4話"レイチェル・ジェンキンスの幽玄"
「邪魔するぞい」
「サベル婆様、珍しいご訪問ですね」
ジェンキンス邸に着くとティーリアがパタパタと迎えに出てきた。
突然の訪問で何の準備もできていなかった彼女はエプロンを縛り、腕まくりしていた袖を下ろしながらイザベラを見ると瞬時に状況を理解しベネットを受け取り起こさないように慎重に抱え直した。
「ベネット様を寝かせて主人を呼んで参りますので応接間でお待ちください」
「焦らなくて良いぞティア、わしはそう短気ではないからな」
イザベラはチラリとカラスを横目に見ると悪い顔をしてアイコンタクトを送る。
彼は言いたいことがわかったのかジト目で彼女を見やるが、さすが大魔法使いお構いなしの様子でスタスタと歩き出すと応接間とは真逆の方向へと向かい出した。
「…い、おい!ババア!本気であいつの部屋に行く気か?」
「ああ、そのつもりじゃ。出なきゃあれはわしの前に出てこないからな」
ヒャッヒャッと薄気味悪い声で高らかに笑うイザベラはこれからいく部屋の主人の反応を想像して愉快そうに笑い出す。
その反応に、どこか諦めたような申し訳なさそうな顔を浮かべるクロウはこれから起こる女同士の言い合いをどう止めようかと頭を抱えながらズンズンと迷いなく進んでいるイザベラの背中を追いかけた。
———ガチャリ。
「入るぞい」
ノックもなしに軽快にドアを開け入っていくイザベラは部屋を見渡し主人を探すが、お目当ての人物は部屋のどこにも見当たらない。
おそらく何かを察知して逃げたのだろう、クロウはホッとして胸を撫で下ろしたのも束の間、突然イザベラが意気揚々と魔法を繰り出したのである。
「ばっ…ババァ!?まっ———」
“Vēlum Nu Riphai.”
———術者にかかりし、その帳を外せ。
次の瞬間、部屋の真ん中あたりに黒いモヤが現れパァッと散っていく。
もちろんその中から現れたのは彼女の探していたレイチェルの姿で、クロウは冷や汗を垂らしながら凍りついた姉の背中を見つめた。
「次から次へと、老いぼればかり現れやがる」
「ヒッヒッヒ———。元気にしておったか我が愛弟子」
レイチェルは椅子をくるりと回転しイザベラの方を向くとその冷たい目が一層鋭さをを増したが、師匠にとっては痛くも痒くもないらしい。
イザベラは腰に手を当て彼女に向かって歩き出すと頬を膨らませさっきまでの空気を壊すように軽快に文句を垂れ始める。
「全く、おまえさんにあれほどクロ坊の呪いについて説いたつもりだったが、何も伝わっておらんのかえ?」
「最長10分程度の呪いの上書きならあの術に何の影響も与えないと確認はしている」
———そういうことじゃない。そう真剣な顔になり彼女の顔を掴むイザベラはまるで何かを諭すように、そして真意を探るようにその目をじっと見つめる。
彼女の珍しく説教じみた態度にレイチェルは違和感を覚え眉を少し顰めると、何かを察知したのかクロウを睨みつけ片指で彼をグイッと引き寄せた。
グエッ
突然引っ張られたクロウから結構な嗚咽が聞こえてきたが、彼女は力を弱めることなくイザベラと自身の間まで彼を引きずるとふわりと自身の腕の上に乗せた。
「クロウ、どういうことか説明しろ」
「———っあー…術発動時と解除後の副作用が酷いだけで耐えきれないほどじゃなかった…という…か」
だんだん尻すぼみになっていくクロウに冷たい睨みは和らぐことなくさらに強くなる一方で、さすがに可哀想になったのかいつの間にかお茶を持ってきていたティーリアはカラスを救出するべくティーセットを机に置くと彼をさっと抱えて距離を取った。そして、彼の代わりに補足するように説明し始めたのである。
「僭越ながら私から補足させてくださいませ。レイブン様は前に比べて段々と痛覚が鈍っているようにも感じるのです」
「そんなとこじゃろうと思った、クロ坊さっきお前の姉上が引き寄せた時痛みなど感じていないのに嗚咽を出したじゃろう?」
ハッとしたように顔を上げるクロウはまるで今まで気づいていなかったような反応で、レイチェルは少しだけ動揺したように目を揺らした。
しかし、すぐにいつもの癖である顎に手を当てるポーズをとると、何かを導くように深く考え込み始めて黙り込んでしまった。
全く動かなくなった彼女に周りは静かに答えが出るのを待っていたが、やがて「ふぅ…」とため息のような息遣いが聞こえてきたのでイザベラは重たい空気の中で口を開く。
「レイチェル、おそらくこの呪いはそう遠くない未来でもっと深刻になるじゃろう。その前に此奴を父上のところに返したらどうじゃ?」
「……一理あるな。しかし呪いの解読ができていない以上それは単なる延命処置にしかならん」
いくら合理主義なレイチェルでも自身の弟を想う気持ちはとても深く、呪いを一刻も早く解きたいという焦りからかえって彼に無茶をさせていたということに反省を覚えうっすらと目を閉じ、またため息を吐く。
その横でティーリアも無意識に手に力がこもっていたのか、クロウが安心させるようにその手を軽く突いたので彼女はビクりと肩を震わせ、大丈夫だというように彼の身体を軽くひと撫でした。
「父上のところには、アレがおるんじゃないのかえ?呪いのデータだけであればアレでもできるじゃろう??」
「…ババァ、アイツは体のメンテを何十年もできてねぇんだぞ?」
イザベラの言うアレが彼らにとって誰を指すかはわかっているが、アレは重大な欠陥を抱えていた。
その証拠に今ここには連れて来られず、クロウもティーリアもどうにもならないと諦めていた。
———どうしたらいいものかと行き詰まり始めた頃、ようやくレイチェルの手が顎から外れ彼女は弾かれるように顔を上げた。
「———レイブン、お前はベネットと共に親父殿のところへ帰れ」
「「「は?」」」
その場にいた全員がレイチェルの判断に理解ができず、素っ頓狂な声を上げた。
レイブンだけが実家に帰るならまだしも、なぜまだひよっこのベネットを連れて行くのか?
むしろ辺境地で危険な魔女も多いあそこに連れて行く方が危険ではないか、とその場にいた全員が思ったのだ。
「お前さん、ついに気狂ったか?」
「老いぼれ、お前が言い出したことだろう?」
レイチェルの何か問題でもあるのか?という表情にイザベラは頭痛がすると頭を抱えるとそのまま近くの椅子に座り込み、自身の育てた弟子の教育をどこで間違えたかと悩み始めてしまう。
また、ティーリアもクロウを抱えていた手を解いて放心状態に陥り、落とされたクロウが大丈夫か?と羽を降る始末だ。
収拾がつかなくなるぞとこの状況を部外者のように考えていたクロウは、動かなくなった彼女らを横目に姉の突拍子もない発言に悩むでもなくまたかといった思いでその横顔を見つめた。
「つまりだ…」
そう言って話し始めたレイチェルの言い分はこういうものだった。
———ベネットはそもそも魔道士の血を持つハーフだということ。そして、祖父はあのティーリアや実家に置いてきたクロネというメイド式ホムンクルスの依代を作った機巧師であるなら、その血を継ぐ少年でもある程度の品質は保証できる。それならば、あの少年を臨時の機巧師として育て上げればいいのではないかという訳だ。
レイチェルの説明を一通り聞いた一行は、引き攣った笑顔を浮かべたり、さらに頭痛がすると頭をかかえたりとさまざまな反応を示したが、誰一人として「無理だ」という言葉は出さなかった。それどころかイザベラとクロウに至ってはだんだん面白そうだと薄気味の悪い笑い声を上げ始めてその案に乗り始めてしまったのである。
「んで、レイチェル期限はいつがリミットだと見てるんだ?」
「それはお前が一番わかっているんじゃないか?」
クロウはうーんと考え込むとそのまま黙り混んだので、部屋はしばらく沈黙状態になったがイザベラのガマンの限界が訪れたのか「わしが同行して行ってやるから二ヶ月でどうじゃ」というので、計ったように彼は笑うとそれなら問題ないと頷いた。
「お前さん、見ないうちに父親に似てきたのう」
騙されたと不満げに机に項垂れるイザベラは子供のように足をバタバタとさせていたが、すぐに切り替えると「しばらくのベネットの機巧授業はわしが請け負おう!やることができたので今日は帰るぞい」とだけ言い残すと反応する暇もなく嵐のように消えてしまった。
「おい、あのババァに任せていいのか?」
「———彼女もこの辺じゃ名のある古代機巧術者だからな。基礎は古代も今も変わらん…それに古代語の授業の応用にもなって丁度いいだろう」
レイチェルはなんともないように頷くと、早速父親に連絡すると自身の机に向かったのでティーリアもクロウも邪魔をしないように退散することにした。
「本当にあそこにベネット坊っちゃまを連れて行っていいのでしょうか…」
それぞれの行き先へ足をすすめる廊下でティーリアは先ほどのやりとりを思い出し心配そうに思いをこぼしていた。
ジェンキンス本邸宅といえば、魔物すら近寄りたがらないというほど変人だらけの魔道士の住処…そんなところに何の汚れもない純粋無垢な少年を放り込んで魔道士と人間の間の亀裂を目の当たりにしてしまったら。どれだけ悲惨だったかを知ってしまったら…そう思うとティーリアは気が気でなかった。
「まだあいつは自分の体に魔道士の血が流れてるなんて思ってもいないし、もしもそれを目の当たりにしたらどうしていいかわからなくなるだろうな…」
クロウはそれ以上のことは言わず、ベネットの部屋の前で止まると彼女に振り返り「夕飯の時間にまた起こしてやってくれ。俺は今日出かけるところがあるからいらない」と伝え廊下の窓から飛んで行ってしまった。
———拝啓、ローレンツ・ジェンキンス様
最近、アルベルト・ヘンダーソン様のご子孫ベネット様がお母様の弟子に加わりました。
ローレンツ様も興味がおありかと思いますがご安心ください。最近ご子息…レイブン様の衰弱が著しく、近々2人でそちらへ向かうとのことです。
また、お母様がベネット様をクロネの臨時機巧師として育てるという計画を立てておりますので、そちらに行かれた際にはどうかお力添えくださいませ。
ティーリア・ジェンキンス
「ほぅ…我が娘が弟子をねぇ」
その夜、とある辺鄙な村で伝書鳩から受け取った手紙を読む男の姿があった。
渋い声色に似合わない若々しい顔立ち、そしてガタイの良い体つき、誰かを思わせる鋭い目。
彼は、メイドが持ってきたお茶を一口飲むと味を嗜むように目を閉じた。
「うーん、会いたぁーい!クロネちゃぁん!!うちのレイちゃんに弟子だよ??しかも、アルベルトくんの孫!!!会いに行っちゃおうかなぁ?」
まるで乙女のように腰をうねらせメイドに近寄る男は不審者そのもので、メイドは無表情のまま彼を拒絶すると容赦なくそのまま捻り上げる。
「旦那様、お前は絶対に来るなとティーリアから遠回しに拒絶されているのがわかりませんか???」
「イデデッ…イダダダダダ…わかった!わかったからクロネちゃんストップ!」
「酷いよぅ」なんて言って泣き真似をする男は、クロネと呼ばれたメイドを涙目で見つめ同情を誘ってみるが、全く響かないのか無表情どころか彼女の背後が凍りついた気がしたのでパッと辞める。
「でもそっかぁ…クロウがそろそろ危ないというなら、僕も良い加減動き始めようかな」
先ほどまでの奇人振りは何処へやら、彼は「うん」と軽く顎を撫でると不敵な笑顔を浮かべていた。
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朱雀るいん




