3話中編 ”古代語の魔女”
あの後すぐ、クロウが行くところがあるというのでベネットは急いで食事を終え準備をしていた。
昨晩、荷解きもせずに寝てしまったこともあり軽く片付けながら準備をしているとバンッと勢いよくドアが開いた。
「ベネット、準備できたか?」
「もっ、もうできてます!」
少年が気を抜いていたのもあり盛大に驚いて肩を揺らすとクロウはすまねぇと言いながらこちらに飛んできた。
近くの机に降り立つカラスはその身体よりも大きい荷物を持っていて、少年はそれに目を奪われた。
「随分と大きい荷物ですね…。」
「あぁ、ついでに配達もするからな」
中身はほとんど薬らしく、クロウは「半分持て」とポシェットを差し出してくる。
少年は素直にそれを受け取るとあまりの重さに一気に床に体が近づくのを感じた。
「うわぁあ!!」
「……。」
一瞬で目の前から消え去った少年に、クロウは言葉を失う。
人間の子供は思っている数倍非力なのかと再認識した彼は「大丈夫か?」と声をかけると少年の荷物から数本の薬を取り出し、自身の荷物に移し替えた。
「見た目と重さが違いすぎる———。」
あまりにも真剣に落ち込んだ顔で言うベネットにクロウは吹き出して笑うが、以前レイチェルに”魔力を持たないものや、魔力を制御できないものにとって薬は本来の重さよりも数倍重く感じる”と聞いたことを思い出し急に申し訳なさが込み上げてきた。
「忘れてた…こいつは魔力をうまく扱えない奴には重たく感じるんだ。すまねぇベネット」
「魔力って重いんですね…」
感心しながら数本の瓶が入ったポシェットを持ち上げるベネットはそれでも少し重たそうだが、持てないことはないらしく肩から下げると出会った時も身につけていた見覚えのある帽子を被った。
「お前それ随分と古めかしい帽子だな」
「昔お父さんが身に付けてたっておじいちゃんに聞きました」
ベネットは被っていたキャスケット帽を脱ぐと大事そうに帽子を握りしめる。
クロウは父親の顔を知らないという少年の心情を完全にはわからないが、その帽子が父親との唯一のつながりと言えるものだということはボロボロになりつつあるそれを見て十分に理解できた。
「ティーリアがそういうの修復とかするの得意だから、頼んでみるといいぞ」
彼はそれだけ言うと器用に嘴で帽子を被せてやり「そろそろ行くか」と二人は街へ繰り出した。
「本当に魔道士だらけなんだ…」
見慣れない不思議な形をした街並みに目を引かれながらも、すれ違う魔道士たちが好奇心の目を向けてくるので居心地の悪いベネットは思ったことを口に出す。
すると、彼らはすぐに異質な空気になり嫌悪するような目で少年を見るので怖くなりクロウの後ろに隠れた。
「悪りぃな、魔道士たちはいまだに人間を嫌っている奴らがほとんどだ。」
「きらい———。」
カラスは少年を隠すように飛んでくれているが、確かに先ほどのベネットの発言から一気に飛んでくる視線が刃物のように鋭い。
知らないうちに魔法や呪いをかけられるのではないかとビクビクするベネットはなるべく目を合わせないようにキャスケット帽を深く被り直した。
「そこの角を曲がったらすぐ着くから、少し我慢してくれ」
クロウは俯く少年を心配しながらも目的地につけばどうにかこの視線からは隠してあげられるとその翼を休めることなく飛び続け、ようやくいつも見る古めかしい木の扉が見えてきたので大声で家主を呼んだ。
「ババァ!緊急だから扉開けてくれ。」
「誰だい、わしをババァなんて呼ぶやつは!!!」
次の瞬間、扉がギィィと音を立てて開き二人は足早にその中に入っていく。
「おやまぁ、随分と珍しい血筋をつれているねぇ———。クロ坊」
「サベルババァ———。相変わらず薄暗いとこにいんな。」
部屋の中はずいぶんと暗く廊下に転々とついている蝋燭だけを頼りに
進んでいくと、隙間から光が漏れている部屋が見えてきた。
クロウは断りもなくドアを開け机に座るローブの人物に話しかけた。
「元気してるか?イザベラ」
「相も変わらず、みっともない姿だねぇクロ坊」
イザベラと呼ばれた人物はゆっくりとその顔を上げるとその声から想像がつかない若々しい美貌をフードから覗かせた。
「えっ」
「なんだ小僧、わしの顔が思ったよりも綺麗でビビったか?」
ローブから見えた顔は人型のクロウと大して変わらない年齢に見え、ダークブラウンの髪をゆるくサイドに編みたらし、ターコイズをはめ込んだような瞳はニシシといたずらっ子のように少年を見て笑った。
「ババァ、ベネットが固まってるから声を戻してくれ」
「ババァなんて!」
容赦無くババァ呼ばわりするクロウに少年は青ざめた顔で悲鳴に近い声を上げる。
イザベラは随分と優しい子だねぇとうっとり微笑むとフードを外して髪をふわりと外に出した。
「名前がまだだったね、わしはイザベラ・ローウェル。古代魔術を専門とする魔女だ。」
「イザベラさん…」
彼女は「ここじゃあサベルで通ってるんだ、お前さんもそう呼べ」と言うと、数回咳払いした。
するとマジシャンのように声が変わっていきベネットは感嘆の声を上げた。
「んんっ…声はこれくらいでいいかね?」
「サベル婆…声を忘れるくらいボケたか?」
クロウがまたもずけずけと失礼な言葉を発するのでベネットがあわあわと顔を青ざめさせる。
しかし、イザベラは何を思ったのか机に立てかけてあった杖でカラスの頭をひと殴りしたので、少年は自業自得だと静かに目を瞑った。
「ってぇぇ…事実だろ!!」
「仕置きが足りないかい?」
彼女が再度杖を構え直すと流石にクロウも勝てないと思ったのかすぐにおとなしくなる。
「さて、いつものを渡しておくれ」
「ああ、今回はレイチェルも苦戦してたぞ」
クロウが自身の荷物から2本のポーションを取り出すと、それをそのまま彼女に渡す。
先ほどまではしわがれたような甲高い声と老婆のような口調も似合っていたが、大人の女性らしい声になってからはどうにも違和感があり、ベネットは何とも言えない気持ちで2人のやりとりを眺めた。
「そうじゃ、クロ坊———。わしにそこの可愛い坊やは紹介してくれないのかい?」
「んあ?こいつはベネット———。レイチェルの古い知り合いの孫で訳あって面倒見ることになったんだ。」
クロウがずいっと頭でベネットの背中を小突くので仕方なくおずおずと前へ出るとイザベラが興味津々な顔でこっちへ来いと手招きをするので近くまで歩いていく。
彼女は目の前に来た少年に顔をぐっと近付けるとスンスンと匂いを嗅ぎ始め「若いが才能のありそうな匂いだ」などと呟き、そのまま頭、顔、手、肩と順々に触っていく。
「いくら若い男好きとはいえベネットには手を出すなよババァ」
カチコチに固まったベネットを助けるように近づいてきたクロウはイザベラによりしっしと追い払われてしまい、少年は諦めたような顔で彼女を睨みつけるカラスを見る。
どのくらいそうしていたのだろうか、ようやく手が離すと、彼女はまたうっとりしたような顔で「ほぅ」と声を漏らした。
「お前さん、アルベルトと同じ匂いがするねぇ」
「おじいちゃんを知ってるの!?」
勢いよくイザベラを見上げる少年に彼女はニヤリと笑うと机の上にあった鏡を手に取り、覗いてみろと手渡した。
ベネットは怖がりながらも豪華な装飾のついたそれを受け取るとゆっくりと覗き込み目を見開いた。
不思議なことに自身の姿は映らず、代わりに祖父の顔が浮かんだのである。
「おじいちゃんだ…」
「これは生写しの鏡と言ってな…その人の肉親を映すことができる」
イザベラは少年から鏡を受け取ると上体を起こし椅子深く座り、「そうかい、あの男の孫かぁ———。」と懐かしむようにフードを被り直した。
そして、彼女は少年の両手を取ると何か硬い石のようなものをそっと握らせた。
「ふむ、ベネット———。丁度いいからお土産としてアルベルトの作った装身具をやろう…しっかり握っておれ」
彼女はそのまま少年の手を離し、先ほど持ってきたポーションを机の上に置いてあった水晶玉に垂らした。
”Vilisstirilpus Signuvelum”
———高貴な血を純血で隠したまえ。
イザベラは水晶と少年の手を自身の杖でコツンと叩き、繰り返し呪文を唱えはじめる。
三回ほど繰り返した頃、クロウが「目を瞑っていた方がいいかも知れねぇぞ」と忠告してきたので少年はぎゅっと目を瞑る。
直後、ぱぁぁぁっと部屋が緑色の光に包まれた。
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朱雀るいん




