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2話後編 ”ジェンキンス邸”

「お、お邪魔します」


ベネットは謎の緊張感に背筋がピンっと伸び、彼女に釣られてお辞儀を返す。


しかし、「使用人に頭を下げる必要はありませんよ」と頭上から声が聞こえ、少年は恐る恐るあげた。


"深い海のような青色の目"


彼女の目は見ているとどこか吸い込まれそうな感じがするが、軽く弧を描いて細められた表情からはとても穏やかで優しい…まるで祖父のような雰囲気を感じる。

ベネットはどこか懐かしいその雰囲気に浸っていると横から咳払いが聞こえてきた。


「っあー…見つめ合っているところ悪いが、さっさと荷物を運ぼうぜ———。あと、ティーリア…毎度言ってるが、いい加減クロウ坊ちゃまはやめてくれねぇか?」


ベネットとメイドの間にできた空気を壊すように割って入ってきたクロウ。

ティーリアと呼ばれたメイドはハッと視線を彼に向け今度は彼の方に ずいっと近寄っていく。


「大変失礼しました。それではレイブン坊っちゃまと言い改めましょう。」


「…お前わかってやってるな?」


クロウは淡々と告げベネットの荷物を抱える様子に鋭い睨みを効かせる。

しかし、彼女はお構いなしと「ベネット様お部屋までご案内します」と声をかけスタスタと邸内に入って行ってしまった。


「何を言っても無駄か…」


彼は彼女の後ろ姿を見ながら項垂れるともうそれでいいと手をひらひら振り、ベネットに案内するから着いてこいと続いて屋敷の中に入っていく。


「待ってください、クロウさん!」


置いてかれそうになったベネットが慌てて家の中に入り飛び込んできたのは、クラシカルな雰囲気でアンティークゴールドの装飾品がよく映える内装だ。

少年はまるで王様の住んでいるような家に興味津々でキョロキョロとアタリを見渡しながら歩いた。


「わっぷ…すみません」


周りに気を取られすぎていて、いつの間にか前をゆく彼らに迫っていたことに気づかずベネットは誰かにぶつかってしまう。

咄嗟に謝ると相手は「大丈夫ですか?」とゆっくりとかがんでくれ、ようやくその青い目と視線が交わった。


「てぃ、ティーリアさん」


「はい、ティーリアです。ベネット坊っちゃま」


どうやらぶつかったのはティーリアで、少年は少し上ずった声で無意識に彼女の名前を口にする。

突然名前を呼ばれたことで「どうしましたか?」と首を傾げる彼女に少年は恥ずかしさでブワッと顔が赤くなり、しどろもどろになってしまう。


「あ、あの、えっと」


なんて言おうかと頭が真っ白になった少年は言葉にならない声を口から連発させていく。

滅多に若い女性となんて話すことのなかったベネットは決して深い意味はなくとも子供ながらに緊張はするのだ。


「おい、ベネット…顔が真っ赤だが具合でも悪いのか?」


少年がメイドの前で硬直し赤面をしている姿にクロウが心配してこちらに近づいてくる。

助けてください。なんて思いながら少年は漸く動くようになった体を動かし、体の大きい彼に身を隠す。


ティーリアは少年の動向を目で追うと床についていた膝を起こしスカートの汚れを軽く払う。

どの動作ひとつとっても洗練されていて綺麗なその姿は例外を除き誰が見ても見惚れてしまうものだろう。


「ティー、ベネットはまだ少年だからからかってくれるなよ」


「私(ワタクシ)はただ名前を呼ばれたので返事をしただけです。」


やはり淡々と事実を述べるその声は機械のようで、少しレイチェルのようなものを感じる。

クロウは「ベネットもいつまで後ろに隠れてんだ、いい加減に慣れろ」と少年の背中を前に押し出すと

必然的にティーリアの前まで来てしまう。


「く、クロウさん押さないで…」


軽い抵抗も虚しく再び彼女の前まで戻ってきた少年は、あの海のような目をおずおずと見つめる。

すると、何を思ったのかティーリアは「失礼します」と呟くとベネットの顔に両手を添わせて顔を近づけてきた。


突然のことでぶつかると思いベネットは咄嗟に目を瞑ってしまう。

しかし、何も起こらないのでうっすら目を開けると彼女はじっくりと少年の顔を確認していた。


「なにしてんだ?ティア」


ティーリアの奇行に若干引き気味にクロウが話しかけるとようやくその手は離れる。

体感はおそらく2分ほどだろうか。


「…失礼しました。ベネット様からお父様と同じ雰囲気を感じたもので」


上半身を軽く折り謝罪をする彼女だが、ベネットはそれよりもお父さんと似ているという言葉が気になり復唱する。


「おとうさま?」


「ティーリア…その話は———。」


そう言いながらいつの間にかカラスの姿に戻ったクロウが遮るように慌てた様子で割って入ってくる。

そして、カァカァとカラス特有の声でなくと、どこからかあの凛とした声が響いた。


「ティア、そろそろメンテナンスの時間だ」


少年は咄嗟に声のした位置を確認すると、レイチェルが腕を組みながらこちらに近づいてくるのが見え、

そのまま背の高いティーリアの横で立ち止まる。


「よく来たなベネット、邸の案内は聞けたか?」


「えと、はい」


正直、家具や装飾品に気を取られてあまり聞いていなかったベネットだが、彼女から溢れ出る謎の気迫に怒られるのではないかと無意識に思い肯定してしまう。


彼女は少年の心を知ってか知らずか「この屋敷は広いし複雑だ、お前の部屋に邸内の地図を置いておいたから必要だったら使え」と変わらぬ表情で伝え、返事もしないうちにティーリアと廊下の向こうへ消えていってしまった。


「あ」とお礼の言葉を飲み込んだベネットが唖然と彼女たちのいた場所を見つめていると、肩に軽い重みがのった。

どうやらクロウが少年の肩に乗ってきたみたいだ。


「よし、とりあえずベネット、お前の部屋まで案内するから着いてこい」


少し緊迫した空気からクロウの気の抜けた声にようやく安心したベネットは「はぁ」と安堵のため息をついて脱力する。

すると、今度は先ほどからぐるぐると回っていた疑問に対する知りたい欲がむくむくとあがってきた。

少年はウズウズしながら彼を横目に見て口を開く。


「クロウさん」


「あ?」


「ティーリアさんメンテナンスって言ってましたけど、どこか悪いんですか?」


んぐっ——。カラスは少年の純粋な問いに喉を詰まらせて咳き込む。

大丈夫かと背中を撫でてやると彼は少年の肩から離れ唸り始めた。


今の問いに肯定をすればこの無垢すぎる少年は彼女のことを必要以上に心配するだろう。

それに、せっかく姉がタイミング良く話をうまく逸らしてくれたのだこのままティーリアを具合が悪いことにすれば丸く治るはずなのだが、クロウの中にはベネットもこの家の一員となるのに伝えないのはどうなのかという不器用な優しさも渦巻いていた。


クロウは暫く唸ったまま動かなくなったので、無理に答えなくてもとベネットが声をかけようとした時、先ほどと同じようにどこからか聞き馴染んだ凛とした声が廊下に響いた。


「ティーリアはホムンクルス…いわゆる人形だ」


彼らは聞こえてきた声の方にバッと振り返るとそこにはレイチェルが立っていた。

クロウはガクンと軽く降下すると、そのままの勢いで彼女の前に飛び立ち鋭い嘴をぐわっとあけた。


「俺の気苦労を返せ!!!」


どれだけ気を使ってだと思うんだ!と言わんばかりのクロウはいつもより羽をバタバタと動かしていて、よっぽど気を遣っていたんだということがわかる。


「老耄のつまらんボケみたいだな。それと、ティアがホムンクルスだということは伝えても支障はきたさない。」


彼女の考えればわかるだろうと言わんばかりの口ぶりにカラスは力なくフラフラとよろめきながらベネットの肩に着地する。

少年は、しなしなになったカラスによくわからないがとりあえず労いの気持ちでそっと撫でてやる。

嫌がられるかとそうっと手を差し出した、意外と大人しく触らせてくれるみたいでむしろ上機嫌になっているように見えたので動物の本能には抗えないのかもしれない。


「えっと、レイチェルさん!ホムンクルスって何ですか?」


「簡単に言えば、機械人形みたいなものだな———。」


レイチェル曰く、ホムンクルスというのは人形に意思を持たせ、自ら自発的に動くようにしたものだという。

 もう少し深掘りすると、木彫り人形等の依代(よりしろ)を用意してそこに精霊を召喚し宿すという仕組みらしい


「意外と簡単なんですね」


もっと複雑で難しいことをしていると思っていたベネットは思ったよりも楽にできそうなホムンクルスに驚きを覚える。

クロウはそんな少年の純粋な言葉を聞いて誤解させるだろうとレイチェルに言うと軽く補足してくれた。


「工程だけ見れば簡単だ…でも用意する人形は召喚した精霊の魂に合わせなきゃならねぇし、誰でも精霊が召喚できるわけじゃねぇ、場合によっちゃレイチェルみたいに妖精が出る可能性だってあるんだ」


「えっと…なんだか難しくて…」


少年は聞き馴染みのない単語ばかりに頭が混乱し視界にグルグルと木馬が回り始めた。


クロウは、やっちまったと言わんばかりに羽をバサバサと羽ばたかせ少年が倒れないように支える。


「わりぃベネット、どうも子供の扱いは苦手なんだ、ましてや人間ともなると知識や体力、記憶力においてもそこまで気が回らねぇ」


珍しく少年に塩らしく謝ってくるカラスにベネットは「全然大丈夫です。えっとホムンクルスは精霊と、木彫りの———。」まで言うとそのままバタンと目を回して倒れてしまった。


「ベネットー!!!」

まるで死んでしまったと言わんばかりの慌てふためくカラスの姿は、ちょっとしたコントでも見ているのかと言う気持ちになるが、レイチェルは阿呆すぎる弟を見てため息をつくと、ヒョイっと指を動かしその動きを静止した。


「クロウ、お前随分とベネットと仲良くなったようだな。」


彼女は片手間に長椅子を出現させ少年をそこに寝かせる。


「?あ、あぁ…レイチェルの弟子になったから感覚的には弟見てぇなんだよな」


「その割にはお前の方が頼りなく見える」と彼女は目を閉じてもう一度ため息をついた。

実を言うとふたりが仲良くなってくれたのは彼女にとってありがたいことではあるのだ。


人に教えるということを苦手としているレイチェルは、生まれてこのかた弟子を一度もとったことがない。


「クロウ、ベネット…お前たちはこれから行動を共にするようにしてくれ」


「ア゛ァ゛?」


彼女はそれだけいうと特に訳は告げず、文句を言いたげなカラスを置き去りにし去っていってしまった。

置いて行かれた彼自身、レイチェルが苦手なことを避けるために取り決めたことだと薄々気づいてはいるが、そこはさすが兄弟というべきか仕方がないと言わんばかりに遠ざかる彼女の後ろ姿を黒々とした目に映す。


「おい、ベネット起き上がれるか?」


「あ、はい!」


こっそり聞いていたのがバレたのかと心臓が跳ね上がり、弾かれるように顔を上げたベネットは勢いよく起き上がる。

クロウは少年の目線の高さまで浮上すると部屋に案内するとだけいい動き出した。


「ベネット…さっきの話だが、今はわからなくてもこの先絶対わかる時が来る」


移動の最中クロウは少年に労うような言葉をかけた。

別に少年が落ち込んでいたわけじゃないが、弟子になると決まったのにいきなり難しそうだと躓いて欲しくないという気持ちがあった。


少年は一瞬立ち止まり前を行くカラスを見ると嬉しそうに笑いその隣に駆け寄っていく。


「僕もいつかホムンクルスを作れるようになるかなぁ」


「あー、100年以内にはつくれると思うぜ」


「人間は100年も生きれないよ!」


少年は前よりも親しみやすくなったカラスに緊張が解けたのか口調が解ける。

しまったと思い口に手を当て横を見るが、別段気にする様子もないクロウは目的の部屋の前で足を止め、こちらを見た。


「ついたぞ」


ここに辿り着くのに結構な時間歩いたような気がするが、少年が振り返ってみると序盤に登ってきた階段が目視できる範囲に見えた。


「僕たち結構歩いてきましたよね?」


クロウに聞いてみるとこの屋敷自体が迷路のようになっているため、視覚的には近くても体感はとても長い道のりなんだとか。


「でも安心しろ、もう視覚通りの距離になってるぞ」


「えっ?」


不思議に思いベネットは少し先に見えている階段まで走っていくと、先ほどとはうって変わって一瞬でたどり着いてしまう。

少年はすごい!と目を輝かせクロウを見ると、彼は興味がなさそうに部屋の中に入っていってしまったので、慌ててその背中を追いかけて中に入った。


「ここ何十年も使ってないが、ティーリアが掃除はしていたから汚くはねぇぞ」


そう言いながら部屋の奥へ飛んでいく彼から視線を外し一周するベネット。

クロウが言った通り生活感こそないものの、埃ひとつない綺麗な部屋でどこを見ても丁寧に管理されていたことが見てとれた。


部屋内に置かれている年季の入った棚や机は初めて会った時のあの空間を彷彿とさせるデザインで、少年は自分が一人前の魔導師になった気分で少しにやけてしまう。

ベネットは真ん中の方に足を進めそっと椅子をひいて座ると頬杖をついてうっとりと部屋を眺め始める。


「相当気に入ったみたいだな」


クロウは机の上まで飛んくると少年と目を合わせるように首をかしげる。


「ぼく、こんないいお部屋に住むの初めてです」


嬉しそうな表情でそう呟くベネットになんとも言えない感情を抱いたカラスはむず痒そうに毛繕いをし、少年の頭の上に飛ぶと小さくカァと鳴く。


同じ年齢の人間と比べても明らかに痩せ細った腕とやつれた顔はこの少年があまり良い環境に身を置いていないことを指していて、彼も知らないレイチェルの知人が悪い印象になる。

しかし、我が姉はつるむ人をしっかりと選ぶタイプであると知っているからこそ完全な悪人には思えなかった。


カラスは暗くなりつつある窓の外をぼうっと眺めながら考えていると。

ゆらゆらとベネットの頭が揺れだし、ばたりとそのまま机に突っ伏し動かなくなる。

「おい、ベネット」と名前を呼んでみたが規則正しい呼吸音が帰ってくるだけだったので疲れて眠ってしまったのだろう。

ベッドに運んでやろうと軽く飛び上がると背後から声がかかった。


「寝てしまわれたのですね」


「!…ティーか」


いつの間にか近くまで来ていたティーリアは眠ってしまった少年を見て躊躇なく抱きかかえベッドに運んでいく。

彼女はしっかりと布団をかけ終えるとベネットの寝顔を見て懐かしそうな顔をしていた。


「レイブン様、きっとベネット坊っちゃまは朝まで起きないでしょうから本日はここにいてあげろと言伝を預かっています」


「わぁってる…」


「後程、寝床を用意しますね」


そういいベッドのそばを離れる彼女にクロウは「いらない」と伝えるとベネットの布団の上に座り目を閉じた。

その様子を確認したティーリアは、入り口付近の蝋燭を消すと軽く礼をして部屋を立ち去った。


「おやすみなさいませ。レイブン様、ベネット坊っちゃま」

『レイチェル・ジェンキンスの幽玄』をお読みいただきありがとうございます!


今後の更新は"基本的に週1回(毎週金曜日)"を予定しています。

(※執筆の進み具合によっては、週2回更新になる場合もあります!)


ぜひブックマークや評価などで応援していただけると嬉しいです!


☆ちょこっと裏話☆

レイチェルはティーリアのことを「ティア」という愛称で呼んでいますが、クロウは「ティー」ともう少し砕けた呼び方をしているんです。

実はこれにはクロウが「ティア」と呼ぶことを恥ずかしがったという理由が・・・


詳しい話はまた今度!

引き続き『レイチェル・ジェンキンスの幽玄』をお楽しみください!



朱雀るいん

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