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3話 "古代語を使う魔女"

コンコンコン───。

木製ドアの柔らかい音がきこえ、目を覚ますベネット。

まだ開ききらない目を擦りゆっくりと起き上がるとタイミングよくドアが開いた。


「ベネット坊っちゃま、レイブン様おはようございます。」


ティーリアが軽くお辞儀をして部屋内に入ってくるとテキパキとカーテンと窓を開け放つ。

ふわりと香る日に照らされた木と庭に咲いたハーブの匂いは、目覚めのいい朝ということばが最高に合うほど穏やかな気持ちにさせられるが、季節はそろそろ夏になるというのに気温はまだ肌寒くベネットはブルブルと身震いをし両肩を摩った。


「——ティーリアさんおはようございます。」


「おはようございます。よく眠れましたか?」


一通りやることを終えて彼女はこちらを振り返ると、腕を摩る少年を見て机の上に置いてあるひざ掛けを持って手渡してくれた。


「朝はまだ冷えますので」


「ありがとうございます。昨日はすみません…僕部屋に来てすぐ寝ちゃって」


受け取ったブランケットを肩から羽織りすみませんと申し訳なさそうに眉を下げるベネットはまるで怒られた子供のようで、彼女は「寝る子はよく育つ…これはどこにいても変わらないことですよ」と不安を削ぐ様に、にっこり笑うと少年の足元の方に視線を移し寝ていたクロウを見て「お邪魔ですよね今どかします」と身体をむんずと掴みだした。


「———グェッ」


「え、ティーリアさん!!?別に大丈夫ですから!!」


苦しそうに呻き声を上げるクロウを見て心配になったベネットはベッドから慌てておりて部屋から出て行こうとする彼女を追いかけて静止する。


「お気になさらずベネット坊っちゃま───。この程度でカラスは死にませんから」


「んぐっ…ティー!お前殺す気か!!!」


しかし、彼女は止まることなくドアに手をかけるとこちらを向いて丁寧にお辞儀をするのでベネットも釣られて軽く会釈をしてしまう。


「それではベネット様、少ししたら朝食のお迎えに参りますね」


「クソっ、離せ、馬鹿力メイド!!!」


カラスは羽や体をバタバタと暴れさせて必死の抵抗を続けると流石のティーリアも持っていられなかったのかパッと手を離した。

クロウはよろけながらも体勢を立て直すと、こちらに飛んできたのでベネットはそっと手をだして彼を抱えた。


「大丈夫ですか?クロウさん」


「大丈夫そうに見えるか?」


「おはようございます、レイブン様」


腕の中でゼェゼェ息をするカラスは散々な目にあったと言わんばかりの風貌で、ティーリアはペースを崩すことなく淡々と彼に挨拶をするのでベネットは空気に耐えきれずに吹き出してしまう。


「2人して楽しんでるだろ…」


少年の腕の中で不服そうに項垂れるカラスは誰がどう見ても飼われている鳥そのもので…。

彼女はその様子を見てはふむと何かを考えると何か思いついたのか手をポンッと叩いた。


「ベネット坊ちゃま、くれぐれも飼い鳥は離さないようにしてくださいね。」


ティーリアはやりきった顔でそう言い放つと続けて「朝食が出来ております」と言い残して部屋を後にした。

残された彼らはさっきまでの騒がしさが一瞬にしてなくなった部屋でポカンと彼女の去ったドアを見つめていたが、顔を見合わせると突然笑いが込み上げてきてお腹を抱えて笑い出した。


「——はぁ、久々にこんな笑った。そういや、よく眠れたかベネット」


「はい!とてもスッキリしてます」


笑いも収まってきた頃、クロウはベネットを見上げ顔色を見る。

昨日よりは青白さも無くなり血色の良くなった顔色、赤みのある唇に彼はとりあえず今はこれが精一杯かと自身の中で納得する。

クロウはそろそろ飯を食いに行くかと声をかけようとすると、見計らったようにグウウゥとお腹の音が聞こえてきた。

思わずフハッと吹き出しひとしきり笑うと「飯にしよう」とベネットと共に食堂へ向かった。


「やっぱり、見た目通りの長さになってる」


「だから言ったろ?」


昨日、彼が言っていた通りあんなに遠く感じた廊下は見た目通りの距離になっており少年はあらためてすごいなと感心する。

道中、紹介しきれなかった部屋について軽くクロウが説明をしてくれたが、自分の部屋に帰れるかすら怪しい部屋数に少年は軽いめまいを覚えた。


「クロウさんたちって、貴族とかですか?」


「あ?そういう肩書きは魔道士の中じゃ流行らねぇな、強いて言うならジェンキンス家が名紋ってことくらいじゃねぇか?」


なんでまた———。とクロウが不思議そうな顔になったので、ベネットが慌てて「とても大きな豪邸に住んでいるから」と付け加える。


「あ—、そりゃ、元々ここが何かの施設だったからだな、使わなくなってから訳あって管理を任せられている」


訳ありとは言え、大した理由じゃなく彼らには別の場所に家が存在するとクロウは教えてくれ、ベネットもなんとなく腑に落ちた。

そんなこんなで話していると、目先に大きな開き扉が見えてきた。


「ようやくいらっしゃいましたね、お母様が既にお待ちしておりますよ」


扉の前に着くとタイミング良く中からティーリアが出迎えてくれ、席に案内しますと導いてくれる。


「クロウさん、クロウさん」


席についてからベネットはティーリアがお母様と呼んだことが気になってしまい腕に抱えたままのカラスに話しかけた。


「昨日から思ってたがクロウでいいぞ」


「へ?」


不意打ちにそう言われて素っ頓狂な声を上げる少年。

いくらなんでも何百歳も年上の人を呼び捨てで呼ぶなど恐縮しすぎて考えるだけでも緊張する。

しかしそんな少年の気持ちを知らないクロウは何か問題があるのか?と言いたげな目で見つめてきた。


「別に無理にとは言わねえが、”クロウさん”はなんか慣れねぇんだ」


そう言われてしまっては呼び方を変えざるを得ないベネットはしばらくうーんと唸っていたがやがて意を決したように彼の目を見た。


「く、くろう」


「よし、それでいい」


クロウは満足そうに頷き少年の膝から飛び退き自身の席だと思われる少年の真向かいの場所に降り立った。


「んで、ベネット一体何を聞きたかったんだ?」


「そうです!さっきティーリアさんがお母様って呼んでたんですけど…お母様って誰ですか?」


見たところこの食堂にはレイチェルとクロウそして先ほどから食事を配ってくれているティーリアしかいない。

そうなると、必然的に先に席についていたレイチェルがお母様ということになるがいまいち関係性がわからなかった。


「私が説明しましょう、皆様はお食事をしながら聞いていただければ結構です。」


いつの間にか配膳を終えて扉の近くに立っていたティーリアが一歩前へ出てきてスカートの裾を捲り上げた。

少年は咄嗟に目を覆い隠すが、他の二人は特に反応を示さずにカトラリーがお皿に当たる音だけが響いている。


「ベネット坊っちゃま———。少しはしたないですが、見せないことには説明ができないのです。」


仕方なしに恐る恐る指の隙間から彼女を見ると、その足は木でできていて、ベネットの祖父が作ったカラクリ人形と同じように関節には球体にしたボールを挟んで自由に曲げたりできるようになっていた。


「本題の前に、まずはホムンクルスが何かについて説明させていただきますね」


———ホムンクルスとは、今から約2000年前に魔道士と機巧師が共同して作り上げた自動式人形…所謂オートマタのことを言います。

人間はオートマタと聞くとゼンマイや電気などを使って動かすイメージが多いですが、魔道士の世界では木製の球体関節人形、ビスクドールなどを依代にしてそこに妖精や精霊を宿し、意志を持った半永久的な生命体を誕生させることを”ホムンクルス”またの名を憑依式オートマタと呼んでいるのです。


「よろしいですか?」


幼子でもわかりやすいようになるべく知っている言葉で説明してくれる彼女はまるで先生のようで、ベネットは「わかりやすい!」と感嘆の声を漏らす。


「ちなみに、ティーリアに宿ったのは妖精の方だ」


メイドに張り合うように、クロウが嚥下しながら補足をしてくれたがティーリアが持ってきたアイスペールの氷を弾いて彼の頭を攻撃したので不服そうにしながらもそのまま黙って食事を続けていた。


「さて今度は私についてですね」


「———それについてはこちらで説明しよう」


ティーリアが続きを説明しようとすると、それを制するように先ほどからずっと黙って食事をしていたレイチェルが口を開いた。

ベネットはびっくりして上座に座る彼女を見るともう食事を終えたのか青緑色の目がコチラを捉えている。

ここ数日で見慣れてきたとはいえ、見透かされるような透明度をもつ宝石のようなあの目はじんわりと少年に圧をかける。

ベネットは緊張した面持ちで彼女の目を見つめ返した。


「ティアがホムンクルスだということは今の説明でわかっただろう」


———”メイド人形式ホムンクルス”これがティーリアの正式名称だ。別段他のホムンクルスとの違いはないが、一般的な行動や家事だけでなく魔力の扱いや身体能力の高さから戦闘など様々な場面で活用できる汎用性の高い部分が唯一の違いと言える。

彼女の場合、依代を作った人形師が今は姿をくらましているゆえ、足などの一部分が木製のものに変わっているが本来は防御性や我々人型の皮膚に近い材質を持つ物体を使って作られることがほとんどだ。


「難しい話は追々してやろう。残りの説明はティアに任せる」


「お任せくださいお母様」


レイチェルはティーリアにお茶を入れてもらうと静かに飲みながらテーブルに置いてあった本を読み出した。

やっとのこと緊張感から解放されたベネットはふぅ…と小さく息を吐きティーリアの方へ視線を移すと彼女は柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「これでやっと本題について話せますね。お察しはついているとは思いますが、お母様とはレイチェル様のことです。」


今までの説明でなんとなく予想はついていたがやはりレイチェルがティーリアの言うお母様の正体だった。

彼女の説明ではホムンクルスには契約者のことを主人と認識する文化があり、メイド式ホムンクルスの場合は給仕する主人のことを女性ならお母様や奥様、男性ならお父様や旦那様と呼ぶように教育されるのだとか。


つまり、ティーリアの場合は給仕する主人がレイチェルに当たるため彼女のことをお母様と呼んでいるようだ。また、クロウはレイチェルの弟ではあるが主人とは少し違うため特定の呼び方はなく自由に呼んでいるとのこと。

一通りの説明が終わりベネットはちょっぴり魔法に詳しくなった気がしてニコニコと顔を緩ませて朝食を食べているとレイチェルが本を閉じてこちらを見た。


「ベネット」


「むぐっ…はい!」


少年は食べていたものを飲み込み背筋を伸ばすと身体を彼女の方に向けると「そこまでかしこまる必要はない」と言われてしまったので悩んだ末、向かい席にいたクロウを見つめた。

その様子を確認すると彼女は目を伏せそのまま話を続ける。


「今日からのことについてだが、昨日言った通りクロウと一緒に行動してもらう」


そういうとテーブルに置いてあった本から小さなベルを出現させベネットの前に移動させた。


「これは?」


少年は目の前まで浮かんできたそれを受け取ると持ち手の革紐を指で掴み目の高さでプランッとぶら下げる。


「呼び鈴だ。そいつが鳴ったときに近くのドアを開ければ、お前が最初に来たあの部屋にたどり着く。」


「よびりん…えっと誰かが来た時になるんですか?」


ああ——。と短く返事をした彼女は一旦意味は分からなくていいからクロウのやっていることについて説明しようと話し始めた。

レイチェルの言葉をまとめると、ベネットと同じように依頼があっておまじないをした人の出迎え、手紙の配達。そして主な仕事は贔屓にしているお客さんに飲み薬を届けることだった。


「———これらが今クロウがやっていることだな。と言ってもそんなに忙しいものではない、目的はこちらとあちらの行き方、魔道士界に慣れることだ。」


いきなり過酷なことが始まるのかと身構えていたが、案外しっかりと考えてくれているみたいで彼女の優しさに感謝する。しかしそう思った直後彼女の口からとんでもない言葉が聞こえてくる。


「これだけではない、お前には覚えなければいけないことがたくさんあるからな。とりあえず明日から一ヶ月で現代魔法語を全て覚えてもらう。」


「え」


これにはクロウも驚きを隠せなかったのか少年とほぼ同時に反応を示す。

レイチェルは有無を言わせない圧力で「何か質問はあるか?」と聞いてきたので少年は咄嗟にブンブンと首を横に振り、タイミング良くティーリアの持ってきた分厚い本に顔を引き攣らせた。


「ベネット様の魔法語の教師はそこのカラスではなく私が担当しますのでご安心くださいね」


唯一の救いは魔法語を教えてくれるのはレイチェルではなくティーリアだというところだろうか、少年はこれからの日々を思い浮かべながら安堵と不安が入り混じったような複雑な表情を浮かべると力無く笑った。


「よろしくお願いします。ティーリアさん」


「はい、授業の時は先生とお呼びくださいね。」


あの後すぐ、クロウが行くところがあるというのでベネットは急いで食事を終え準備をしていた。

昨晩、荷解きもせずに寝てしまったこともあり軽く片付けながら準備をしているとバンッと勢いよくドアが開いた。


「ベネット、準備できたか?」


「もっ、もうできてます!」


少年が気を抜いていたのもあり盛大に驚いて肩を揺らすとクロウはすまねぇと言いながらこちらに飛んできた。

近くの机に降り立つカラスはその身体よりも大きい荷物を持っていて、少年はそれに目を奪われた。


「随分と大きい荷物ですね…。」


「あぁ、ついでに配達もするからな」


中身はほとんど薬(ポーション)らしく、クロウは「半分持て」とポシェットを差し出してくる。

少年は素直にそれを受け取るとあまりの重さに一気に床に体が近づくのを感じた。


「うわぁあ!!」


「……。」


一瞬で目の前から消え去った少年に、クロウは言葉を失う。

人間の子供は思っている数倍非力なのかと再認識した彼は「大丈夫か?」と声をかけると少年の荷物から数本の薬を取り出し、自身の荷物に移し替えた。


「見た目と重さが違いすぎる———。」


あまりにも真剣に落ち込んだ顔で言うベネットにクロウは吹き出して笑うが、以前レイチェルに”魔力を持たないものや、魔力を制御できないものにとって薬は本来の重さよりも数倍重く感じる”と聞いたことを思い出し急に申し訳なさが込み上げてきた。


「忘れてた…こいつは魔力をうまく扱えない奴には重たく感じるんだ。すまねぇベネット」


「魔力って重いんですね…」


感心しながら数本の瓶が入ったポシェットを持ち上げるベネットはそれでも少し重たそうだが、持てないことはないらしく肩から下げると出会った時も身につけていた見覚えのある帽子を被った。


「お前それ随分と古めかしい帽子だな」


「昔お父さんが身に付けてたっておじいちゃんに聞きました」


ベネットは被っていたキャスケット帽を脱ぐと大事そうに帽子を握りしめる。

クロウは父親の顔を知らないという少年の心情を完全にはわからないが、その帽子が父親との唯一のつながりと言えるものだということはボロボロになりつつあるそれを見て十分に理解できた。


「ティーリアがそういうの修復とかするの得意だから、頼んでみるといいぞ」


彼はそれだけ言うと器用に嘴で帽子を被せてやり「そろそろ行くか」と二人は街へ繰り出した。


「本当に魔道士だらけなんだ…」


見慣れない不思議な形をした街並みに目を引かれながらも、すれ違う魔道士たちが好奇心の目を向けてくるので居心地の悪いベネットは思ったことを口に出す。

すると、彼らはすぐに異質な空気になり嫌悪するような目で少年を見るので怖くなりクロウの後ろに隠れた。


「悪りぃな、魔道士たちはいまだに人間を嫌っている奴らがほとんどだ。」


「きらい———。」


カラスは少年を隠すように飛んでくれているが、確かに先ほどのベネットの発言から一気に飛んでくる視線が刃物のように鋭い。

知らないうちに魔法や呪いをかけられるのではないかとビクビクするベネットはなるべく目を合わせないようにキャスケット帽を深く被り直した。


「そこの角を曲がったらすぐ着くから、少し我慢してくれ」


クロウは俯く少年を心配しながらも目的地につけばどうにかこの視線からは隠してあげられるとその翼を休めることなく飛び続け、ようやくいつも見る古めかしい木の扉が見えてきたので大声で家主を呼んだ。


「ババァ!緊急だから扉開けてくれ。」


「誰だい、わしをババァなんて呼ぶやつは!!!」


次の瞬間、扉がギィィと音を立てて開き二人は足早にその中に入っていく。


「おやまぁ、随分と珍しい血筋をつれているねぇ———。クロ坊」


「サベルババァ———。相変わらず薄暗いとこにいんな。」


部屋の中はずいぶんと暗く廊下に転々とついている蝋燭だけを頼りに

進んでいくと、隙間から光が漏れている部屋が見えてきた。

クロウは断りもなくドアを開け机に座るローブの人物に話しかけた。


「元気してるか?イザベラ」


「相も変わらず、みっともない姿だねぇクロ坊」


イザベラと呼ばれた人物はゆっくりとその顔を上げるとその声から想像がつかない若々しい美貌をフードから覗かせた。


「えっ」


「なんだ小僧、わしの顔が思ったよりも綺麗でビビったか?」


ローブから見えた顔は人型のクロウと大して変わらない年齢に見え、ダークブラウンの髪をゆるくサイドに編みたらし、ターコイズをはめ込んだような瞳はニシシといたずらっ子のように少年を見て笑った。


「ババァ、ベネットが固まってるから声を戻してくれ」


「ババァなんて!」


容赦無くババァ呼ばわりするクロウに少年は青ざめた顔で悲鳴に近い声を上げる。

イザベラは随分と優しい子だねぇとうっとり微笑むとフードを外して髪をふわりと外に出した。


「名前がまだだったね、わしはイザベラ・ローウェル。古代魔術を専門とする魔女だ。」


「イザベラさん…」


彼女は「ここじゃあサベルで通ってるんだ、お前さんもそう呼べ」と言うと、数回咳払いした。

するとマジシャンのように声が変わっていきベネットは感嘆の声を上げた。


「んんっ…声はこれくらいでいいかね?」


「サベル婆…声を忘れるくらいボケたか?」


クロウがまたもずけずけと失礼な言葉を発するのでベネットがあわあわと顔を青ざめさせる。

しかし、イザベラは何を思ったのか机に立てかけてあった杖でカラスの頭をひと殴りしたので、少年は自業自得だと静かに目を瞑った。


「ってぇぇ…事実だろ!!」


「仕置きが足りないかい?」


彼女が再度杖を構え直すと流石にクロウも勝てないと思ったのかすぐにおとなしくなる。


「さて、いつものを渡しておくれ」


「ああ、今回はレイチェルも苦戦してたぞ」


クロウが自身の荷物から2本のポーションを取り出すと、それをそのまま彼女に渡す。

先ほどまではしわがれたような甲高い声と老婆のような口調も似合っていたが、大人の女性らしい声になってからはどうにも違和感があり、ベネットは何とも言えない気持ちで2人のやりとりを眺めた。


「そうじゃ、クロ坊———。わしにそこの可愛い坊やは紹介してくれないのかい?」


「んあ?こいつはベネット———。レイチェルの古い知り合いの孫で訳あって面倒見ることになったんだ。」


クロウがずいっと頭でベネットの背中を小突くので仕方なくおずおずと前へ出るとイザベラが興味津々な顔でこっちへ来いと手招きをするので近くまで歩いていく。

彼女は目の前に来た少年に顔をぐっと近付けるとスンスンと匂いを嗅ぎ始め「若いが才能のありそうな匂いだ」などと呟き、そのまま頭、顔、手、肩と順々に触っていく。


「いくら若い男好きとはいえベネットには手を出すなよババァ」


カチコチに固まったベネットを助けるように近づいてきたクロウはイザベラによりしっしと追い払われてしまい、少年は諦めたような顔で彼女を睨みつけるカラスを見る。

どのくらいそうしていたのだろうか、ようやく手が離すと、彼女はまたうっとりしたような顔で「ほぅ」と声を漏らした。


「お前さん、アルベルトと同じ匂いがするねぇ」


「おじいちゃんを知ってるの!?」


勢いよくイザベラを見上げる少年に彼女はニヤリと笑うと机の上にあった鏡を手に取り、覗いてみろと手渡した。

ベネットは怖がりながらも豪華な装飾のついたそれを受け取るとゆっくりと覗き込み目を見開いた。

不思議なことに自身の姿は映らず、代わりに祖父の顔が浮かんだのである。


「おじいちゃんだ…」


「これは生写しの鏡と言ってな…その人の肉親を映すことができる」


イザベラは少年から鏡を受け取ると上体を起こし椅子深く座り、「そうかい、あの男の孫かぁ———。」と懐かしむようにフードを被り直した。

そして、彼女は少年の両手を取ると何か硬い石のようなものをそっと握らせた。


「ふむ、ベネット———。丁度いいからお土産としてアルベルトの作った装身具をやろう…しっかり握っておれ」


彼女はそのまま少年の手を離し、先ほど持ってきたポーションを机の上に置いてあった水晶玉に垂らした。


”Vilisstir(ウィルスティ)ilpus(リプス) Signuvelum(シグヌウェルム)”

  ———高貴な血を純血で隠したまえ。


イザベラは水晶と少年の手を自身の杖でコツンと叩き、繰り返し呪文を唱えはじめる。

三回ほど繰り返した頃、クロウが「目を瞑っていた方がいいかも知れねぇぞ」と忠告してきたので少年はぎゅっと目を瞑る。

直後、ぱぁぁぁっと部屋が緑色の光に包まれた。


大体10秒くらいだったろうか、イザベラに肩を叩かれたのでベネットは目を開けた。


「これで、野次馬どもの目線は気にならなくなるだろうね」


そういう彼女は少年の手をゆっくり開かせて、黄金色に輝くガラス玉のようなものをつまみ上げた。


カラン———。


彼女が軽く玉を振ると綺麗な音が鳴り響き、少年は驚いてそれをじっくりと見る。



「これは守りの鈴(クストディブルム)と言ってな、所有者の持つ魔力や血などのオーラを隠してくれるものだ」


イザベラはそのまま少年の手にコロンと鈴を置くと「振ってみろ」とイヤらしい笑みを浮かべた。

警戒しつつもゆっくりと手のひらでコロコロと転がす少年———。

すると、カランカランとまた音を立て始め少年はその音色にうっとりしていたが、しばらくするとたちまち鈴の音は小さくなり最後は鳴らなくなってしまった。


「あれ?音が消えちゃった。」


「ベネットのオーラをうまく消せた証拠じゃ」


ベネットの近くまで来ていたクロウはそのまま少年の肩に乗ると上から覗き込むようにその鈴を見て笑う。


「音がまた鳴ることあるの?」


少年は不思議そうに手のひらの鈴を摘むと何度かブンブン振ってみたが音が鳴ることはなかった。

しかし、クロウが嘴で挟み首を振り始めると何故か鈴の音は鳴り始め、次第に耐えきれないレベルの騒音を出し始めた。


「馬鹿ガラス、いい加減その鈴離しな!」


部屋中に、イザベラの怒号が鳴り響きカラスはペッとそれを吐き出す。

真っ直ぐに落ちた鈴は無事ベネットの手の上へ収まり、うるさかった音を徐々に落ち着かせ次第に静けさを取り戻していった。


「今のでわかったろうが、この鈴は持ち主が変わればそれに順応するように呪いをかけ直すのじゃ」


———その証拠に、今はお前さんの手にある鈴はもう鳴らなくなっただろう?

そう言われ、ベネットは鈴を二、三回転がすが、クロウから受け取った直後は鳴っていた鈴がもう鳴らなくなっていた。


「簡単に言えば、鈴の音はお前さんのオーラの音みたいなものだ。その音が小さくなるか聞こえなくなれば呪いは効果があるということになる。じゃが、そこのクロ坊みたいに大きくなる場合もある」


イザベラは少年の手から器用に鈴を浮かせると数回揺らして見せた。

案の定鈴はその音を鳴らし始め、次第に音が大きくなっていく。


「これは、鈴に対して収容できる魔力量が大きすぎるやつにはかえって逆効果になるようにできていてな。悪用防止の意味もあるんじゃ」


「だからあんなに大きくなってたんですね!」


ようやく仕組みがわかりすっきりした表情を浮かべる少年は楽しそうにその鈴を眺めていたが、だんだんと難しい顔に変わっていく。


「どうしたベネット?」


「どうやって持ち歩いたらいいのかわからなくて」


鈴に穴を開けたくはないし、かといって小袋に入れて持ち歩くには落としたり失くしてしまうリスクが高くなる。

どうしたらいいものかと悩んでいると、イザベラが鈴がはめられそうなペンダントを差し出してくれた。


「これに入れて持ち歩くといい、そう簡単にその紐が切れることもないでな」


「ありがとうございます!サベルさん」


ベネットはペンダントを受け取るとそっと鈴をしまい首からかける。

その時、肩越しに「服の中に隠しておけ。サベル婆の物は価値が高い」とクロウが助言してくれたのでもちろんシャツの中に鈴は隠した。


「さ、可愛いレイチェルの弟子に会えたしこれでと言いたいとこだが———。クロ坊、お前さんのそれももう限界なのじゃろう?」


「…日に日に強まってるような気もするな」


クロウは持っていた袋から黒ずんだ金の腕輪を取り出すとイザベラに差し出した。

彼女は受け取るやいなやカラスの足を掴みとても怪訝そうな顔をしてすぐ近くにあった鳥籠に彼を押しやった。


「なにすんっ———。」


「また、呪いを上書きする禁忌を犯したね」


ビリリッ——。

たった一言だったが、彼女がそう声を発すると空気が一瞬にして張り詰め息苦しさを覚える。

少年は急変した彼女に怯えきり逃げ場のない窮地に立たされているような気持ちになる。


「…。」


「レイブン——。」


責めるわけでもなく、訳を話せとそう主張しているのがわかる声色。

それでもクロウは口を開かずじっと剥製のようにどこかを見つめるだけで、ベネットでもこの会話が平行線であることが見てとれた。


やがて、イザベラは折れたのかため息をつくと鳥籠を開けて「寿命を縮めたいなら好きにしろ」と伝えると金の腕輪を手に取りどこかへ行ってしまった。


「悪いなベネット。」


彼も彼で謝罪だけ述べると一切の言葉を発さなくなり、やっと鳥籠から出たかと思えばここで待ってろと残りの瓶を配りに行ってしまい、薄暗い部屋に残された少年はただ心細く隅にあった長椅子で座っていた。


「クロウ…置いてかないでよ」


「なんだい、お前さんはお留守番かや?」


「うわぁっ!!」


ベネットがどうしようかと膝を抱えたとき、タイミングを測ったかのように現れたイザベラはあの冷たく冷えた雰囲気はどこへやら、ケロッとした初対面の印象のままの姿で戻ってきた。


「なんじゃ幽霊でも見たような顔をしよって」


「いや、違くて!あの…そのっ!」


彼女はのけぞって驚く少年をからかうようにわざと悲しそうな顔をすると、ベネットはまんまと引っ掛かり慌てて弁解を述べ始める。


「ケッケッケ———。冗談じゃ、お前さんは喜怒哀楽が激しいんじゃな」


楽しそうに笑い椅子に座るイザベラとは対照的に顔を真っ赤にして恥ずかしがる少年の姿は、成鳥になろうとする雛のようで彼女は愛おしいものを見るように目を細めた。

一方ベネットは初めて自分について言われたことにより、よくわからない恥ずかしさで顔の熱が引かず覚ますように片手でパタパタと仰ぐ。


「ぼ、ぼく——。」


「若いうちはいろんなことで驚いて笑って、それがいいことじゃ——。特にあんたは無理して大人になろうとしすぎなんじゃないかい?」


誰に語るわけでもない独り言のように遠くを見てつぶやく彼女に、少年はお母さんのような暖かさに触れた気がして肩の力が抜け少し鼻の奥がツンとして鼻を軽く啜る。

その様子を見て、彼女はもう一度立ち上がるとゆっくりと少年を抱きしめ「爺さんが亡くなって寂しかったろう。今は奴を思って泣け」と背中をさするので堪えきれなくなった涙は止まることなく少年の嗚咽と共に溢れ続けた。


———うあああああん…おじいぢゃん。

なんで死んじゃうの…置いていかないでよぉ

ぼくひとりじゃ、ぼくひとりじゃ———。


やっと年相応な涙を見せる少年を彼女は「怖かったな」「寂しかったな」と寄り添うようにずっとその小さな背を撫で続け、ときどき母のように苦しそうな表情を浮かべては震える身体をぎゅっと抱きしめる。

そして、部屋の外まで響き渡る泣き声はちょうど戻ってきたクロウにまで届き、彼はただじっと少年の涙が枯れるまで暗い廊下に佇んでいた。


「——ベネット、戻ったぞ」


ベネットが落ち着きを取り戻した頃、クロウはタイミングを見計らってなんでもないような顔で二人の元へ帰ってきた。

部屋に入ると少年は疲れてしまったのかイザベラに膝枕をしてもらいながら長椅子に横たわっていて、その顔は泣き腫らしたのがわかるほど涙の跡や鼻、目元が赤く染まっていた。


「遅かったねぇクロ坊」


「ああ?ババァどうせ俺がいたことわかってただろう」


「さあね」


彼女は優しい手つきでベネットの頭を撫でカラスの言葉をふわふわと交わす。

その表情はクロウ自身も見たことがないほど優しく彼らが親子だと言われれば納得できてしまうほどだった。


「ばばぁ」


「謝罪は聞かないよ。あんたが人型になった理由はこの子で十分わかったからね———金の腕輪は新しく術をかけてある、これで当分進行は遅くなるはずさ。くれぐれも、呪いの上書きなんて馬鹿な真似は…と言いたいが、それはレイチェルに言わないとダメそうだね」


クロウはコクリと頷くと机の上に行き金の腕輪を足にかける。

持ってきた時はあんなに黒ずんでいた腕輪は嘘のように元の色を取り戻し、彫られている紋様や埋められていた赤い石は新品のように輝いている。


「カァ———。」


彼は小さく小さく鳴き声をあげるとたちまち腕輪は眩い光を放ち、彼の足に沿うようにその形を歪めた。


「うまく馴染んだみたいじゃな。———さて、お前さんじゃこの子は持てないだろうからわしが送っていこう」


「サベルの婆さんが…珍しいこともあるんだな」


イザベラは短く笑うとその後は特に何も発さずぐっすり眠っている少年を抱き上げると、彼らの家の方へと足をすすめるのであった。

『レイチェル・ジェンキンスの幽玄』をお読みいただきありがとうございます!


今後の更新は"基本的に週1回(毎週金曜日)"を予定しています。

(※執筆の進み具合によっては、週2回更新になる場合もあります!)


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朱雀るいん

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