3話後編"幼い少年の心"
大体10秒くらいだったろうか、イザベラに肩を叩かれたのでベネットは目を開けた。
「これで、野次馬どもの目線は気にならなくなるだろうね」
そういう彼女は少年の手をゆっくり開かせて、黄金色に輝くガラス玉のようなものをつまみ上げた。
カラン———。
彼女が軽く玉を振ると綺麗な音が鳴り響き、少年は驚いてそれをじっくりと見る。
「これは守りの鈴と言ってな、所有者の持つ魔力や血などのオーラを隠してくれるものだ」
イザベラはそのまま少年の手にコロンと鈴を置くと「振ってみろ」とイヤらしい笑みを浮かべた。
警戒しつつもゆっくりと手のひらでコロコロと転がす少年———。
すると、カランカランとまた音を立て始め少年はその音色にうっとりしていたが、しばらくするとたちまち鈴の音は小さくなり最後は鳴らなくなってしまった。
「あれ?音が消えちゃった。」
「ベネットのオーラをうまく消せた証拠じゃ」
ベネットの近くまで来ていたクロウはそのまま少年の肩に乗ると上から覗き込むようにその鈴を見て笑う。
「音がまた鳴ることあるの?」
少年は不思議そうに手のひらの鈴を摘むと何度かブンブン振ってみたが音が鳴ることはなかった。
しかし、クロウが嘴で挟み首を振り始めると何故か鈴の音は鳴り始め、次第に耐えきれないレベルの騒音を出し始めた。
「馬鹿ガラス、いい加減その鈴離しな!」
部屋中に、イザベラの怒号が鳴り響きカラスはペッとそれを吐き出す。
真っ直ぐに落ちた鈴は無事ベネットの手の上へ収まり、うるさかった音を徐々に落ち着かせ次第に静けさを取り戻していった。
「今のでわかったろうが、この鈴は持ち主が変わればそれに順応するように呪いをかけ直すのじゃ」
———その証拠に、今はお前さんの手にある鈴はもう鳴らなくなっただろう?
そう言われ、ベネットは鈴を二、三回転がすが、クロウから受け取った直後は鳴っていた鈴がもう鳴らなくなっていた。
「簡単に言えば、鈴の音はお前さんのオーラの音みたいなものだ。その音が小さくなるか聞こえなくなれば呪いは効果があるということになる。じゃが、そこのクロ坊みたいに大きくなる場合もある」
イザベラは少年の手から器用に鈴を浮かせると数回揺らして見せた。
案の定鈴はその音を鳴らし始め、次第に音が大きくなっていく。
「これは、鈴に対して収容できる魔力量が大きすぎるやつにはかえって逆効果になるようにできていてな。悪用防止の意味もあるんじゃ」
「だからあんなに大きくなってたんですね!」
ようやく仕組みがわかりすっきりした表情を浮かべる少年は楽しそうにその鈴を眺めていたが、だんだんと難しい顔に変わっていく。
「どうしたベネット?」
「どうやって持ち歩いたらいいのかわからなくて」
鈴に穴を開けたくはないし、かといって小袋に入れて持ち歩くには落としたり失くしてしまうリスクが高くなる。
どうしたらいいものかと悩んでいると、イザベラが鈴がはめられそうなペンダントを差し出してくれた。
「これに入れて持ち歩くといい、そう簡単にその紐が切れることもないでな」
「ありがとうございます!サベルさん」
ベネットはペンダントを受け取るとそっと鈴をしまい首からかける。
その時、肩越しに「服の中に隠しておけ。サベル婆の物は価値が高い」とクロウが助言してくれたのでもちろんシャツの中に鈴は隠した。
「さ、可愛いレイチェルの弟子に会えたしこれでと言いたいとこだが———。クロ坊、お前さんのそれももう限界なのじゃろう?」
「…日に日に強まってるような気もするな」
クロウは持っていた袋から黒ずんだ金の腕輪を取り出すとイザベラに差し出した。
彼女は受け取るやいなやカラスの足を掴みとても怪訝そうな顔をしてすぐ近くにあった鳥籠に彼を押しやった。
「なにすんっ———。」
「また、呪いを上書きする禁忌を犯したね」
ビリリッ——。
たった一言だったが、彼女がそう声を発すると空気が一瞬にして張り詰め息苦しさを覚える。
少年は急変した彼女に怯えきり逃げ場のない窮地に立たされているような気持ちになる。
「…。」
「レイブン——。」
責めるわけでもなく、訳を話せとそう主張しているのがわかる声色。
それでもクロウは口を開かずじっと剥製のようにどこかを見つめるだけで、ベネットでもこの会話が平行線であることが見てとれた。
やがて、イザベラは折れたのかため息をつくと鳥籠を開けて「寿命を縮めたいなら好きにしろ」と伝えると金の腕輪を手に取りどこかへ行ってしまった。
「悪いなベネット。」
彼も彼で謝罪だけ述べると一切の言葉を発さなくなり、やっと鳥籠から出たかと思えばここで待ってろと残りの瓶を配りに行ってしまい、薄暗い部屋に残された少年はただ心細く隅にあった長椅子で座っていた。
「クロウ…置いてかないでよ」
「なんだい、お前さんはお留守番かや?」
「うわぁっ!!」
ベネットがどうしようかと膝を抱えたとき、タイミングを測ったかのように現れたイザベラはあの冷たく冷えた雰囲気はどこへやら、ケロッとした初対面の印象のままの姿で戻ってきた。
「なんじゃ幽霊でも見たような顔をしよって」
「いや、違くて!あの…そのっ!」
彼女はのけぞって驚く少年をからかうようにわざと悲しそうな顔をすると、ベネットはまんまと引っ掛かり慌てて弁解を述べ始める。
「ケッケッケ———。冗談じゃ、お前さんは喜怒哀楽が激しいんじゃな」
楽しそうに笑い椅子に座るイザベラとは対照的に顔を真っ赤にして恥ずかしがる少年の姿は、成鳥になろうとする雛のようで彼女は愛おしいものを見るように目を細めた。
一方ベネットは初めて自分について言われたことにより、よくわからない恥ずかしさで顔の熱が引かず覚ますように片手でパタパタと仰ぐ。
「ぼ、ぼく——。」
「若いうちはいろんなことで驚いて笑って、それがいいことじゃ——。特にあんたは無理して大人になろうとしすぎなんじゃないかい?」
誰に語るわけでもない独り言のように遠くを見てつぶやく彼女に、少年はお母さんのような暖かさに触れた気がして肩の力が抜け少し鼻の奥がツンとして鼻を軽く啜る。
その様子を見て、彼女はもう一度立ち上がるとゆっくりと少年を抱きしめ「爺さんが亡くなって寂しかったろう。今は奴を思って泣け」と背中をさするので堪えきれなくなった涙は止まることなく少年の嗚咽と共に溢れ続けた。
———うあああああん…おじいぢゃん。
なんで死んじゃうの…置いていかないでよぉ
ぼくひとりじゃ、ぼくひとりじゃ———。
やっと年相応な涙を見せる少年を彼女は「怖かったな」「寂しかったな」と寄り添うようにずっとその小さな背を撫で続け、ときどき母のように苦しそうな表情を浮かべては震える身体をぎゅっと抱きしめる。
そして、部屋の外まで響き渡る泣き声はちょうど戻ってきたクロウにまで届き、彼はただじっと少年の涙が枯れるまで暗い廊下に佇んでいた。
「——ベネット、戻ったぞ」
ベネットが落ち着きを取り戻した頃、クロウはタイミングを見計らってなんでもないような顔で二人の元へ帰ってきた。
部屋に入ると少年は疲れてしまったのかイザベラに膝枕をしてもらいながら長椅子に横たわっていて、その顔は泣き腫らしたのがわかるほど涙の跡や鼻、目元が赤く染まっていた。
「遅かったねぇクロ坊」
「ああ?ババァどうせ俺がいたことわかってただろう」
「さあね」
彼女は優しい手つきでベネットの頭を撫でカラスの言葉をふわふわと交わす。
その表情はクロウ自身も見たことがないほど優しく彼らが親子だと言われれば納得できてしまうほどだった。
「ばばぁ」
「謝罪は聞かないよ。あんたが人型になった理由はこの子で十分わかったからね———金の腕輪は新しく術をかけてある、これで当分進行は遅くなるはずさ。くれぐれも、呪いの上書きなんて馬鹿な真似は…と言いたいが、それはレイチェルに言わないとダメそうだね」
クロウはコクリと頷くと机の上に行き金の腕輪を足にかける。
持ってきた時はあんなに黒ずんでいた腕輪は嘘のように元の色を取り戻し、彫られている紋様や埋められていた赤い石は新品のように輝いている。
「カァ———。」
彼は小さく小さく鳴き声をあげるとたちまち腕輪は眩い光を放ち、彼の足に沿うようにその形を歪めた。
「うまく馴染んだみたいじゃな。———さて、お前さんじゃこの子は持てないだろうからわしが送っていこう」
「サベルの婆さんが…珍しいこともあるんだな」
イザベラは短く笑うとその後は特に何も発さずぐっすり眠っている少年を抱き上げると、彼らの家の方へと足をすすめるのであった。
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朱雀るいん




