそうだった。
ちづちゃん、君の想ったとおりの未来になるかもしれないよ、と貴咲は心の中で微笑う。
まだ葉月は行動を移している様子はないけれど、そのうちきっと君の想うとおりになるだろう。ちょっと、いやかなり、悔しいけど。
ちづちゃんの言う、良い形での永遠が結末になるように、俺は俺なりに副会長としての役目をまっとうするよ。
タマネギのみじん切りで目の端に涙がにじんだ。決して片思いの終わりの予感に涙したわけじゃない。
インターホンが鳴ったので、佳月がデミグラスソース作りの作業を止めて火を見とけ、と貴咲に命じ、玄関へと向かう。
「えーっおっさんたち、また来てるの」
「紅、失礼だよ。こんにちは、葉月さん、キサさん」
「あーーっべにちゃん、あおくん、こんにちはっ。あのねっあのねっ、しずる、きょう、はづきおにぃちゃんとキサおじちゃんと、いっしょにごはんたべるんだよっ」
「ふうん、嬉しそうだね」
「佳月さぁん、お父さんとお母さんデートなの、あたしたちもお邪魔して良いよねっ」
葉月は苦笑して、自分の膝に乗っていた静流を下ろし、敵意に満ちた視線で睨み付けてくる双子を余裕でかわして、静流を任せた。当然のように双子は静流の隣に陣取り、静流を喜ばせようと持ってきたカバンからおもちゃやら絵本やらを取り出し始めた。静流は嬉しそうにきゃらきゃら笑っている。
「……なんというか、末恐ろしい双子ちゃんだよな」
「そう?まぁ、簡単には静流はお嫁に行かせないけど」
さりげなく親ばか発言をした葉月は、代われと言わんばかりに貴咲の持つ包丁を取り上げてにんじんを刻み始める。隣で佳月は嫌そうな顔をしたが、何も言わずに鍋の中で木べらをぐるぐる回した。
馬に蹴られるより葉月に足蹴にされたくない貴咲はさっさと退散する。
ダイニングテーブルに腰を落ち着かせ、自前の焼酎を自分用のコップに注いで、キッチンに立つ大人も、ソファに座る子供たちも邪魔しないように、ひとり、幸福な未来に乾杯した。
とある健全で不健全な恋愛事情とその幸福な結末。
いかかでしたでしょうか。
私の力量不足で、不愉快な気分を持たれた方もいるのではないでしょうか…ただただ土下座して謝ります、すみません……。。
まず、つけたタグがほぼこの話とズレていた件について。。
勢いって怖いですねっ
今度からは考えてタグをつけたいと思います。。
そして、タイトル。
長いうえに、意味不明という。。
「健全と不健全、」は語呂が良いのと、4人を表していたりしないかしら~と思ったので。そして「幸福な結末」。結末、として良かったのだろうか、いまだによく分かりません。千鶴ちゃんが幸福な結末を望んでいたので、タイトルに入れました。
それぞれの人物の想いや回想などで話は進んだのですが、状況描写が少なすぎて、よく分かりませんでしたよね……あえて描かなかった部分もあるのですが、明らかな力量不足です。
実は、静流ちゃんとあおくんは、別に思いついた話の登場人物でした。そこからふとなぜか千鶴ちゃんと静流ちゃんがつながり、こんな感じになりました。
千鶴ちゃんとキサくんの内緒話、ここでは言いませんが、とりあえずこれから佳月さんは葉月さんに虎視眈眈と狙われると思います。
長々と反省文、失礼しました。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
メリィ山田