3話前編 "一日目の朝"
コンコンコン───。
木製ドアの柔らかい音がきこえ、目を覚ますベネット。
まだ開ききらない目を擦りゆっくりと起き上がるとタイミングよくドアが開いた。
「ベネット坊っちゃま、レイブン様おはようございます。」
ティーリアが軽くお辞儀をして部屋内に入ってくるとテキパキとカーテンと窓を開け放つ。
ふわりと香る日に照らされた木と庭に咲いたハーブの匂いは、目覚めのいい朝ということばが最高に合うほど穏やかな気持ちにさせられるが、季節はそろそろ夏になるというのに気温はまだ肌寒くベネットはブルブルと身震いをし両肩を摩った。
「——ティーリアさんおはようございます。」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
一通りやることを終えて彼女はこちらを振り返ると、腕を摩る少年を見て机の上に置いてあるひざ掛けを持って手渡してくれた。
「朝はまだ冷えますので」
「ありがとうございます。昨日はすみません…僕部屋に来てすぐ寝ちゃって」
受け取ったブランケットを肩から羽織りすみませんと申し訳なさそうに眉を下げるベネットはまるで怒られた子供のようで、彼女は「寝る子はよく育つ…これはどこにいても変わらないことですよ」と不安を削ぐ様に、にっこり笑うと少年の足元の方に視線を移し寝ていたクロウを見て「お邪魔ですよね今どかします」と身体をむんずと掴みだした。
「———グェッ」
「え、ティーリアさん!!?別に大丈夫ですから!!」
苦しそうに呻き声を上げるクロウを見て心配になったベネットはベッドから慌てておりて部屋から出て行こうとする彼女を追いかけて静止する。
「お気になさらずベネット坊っちゃま───。この程度でカラスは死にませんから」
「んぐっ…ティー!お前殺す気か!!!」
しかし、彼女は止まることなくドアに手をかけるとこちらを向いて丁寧にお辞儀をするのでベネットも釣られて軽く会釈をしてしまう。
「それではベネット様、少ししたら朝食のお迎えに参りますね」
「クソっ、離せ、馬鹿力メイド!!!」
カラスは羽や体をバタバタと暴れさせて必死の抵抗を続けると流石のティーリアも持っていられなかったのかパッと手を離した。
クロウはよろけながらも体勢を立て直すと、こちらに飛んできたのでベネットはそっと手をだして彼を抱えた。
「大丈夫ですか?クロウさん」
「大丈夫そうに見えるか?」
「おはようございます、レイブン様」
腕の中でゼェゼェ息をするカラスは散々な目にあったと言わんばかりの風貌で、ティーリアはペースを崩すことなく淡々と彼に挨拶をするのでベネットは空気に耐えきれずに吹き出してしまう。
「2人して楽しんでるだろ…」
少年の腕の中で不服そうに項垂れるカラスは誰がどう見ても飼われている鳥そのもので…。
彼女はその様子を見てはふむと何かを考えると何か思いついたのか手をポンッと叩いた。
「ベネット坊ちゃま、くれぐれも飼い鳥は離さないようにしてくださいね。」
ティーリアはやりきった顔でそう言い放つと続けて「朝食が出来ております」と言い残して部屋を後にした。
残された彼らはさっきまでの騒がしさが一瞬にしてなくなった部屋でポカンと彼女の去ったドアを見つめていたが、顔を見合わせると突然笑いが込み上げてきてお腹を抱えて笑い出した。
「——はぁ、久々にこんな笑った。そういや、よく眠れたかベネット」
「はい!とてもスッキリしてます」
笑いも収まってきた頃、クロウはベネットを見上げ顔色を見る。
昨日よりは青白さも無くなり血色の良くなった顔色、赤みのある唇に彼はとりあえず今はこれが精一杯かと自身の中で納得する。
クロウはそろそろ飯を食いに行くかと声をかけようとすると、見計らったようにグウウゥとお腹の音が聞こえてきた。
思わずフハッと吹き出しひとしきり笑うと「飯にしよう」とベネットと共に食堂へ向かった。
「やっぱり、見た目通りの長さになってる」
「だから言ったろ?」
昨日、彼が言っていた通りあんなに遠く感じた廊下は見た目通りの距離になっており少年はあらためてすごいなと感心する。
道中、紹介しきれなかった部屋について軽くクロウが説明をしてくれたが、自分の部屋に帰れるかすら怪しい部屋数に少年は軽いめまいを覚えた。
「クロウさんたちって、貴族とかですか?」
「あ?そういう肩書きは魔道士の中じゃ流行らねぇな、強いて言うならジェンキンス家が名紋ってことくらいじゃねぇか?」
なんでまた———。とクロウが不思議そうな顔になったので、ベネットが慌てて「とても大きな豪邸に住んでいるから」と付け加える。
「あ—、そりゃ、元々ここが何かの施設だったからだな、使わなくなってから訳あって管理を任せられている」
訳ありとは言え、大した理由じゃなく彼らには別の場所に家が存在するとクロウは教えてくれ、ベネットもなんとなく腑に落ちた。
そんなこんなで話していると、目先に大きな開き扉が見えてきた。
「ようやくいらっしゃいましたね、お母様が既にお待ちしておりますよ」
扉の前に着くとタイミング良く中からティーリアが出迎えてくれ、席に案内しますと導いてくれる。
「クロウさん、クロウさん」
席についてからベネットはティーリアがお母様と呼んだことが気になってしまい腕に抱えたままのカラスに話しかけた。
「昨日から思ってたがクロウでいいぞ」
「へ?」
不意打ちにそう言われて素っ頓狂な声を上げる少年。
いくらなんでも何百歳も年上の人を呼び捨てで呼ぶなど恐縮しすぎて考えるだけでも緊張する。
しかしそんな少年の気持ちを知らないクロウは何か問題があるのか?と言いたげな目で見つめてきた。
「別に無理にとは言わねえが、”クロウさん”はなんか慣れねぇんだ」
そう言われてしまっては呼び方を変えざるを得ないベネットはしばらくうーんと唸っていたがやがて意を決したように彼の目を見た。
「く、くろう」
「よし、それでいい」
クロウは満足そうに頷き少年の膝から飛び退き自身の席だと思われる少年の真向かいの場所に降り立った。
「んで、ベネット一体何を聞きたかったんだ?」
「そうです!さっきティーリアさんがお母様って呼んでたんですけど…お母様って誰ですか?」
見たところこの食堂にはレイチェルとクロウそして先ほどから食事を配ってくれているティーリアしかいない。
そうなると、必然的に先に席についていたレイチェルがお母様ということになるがいまいち関係性がわからなかった。
「私が説明しましょう、皆様はお食事をしながら聞いていただければ結構です。」
いつの間にか配膳を終えて扉の近くに立っていたティーリアが一歩前へ出てきてスカートの裾を捲り上げた。
少年は咄嗟に目を覆い隠すが、他の二人は特に反応を示さずにカトラリーがお皿に当たる音だけが響いている。
「ベネット坊っちゃま———。少しはしたないですが、見せないことには説明ができないのです。」
仕方なしに恐る恐る指の隙間から彼女を見ると、その足は木でできていて、ベネットの祖父が作ったカラクリ人形と同じように関節には球体にしたボールを挟んで自由に曲げたりできるようになっていた。
「本題の前に、まずはホムンクルスが何かについて説明させていただきますね」
———ホムンクルスとは、今から約2000年前に魔道士と機巧師が共同して作り上げた自動式人形…所謂オートマタのことを言います。
人間はオートマタと聞くとゼンマイや電気などを使って動かすイメージが多いですが、魔道士の世界では木製の球体関節人形、ビスクドールなどを依代にしてそこに妖精や精霊を宿し、意志を持った半永久的な生命体を誕生させることを”ホムンクルス”またの名を憑依式オートマタと呼んでいるのです。
「よろしいですか?」
幼子でもわかりやすいようになるべく知っている言葉で説明してくれる彼女はまるで先生のようで、ベネットは「わかりやすい!」と感嘆の声を漏らす。
「ちなみに、ティーリアに宿ったのは妖精の方だ」
メイドに張り合うように、クロウが嚥下しながら補足をしてくれたがティーリアが持ってきたアイスペールの氷を弾いて彼の頭を攻撃したので不服そうにしながらもそのまま黙って食事を続けていた。
「さて今度は私についてですね」
「———それについてはこちらで説明しよう」
ティーリアが続きを説明しようとすると、それを制するように先ほどからずっと黙って食事をしていたレイチェルが口を開いた。
ベネットはびっくりして上座に座る彼女を見るともう食事を終えたのか青緑色の目がコチラを捉えている。
ここ数日で見慣れてきたとはいえ、見透かされるような透明度をもつ宝石のようなあの目はじんわりと少年に圧をかける。
ベネットは緊張した面持ちで彼女の目を見つめ返した。
「ティアがホムンクルスだということは今の説明でわかっただろう」
———”メイド人形式ホムンクルス”これがティーリアの正式名称だ。別段他のホムンクルスとの違いはないが、一般的な行動や家事だけでなく魔力の扱いや身体能力の高さから戦闘など様々な場面で活用できる汎用性の高い部分が唯一の違いと言える。
彼女の場合、依代を作った人形師が今は姿をくらましているゆえ、足などの一部分が木製のものに変わっているが本来は防御性や我々人型の皮膚に近い材質を持つ物体を使って作られることがほとんどだ。
「難しい話は追々してやろう。残りの説明はティアに任せる」
「お任せくださいお母様」
レイチェルはティーリアにお茶を入れてもらうと静かに飲みながらテーブルに置いてあった本を読み出した。
やっとのこと緊張感から解放されたベネットはふぅ…と小さく息を吐きティーリアの方へ視線を移すと彼女は柔らかい笑みを浮かべてくれた。
「これでやっと本題について話せますね。お察しはついているとは思いますが、お母様とはレイチェル様のことです。」
今までの説明でなんとなく予想はついていたがやはりレイチェルがティーリアの言うお母様の正体だった。
彼女の説明ではホムンクルスには契約者のことを主人と認識する文化があり、メイド式ホムンクルスの場合は給仕する主人のことを女性ならお母様や奥様、男性ならお父様や旦那様と呼ぶように教育されるのだとか。
つまり、ティーリアの場合は給仕する主人がレイチェルに当たるため彼女のことをお母様と呼んでいるようだ。また、クロウはレイチェルの弟ではあるが主人とは少し違うため特定の呼び方はなく自由に呼んでいるとのこと。
一通りの説明が終わりベネットはちょっぴり魔法に詳しくなった気がしてニコニコと顔を緩ませて朝食を食べているとレイチェルが本を閉じてこちらを見た。
「ベネット」
「むぐっ…はい!」
少年は食べていたものを飲み込み背筋を伸ばすと身体を彼女の方に向けると「そこまでかしこまる必要はない」と言われてしまったので悩んだ末、向かい席にいたクロウを見つめた。
その様子を確認すると彼女は目を伏せそのまま話を続ける。
「今日からのことについてだが、昨日言った通りクロウと一緒に行動してもらう」
そういうとテーブルに置いてあった本から小さなベルを出現させベネットの前に移動させた。
「これは?」
少年は目の前まで浮かんできたそれを受け取ると持ち手の革紐を指で掴み目の高さでプランッとぶら下げる。
「呼び鈴だ。そいつが鳴ったときに近くのドアを開ければ、お前が最初に来たあの部屋にたどり着く。」
「よびりん…えっと誰かが来た時になるんですか?」
ああ——。と短く返事をした彼女は一旦意味は分からなくていいからクロウのやっていることについて説明しようと話し始めた。
レイチェルの言葉をまとめると、ベネットと同じように依頼があっておまじないをした人の出迎え、手紙の配達。そして主な仕事は贔屓にしているお客さんに飲み薬を届けることだった。
「———これらが今クロウがやっていることだな。と言ってもそんなに忙しいものではない、目的はこちらとあちらの行き方、魔道士界に慣れることだ。」
いきなり過酷なことが始まるのかと身構えていたが、案外しっかりと考えてくれているみたいで彼女の優しさに感謝する。しかしそう思った直後彼女の口からとんでもない言葉が聞こえてくる。
「これだけではない、お前には覚えなければいけないことがたくさんあるからな。とりあえず明日から一ヶ月で現代魔法語を全て覚えてもらう。」
「え」
これにはクロウも驚きを隠せなかったのか少年とほぼ同時に反応を示す。
レイチェルは有無を言わせない圧力で「何か質問はあるか?」と聞いてきたので少年は咄嗟にブンブンと首を横に振り、タイミング良くティーリアの持ってきた分厚い本に顔を引き攣らせた。
「ベネット様の魔法語の教師はそこのカラスではなく私が担当しますのでご安心くださいね」
唯一の救いは魔法語を教えてくれるのはレイチェルではなくティーリアだというところだろうか、少年はこれからの日々を思い浮かべながら安堵と不安が入り混じったような複雑な表情を浮かべると力無く笑った。
「よろしくお願いします。ティーリアさん」
「はい、授業の時は先生とお呼びくださいね。」
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朱雀るいん




