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1話後編"年齢不詳の魔女と亡き祖父との約束"

「ま、じょ」


ベネットはレイチェルが発した魔女という言葉に胸がトクンと高鳴った。

想像していたよりも遥かに幼い見た目の彼女は少年とそんなに変わらないくらいの年に見える。


「僕、魔女はもっと年老いたお婆さんなんだとずっと思っていました。でも僕とそんなに変わらないくらいの女の子が魔女なんですね!」


ベネットが思ったことをそのまま口に出すと、二人はポカンとした表情になる。

しかしすぐにカラスはため息をつき少年の目の前まで勢いよく鋭い嘴を近づけてきた。


「おいガキ!お前何か勘違いしているだろうから言っておくが、レイチェルはこう見えて400歳は超えているぞ」


「へ?400歳?」


聞いたこともない年齢の桁にベネットの頭は一瞬フリーズし素っ頓狂な声をあげる。

魔女は長生きするとよく絵本で読んだが、どの物語も精々100歳が限度だった。

それなのに今あのカラスの口からは400歳という言葉が発せられたではないか…

つまりレイチェルはベネットの何百倍も年上だということだ。


「す、すみません。僕とても失礼なことを」


途端に目の前の魔女がとてつもなく恐ろしいもののように見えたベネットは、自分が今カラスに食べられそうな小さなネズミになった気分だった。急にしおらしくなった少年を横目にレイチェルは軽く息をつくとカラスを引き剥がすべく軽く指を振る。

すると、カラスは何かに引きずられるように彼女の元へ戻っていった。


「すまない、このカラスは気性が荒くてな。

こいつの名前はレイブン・ジェンキンス___正真正銘私の弟だ。

本来は人の姿だが、訳あってこの姿になっている。」


今日は一体何度驚けばいいのだろうか、彼女は当たり前のように指一つで魔法を使っていて、ペットだと思っていたカラスも実は魔法使いで彼女の弟だなんて、少年にとっては非日常過ぎて興奮が抑えられなかった。


「カラスの姿に変われる魔法もあるんですか?」


「ん”ん”っ…言っておくがこれを魔法と一緒にするな、呪いだ」


カラスは少年の言葉に不満を覚えたのか、軽くカァと鳴くと彼女の肩から飛び立ち止まり木に移動する。


「ったく、そんな顔してもこれ以上は教えねぇ。それよりも、何か依頼があってここに来たんだろ?」


彼の言葉でハッとしたベネットは自分がおまじないをしてここにきたことを思い出す。

確かに、祖父には何か困った時にと言われていたが、何を依頼しようかなんて考えていなかった。


「あ…えっと」


「お前…まさか何もないのにここに来たのか?」


クロウの声色が少し怪訝そうになる。

少年はとにかく何か言わなければと、言い訳を探すように必死に考える。

しかし、考えれば考えるほどおかしな依頼しか出てこず目線を泳がせ言葉にならない声を発していると、どこか冷たさを含んだ声が耳に響いた。


「その懐中時計を返しにきたのだろう?」


ベネットは機械のようにただコクコクと頷くと差し出された手のひらに懐中時計を置きに行く。

改めて間近で見る彼女の目はどこか冷たさを感じさせ、人形のような陶器の肌が一際浮世離れしたもののように感じさせる。

レイチェルは渡された懐中時計をじっと見つめ、少し下がっていろとベネットに忠告すると懐中時計に手を翳した。



"Memoria(メモリア) Domini(ドミニ), in Evōg(イン エヴォーグ) Meurea(メウレア), Carusia(カルーシア)."

___時の深淵に眠る主人の記憶よ、今ここに目覚めよ



彼女がそう唱えると、懐中時計に嵌め込まれていた7つの石が光り出し空中にベネットの祖父の幻影が現れた。


"久しぶりだなレイチェル

積もる話もあるが、この記憶媒体は古くてあまり長い時間は使えない───早速だがお前さんに頼みたいものがあるんだ…なぁに、そんな難しい話じゃない。

——わしの隠し部屋を見つけてくれ。そこにベネットへ贈るはずのものがある。

すまないがよろしく頼むぞ"


「おじいちゃん!?」


ベネットは驚きの声をあげ不思議な幻影を触ろうと手を出したが、その手は空を切り祖父の体は雲のように跡形もなく散ってしまった。


「すごい…これも魔法なの??」


「…魔法というより、道具に近いな…誰でも扱うことのできるものだ」


彼女はそういうといつの間にか開いていた懐中時計の蓋をパチンッと閉じた。


「さて…お前にもし依頼がないのだとしたら、この老耄の願いを聞き入れることになるがどうする?」


ベネットはごくりと唾を飲む

別段頼みたいことなどなかったためそれでいいと思ったが、彼女の目を見ると不思議と背筋が伸びて簡単に頷けなかった。そもそも少年は夢を見たからこのおまじないをやってみただけで、魔女に本当に会えるなんて思ってもいない。そんな子供心を見越してかレイチェルは別にそう難しい話をしているわけではないと安心させるように声をかけクロウを手元へ呼ぶ。


暫く沈黙があり、少年はぎゅっと手を握りしめるとゆっくりと口を開き始めた。


「僕は…おじいちゃんが僕に見せたかったものを見たいです。だから、お願いします。

おじいちゃんの隠し部屋を見つけてくださいっ!」


肝心なところで声が裏返った、いくらまだ子供でも恥ずかしさで顔にカァァッと熱が籠る。

その様子を見て彼女はカラスと目を見合わせるとフッと軽く鼻を鳴らした。


「契約成立だ。クロウ出かける準備を」


「えっ…今から行くんですか!?」


急過ぎはしないか?とベネットは思ったが、よく考えたらあと1週間弱であの家を出なければいけないのだ。

善は急げ、早く見つかる分にはなんら困ることはないかと目の前で文句をこぼしているカラスの様子をぼんやりと見つめた───。


「ここがお前の家か?ずいぶんボロい家だな」


「ここの街で2番目に古いっておじいちゃんが」


あれから一刻、彼らはベネットの家の前まで来ていた。


「ふむ…あの頃と何も変わらないな」


レイチェルは家の全貌を軽く見回すとそそくさと門をくぐり中に入っていってしまう。


「あ、鍵開けます!って…あれ?」


彼女が扉にたどり着きドアノブを回すと、鍵はかかっていなかったのか…すんなりと扉が開いた。

確かに閉めたはずなのに…とベネットは思ったが、わずかにドアノブにキラキラとした光の粒が見え、なんとなくそれが魔法だと思い納得した。


「しかし、なんだこの家。今にも崩れるんじゃねーか?」


カラスは家に入るや否や、物色するように飛び回るとレイチェルの肩に止まった。

彼女はというと、玄関入ってすぐにある階段下の本棚に目を向け立ち止まりじっとその本を見つめている。


「あの、そこの本に何かあるんですか?」


ベネットはどうしても気になってしまい口を開くと、「隠し部屋を開ける一種の手法だな。」と呟き彼女はそっと手を伸ばし本の順番を入れ替えていった。


"赤い本を3つ左に、青い本を真ん中の段の左から5番目、黒い本を上の段の1番右へ"


最後の本を動かした時、どこからかカチッという音がして目の前の本棚が突然奥に引っ込んでいく。


「すごい…本に出てくるからくり屋敷みたい」


ベネットがそう感心して様子を見つめていると、本棚だった場所に薄暗い階段が現れた。


「…こりゃまた随分と埃臭い」


カラスは面白そうに中へ入ると「エクラテス」と呟き階段を照らしてくれる。


「すごい、次から次へと魔法がでてくる!」


少年は目の前で起きている非日常の出来事にワクワクが止まらない。

ふわりと現れた光の玉へ近寄りじっと見つめるとクロウが触ってもいいぞと手のひらに乗せてくれた。


「暖かいですね??」


ベネットの手のひらから少しはみ出るくらいの大きさのたまは仄かに暖かく、どこかほっこりとした気持ちになる。


「それは精霊を使ってるからだな」


「精霊?」


クロウは少年の疑問に答えるように分かりやすく答える。


「まー、簡単に言えば妖精になれなかった奴らだ。姿形は見えないが存在は確認できる。」


「う〜ん?」


ベネットにとって聞き馴染みのない話すぎてイマイチ理解しきれなかったがレイチェルが後ろから「わからなくて当然だ、機会があれば教えてやろう」と言ってくれたので来るか分からないその日を楽しみにしておこうと思った。


日が暮れるまでそんなに時間がないと3人は先に進むため、薄暗い階段を下りていく。

階段は意外と狭く急で、最下段には人が2人入れるかくらいの狭さしかない。

ベネットは階段を下りきると、突然この家に似合わない彫刻の壁を手を掲げて照らした。


どうやらそれは壁ではなく扉で、重々しい雰囲気のそれに少年は怖気付いてレイチェルの後ろに隠れてしまう。


「これが隠し部屋?」


「おそらくな」


彼女はそういうと何の躊躇もなく扉を開け放つ、あまりの思い切りの良さにベネットは思わず目を瞑り彼女のドレスの裾を握った。


〜♩


歯車の回る音が聞こえやがてどこからか可愛らしいオルゴールの音が響き出す。

少年は恐る恐る目を開けると、2体の木彫りの人形がクルクルと部屋中を回っているのがみえ、思わず感嘆の声をこぼし前へ歩み出た。


「わぁ…」


部屋全体が舞台のように、人形たちは華麗なダンスをみせ、やがてオルゴールの音が止まると中央でポーズを取って止まる。


「…ベネットの爺さんはこれを見せたかったのか?」


クロウは機械の音が完全に止まったことを確認すると、部屋の中へ飛んでいき人形の周りを飛び回りまじまじと観察する。

ベネットはというと、中央で止まる2体の人形に見覚えがありじっとその顔を見つめていた。


人形はウェディングドレスとタキシードを着ていて、まるで2人の愛を育むかのように向かい合い手を取りあっている。


「レイチェルさん、これは一体なんですか?」


「おそらく、呪術式の機械人形だな」


レイチェルは淡々とそう告げる少年の隣にやってくる。

少年は彼女を横目に見ると、その目でどこか見透かされるような気分になり何もしていないのにスっと背筋が伸びる。


「それにしても、この機械人形よく出来てんなー」


そんな雰囲気を壊すように腑抜けたカラスの声が部屋に響く。

彼は人形の頭あたりに止まると新郎のポケットをまじまじと見始めた。


「おい、これ……なんか挟まってるぞ」


二人は吸い寄せられるように人形の近くまで歩いていく。

そして言われた通り人形の胸ポケットをよく見てみると、確かに手紙のようなものが挟まっていた。

彼は器用にくちばしでそれを取り出しベネットに差し出す。


「…さいあいのまご(最愛の孫)、ベネットへ?……これはおじいちゃんの手紙?」


"最愛の孫ベネット

こんな形で見せる事になってすまないな。

お前は覚えていないだろうが、大昔にお母さんとお父さんの姿が見たいと言っていただろう?その時の約束を果たそうと思ってな…


この人形は、わしがお前の両親の結婚式を再現したものだ。

残念だが動かせるのは1回のみ…いや、もしかしたら彼女なら、あの子なら出来るかもしれない。

それはそうと、人形はこのまま土に還るように出来ている。見れるのも今のうちだからじっくり見ておくれ。


最後に、ベネットが大人になるまで一緒にいてやれなくてすまない。"


祖父が最後に残してくれたものは、ベネットにとってとても暖かくそして寂しいものだった。

彼は祖父の手紙を大事にしまうと、帽子を深く被り俯き両手を強く握りしめる。


そんな様子を見て、彼女たちはそっとしておいてやろうと少年を一人部屋に残し元の部屋に戻ることにした。


「あいつこれからどうするんだろうな」


戻る途中、彼は少年の後ろ姿を思い出していた。

初めは年のわりにしっかりとした物言いと立ち振る舞いだと思っていたが、ああやってみるとまだ幼い子供なのだと実感する。

それでも声を上げて泣かなかったのは十分に彼の強さが窺えた。


「さあな、そんなこと老ぼれに直接聞けばいい…」


「あ?何言ってんだ?」


意味深な言葉に耳を傾けていたクロウは階段を登り切った先で動かなくなった彼女にぶつかってしまう。

すまねぇと声をかけようと彼女を見るとその目はとても冷たく金色に輝いており、どこか楽しそうに不敵な笑みを浮かべていた。


「レイ…その顔」


嫌な予感がして、彼は咄嗟に階段から抜け出し廊下へ飛び出す。

それと同時くらいに彼女が本棚に手を翳したその瞬間、家中がガタガタと揺れだし一冊の本が飛び出して来た———。


「……クロウ、ベネットの様子を見てきてやってくれないか?もしかしたら今ので下が崩れたかもしれん」


「チッ…それを見越してから行動してくれ」


クロウは舌打ちをするとまた暗闇の階段へ消えていく。

残った彼女は飛び出してきた本を手に取ると軽く表紙の埃を払った。


”精巧に描かれた魔法陣が刻まれた表紙”


誰がどう見てもそこに魔法がかかっていることは見て取れ、彼女はそれを鼻で笑い「面白い」と呟くと腰のベルトから小瓶を取り出し、その液を1滴その本に垂らした。


すると魔法陣をなぞるように光が徐々に現れ、彼女の手を離れて浮かび上がると自力で本のページをめくりポワンっと老人の幻影が浮かび上がった。


「久しいなレイチェル」


「…やはり死んでは無いのか老耄」


彼女は目の前の老人を怪訝そうに、でも何処か懐かしそうに見つめる。

老人は、目を細めひょっひょっと笑うと自ら本を浮かし近くの机へ着地した。


「そう嫌な顔をするな、元々そういう契約だったのだ。まぁ、からくり屋敷の管理など引き受けるのではなかったなと思っておる」


「だから、お前は阿呆なんだろう。

で、なにか用事があったから私にだけわかるようにここへ呼び出したのだろう?老耄」


老人は「ふむ」と声を漏らすと長い顎髭をするりと撫でて口角を上げる。


「お前さんに頼みたいことがあるんだ……もちろんタダでとは言わない」


「断る」


不機嫌オーラをひしひしと身体に纏わせ即答する彼女に老人はやれやれと肩をすくめると、まるでさっきのやりとりがなかったかのように一つの石を取り出し喋り出した。


「ベネットの面倒を見て欲しい…あの約束をここで使いたいんだ。

もちろんそれだけとは言わぬ、この石も差し出そう。」


彼女は老人が投げてきた石を受け取り、それをじっと見つめる


「とある魔女の家で見つかったとされる石じゃが…どうやら何かが封印された痕跡があるんじゃ。お前さんはそういうのが好きであろう?」


楽しそうに笑う老人とは反してさらに眉間の皺を深くして嫌そうな顔をするレイチェル


「約束といい、この石といい…お前は断れないことをいいことに好き勝手をしてくれる」


彼女は諦めたようにため息をつくとどこからかペンを出現させ近くの椅子にドカッと座った。


「それで、契約書は?」


老人は彼女が断らないとわかると、どこかホッとした表情を浮かべると同時に申し訳なさそうに眉を下げ「すまんな」と笑い、1枚の紙を出現させ彼女の前へ飛ばした。


「…あれからもう100年近く時が経ったか…?この契約書はお前さんがサインをしてくれたら結ばれる。くれぐれも内容だけは確認しておくれ…」


「読まなくてもお前みたいなお人好しは、私に理不尽な契約は持ちかけない。」


彼女は指先でペンを動かし名前を書き記すと紙は燃え上がり塵となって消える。


「あとは頼む。なぁに、再会までそんなに時間はかからないはずだ」


老人もそれだけ言い残すと雲のように消えていった。

残された彼女は誰もいなくなった廊下で頬杖をつき、先ほどもらった石を片手に考え込む


「まったく、いくつになってもあの老耄の考えることだけはわからん」


やがてレイチェルお手上げだと石をパッと手元から消して立ち上がると、タイミングを見計らったように下からバサバサと翼が動く音と、小さな靴音が聞こえてきた。

どうやらクロウとベネットが戻ってきたらしい。


「おい、ベネット!!いつまで泣いてんだ…いい加減泣きやめ」


「だって…おじいちゃん僕のことを…うぁぁん」


「だから…ックソ…ほら涙拭け!!」


彼らはいつの間に仲が縮まったのか並んで現れ、ベネットがベソをかいているのをカラスが宥めるという側から見たら奇妙なやり取りを繰り広げていた。


彼女は幼い少年にとって今日の出来事はとても重たいものになるのではと心配をしていたがそれは杞憂だったらしい。

泣きながらも笑顔で「お父さんとお母さんに会えた!」「綺麗だった」「おじいちゃんは凄い人なんだ!」と語る様子を見てふっと笑みが溢れる。


「ベネット…」


「はい?」


名前を呼ばれ素っ頓狂な顔で少年はレイチェルを見上げる。


「お前の爺さんと昔、とある約束を交わしていてな…」


「けいやく?」


なんの話だろうかと首を傾げるベネットに彼女はどこか言いにくそうなドギマギした顔をする。


「……ベネット私の弟子になる気はあるか?」


「…」


ベネットは黙り込みじっとレイチェルの目を見つめる。

……初めは動揺からか瞳がゆらゆらと揺らいでいたが次第に目をキラキラと輝かせると「なりたいです!!」と満面の笑みで頷いた。


こうして晴れてベネットはレイチェルの弟子となったのである。


しかし少年はまだ知らない───。

この日交わした返事が、少年の人生を大きく変える最初の一歩になることを。


唯一人間と接点のある魔女とその弟子___


奇妙で騒がしく、それでいて少しだけ温かな日々が今まさに始まろうとしていた。


『レイチェル・ジェンキンスの幽玄』をお読みいただきありがとうございます!


今後の更新は"基本的に週1回(毎週金曜日)"を予定しています。

(※執筆の進み具合によっては、週2回更新になる場合もあります!)


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朱雀るいん

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