1話前編"この街に魔女はいる?"
「今日はりんごひとつしか取れなかったな…おじいちゃん僕はこの先どうしたら──。」
少年ベネットは1人ベッドの上で縮こまり、寒さと飢えに耐えていた。
春が訪れ始めたとは言え夜はまだ少し冷え込む。
両親は彼が生まれた直後に他界してしまい、唯一の肉親であった祖父も3日前に息を引き取った。
その結果、手元に残ったのは両親が抱えていた多額の借金だ———。
まだ9つになったばかりの彼は一夜にして家族も行く宛も失ってしまったのである。
「会いたいよ…おかあさん」
そんな彼に、神はそれだけでは飽き足らないのか住む家すら奪おうというのだ。
つい先日──
借金取りに家を1週間で開けろと言い渡されていたことをおもいだし、これじゃ絵本に出てくる魔女の話と変わらないじゃないかと途方に暮れながら落ちていく意識のなかに沈んでいった。
その晩、彼は懐かしい夢を見た。
__ベネットや、この街に魔女がいたのは知っているかい?
「うん、知ってるよ!今もどこかにいるんでしょ?」
__ああ、そうだね
「もしかして、おじいちゃんは会ったことあるの?」
__あるぞ、おじいちゃんは魔女と知り合いだからな
「おじいちゃん凄い!僕も会える?」
__おや、会ってみたいのかい?
「うん!」
__なら、この言葉を覚えておきなさい。
"Nŏva lūna,vīa apĕritur."
___新月の夜、道は開かれる。
__このおまじないを新月の夜に3回唱えるんだ。そうしたら翌朝手紙が届く、あとはそこに記されたとおりに動きなさい。
「そうしたら魔女に会えるの?」
__会えるさ。でも、これだけは覚えておきなさい。このまじないは何か困り事や悩み事がないと成功しない。だからベネット、何か助けが欲しいと思った時にこれを試しなさい。きっと助けてくれるさ。
「うん、わかった!」
———カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ましたベネットは、先ほど見た夢を思い出していた。
これは彼が5歳の時の記憶だ。絵本の中にしかいないと思っていた魔女が存在するかもしれないという衝撃は今でも強く記憶に残っていた。
「子供騙しで迷信だ」と片付けたくなるが、まだ幼い彼にとってこの夢は藁にもすがる思いで試したくなってしまったのだ。ベネットは早速行動に起こそうと手始めに昨夜の月を思い出す。
「確か昨日の夜は…月齢29だったから———
!!……今夜は新月だ!」
彼は月の年齢について祖父から教えてもらっていたことが役に立ったと心の中で感謝した。
こうもラッキーが続くと本当に魔女に会えるかもしれないと言う期待は高まるばかりで、ベネットはこれから起こるかもしれない不思議な体験に胸を躍らせながら夜を待った。
──その晩
窓の外で轟く雨をみてベネットは落胆していた。
「はぁ…これじゃ魔女に会えない……」
月はもちろん星も分厚い雨雲に隠され、まるで魔女なんていないと否定されてる気さえする。
彼は鼻の奥がツンとするのを必死に堪え、次に来る新月に期待を込めて眠ることにした。
「おまじないの言葉は確か…」
"ノヴァ ルーナ・ヴィア アペリトゥル"
きっと成功はしないけど、唱えただけでもなんか不思議な体験をしている気がして胸が躍る。
彼は教えてもらった通り3回おまじないを唱えると、ゆらゆらとゆらめく蝋燭の灯りを消しベッドに潜った。
──翌朝
いつもより早く目覚めたベネットは、心なしかよく眠れた気がした。
ベネットは軽く欠伸をするとベッドから飛び起き、逸る思いでポストを覗きにいく。
「──あった。おまじないが成功したんだ!」
少年は少し古びた封筒をポストから取り出すと、魔女に会えるかもしれない嬉しさで手の中にある差出人のない不思議な手紙を胸にギュッと抱えて足早に家に入った。
「見た目は普通の手紙に見えるけど…」
ベネットは小さな手で見たこともない模様のシーリングワックスを丁寧にヘラを滑らせて剥がしていく、気になる封筒の中身は──。
「これ羽?手紙にはなにも書いてない…」
入っていたのは、真っ黒の羽と羊皮紙。
おまじないはやっぱり失敗だったのか?
と肩を落とした矢先、黒い羽が少年の手から離れ紙の上を勝手に滑り出した。
「わっ…すごい!!羽が勝手に動いてる!」
「えっと……しんあいなる…ベネットさま」
完成した手紙にはこう書いてあった。
"親愛なるベネット様
ウォーレント街ベールウィンストリート
4丁目5番地
左下から3番目の赤い扉にてお待ちしています。
※ドアは6回叩いてドアノブを左に回してお入りください。"
「本当に魔女はいるんだ…くぅぅっ!!」
ベネットは胸の高鳴りを抑えきれずに軽く足踏みすると、指定された場所へ向かうべくドタバタと準備を始めた。
そういえば、この前見た夢には続きがある…。
__ベネット、もし魔女に会いにいくことがあるならこれを持っていってくれないか?
「これは何?」
__懐中時計だ。なあに、魔女に返すと約束したんだ
「すごい!本当に知り合いなんだ!わかった!これを持っていけばいいんだね?」
__ああ、頼んだよ。ベネット…
「えっと、確かこの辺に…あった、これだ!」
祖父に頼まれた懐中時計は階段の下にある本棚の中で保管している。
少年はガサガサと本をどかし、奥の方にある本型の箱を抜き取ると軽く埃を払って蓋を開けた。
カチャリ──。
「この懐中時計を本当に持ってく日が来るなんて……」
そっと取り出した懐中時計には7つの石が嵌め込まれており、どこか怪しげに煌めいている。
「あの時はただ綺麗だと思ったけど、今見ると少し不気味…」
ベネットは少し身震いをすると、首を横に振りショルダーバッグに時計を入れて手紙に書いてある場所へと向かった。
──指定された場所までは意外と近くベネットの足でも小一時間ほどでついた。
「近くにこんな場所あったかな…」
手紙に書いてあった"左下から3番目の赤い扉"という文章に違和感があったが、いざこの場所についてみると納得できた。
ここ、ベールウィンストリートは建物が階段上に連なっている場所なのである。
つまり、3番目の赤い扉というのは下から3段目の左側の家という意味になり──。
「ここだ…」
"赤い扉にカラスの叩き金"
周りの建物と比べても少し異質な雰囲気を放つその家にベネットはおそれをなしたが、意を決してごくりと喉を鳴らすと恐る恐る叩き金へと手を伸ばした。
「えっと…たしか叩くのは6回」
トントントン
──トントントン
「お、おじゃまします…」
ドアはギィ…と歪に音を立てまるでこちらを招くかのように背中から風が吹きこむ。
その風に押されるように足を進めたベネットは、外壁から想像もつかないほど古びた書斎のような部屋に目を奪われた。
──棚に入りきらない本の山
アンティーク調の綺麗な彫りが入った机
部屋に似合わない王座のような椅子
そして、机のそばには止まり木に掴まるカラスの剥製が置かれていた。
一言で言えば廃墟のような、不気味すぎる雰囲気に怖気付き帰ろうかと思ってしまう。
それでも、これを逃したら魔女に会えないかもという気持ちがベネットを奮い立たせ、少年は竦む足をパンッと叩くと意を決して机のほうに向かい足を踏み入れた。
──コツコツと歩く音だけが響くこの場所は魔女がいるどころか人の気配すらない。
あまりにも何も起きないので、間違えたかとドアのほうに振り向けば全面が本棚になっていて、出口はなくなっていた。
ベネットは焦り出口をキョロキョロと探すと、カラスの剥製と目があったような気がした。
「このカラス…本物みたいだ」
まるで今にも動き出しそうな艶やかな羽に、黒々とした目。
まだ9つのベネットにとってこれほどリアルな作りなら触りたくなってしまうもの…
彼は恐る恐る手を伸ばし、その羽根に触れようとしたその時──。
「だああ!!!触るな!俺はガキだけは苦手なんだ!!」
剥製だと思っていたカラスが突然動き出したのである。
「うわあああ!!!」
あまりの驚きに尻もちを着くベネット
カラスはそんなのお構いなしと、少年の前まで詰め寄ってきた。
「チッ…たく、なんだお前?なんでここに来れた?」
「し…」
「し?」
少年は口を魚のようにパクパクとさせて目を輝かかせ始める。
なにか嫌な予感がしたのかカラスは咄嗟に飛び退くと、ベネットは体を振るわせ大声で叫んだ。
「しゃべった!!!カラスがしゃべった!!」
目の前で起きてることに驚きとワクワクが隠せないベネットは驚いて尻餅をついた体を起き上がらせると、カラスの周りをぴょんぴょんと跳ねて回った。
「くそっ…これだから嫌なんだ。悪いがここはお前のようなガキが来る場所じゃねえぞ、さっさと帰れ」
カラスは面倒臭そうに少年の背中をグイグイと頭突くと、いつの間にか出現したドアの前まで押していく。
「ま、待って!僕はこの手紙に書いてある場所に…っあ!」
ガチャン__
ベネットは焦ってショルダーバッグから手紙を出そうとしたがその際に懐中時計が落ちてしまった。
しかし拾おうにも話す間すら与えてもらえないうえに、思ったより力強い力で外に押し出されそうになってしまう。
「話をきいてっ!僕はちゃんとおまじないをして_____。」
このまま追い出されればきっともうここに来ることはできない———
そう感じたベネットは、なんとか懐中時計を拾おうとして手を伸ばしたその時———。
____”クロウ”
どこか背筋が伸びるような凛とした声が部屋に響き渡った。
一瞬にして静まり返った部屋はまるで時間が止まったように感じ、動くことができない。
「チッ…レイチェル」
カラスは力を緩め、先ほどの声の主の方へ向き直る。
「お前、私に会いにきたお客人を無礼にも追い出すつもりか?」
「あ?…客?このガキがか?」
「ああそうだ。その少年が落とした懐中時計にお前も見覚えがあるだろう?」
ベネットはその声にハッとしてようやく動き出す。
少し先に落ちている懐中時計を拾い起き上がると、何度見ても空間に合わないあの王座のような椅子に青緑色の目をした金髪の少女が座りこちらを見ていた。
「おいガキ、その時計どこで手に入れた?」
「へ?これは魔女に返してくれっておじいちゃんに頼まれて…」
彼女はそれを聞くと少し神妙な顔つきになり顎に手を置き何かを考え始めた。
「お前、名前は?」
「ベネットです。ベネット・ヘンダーソン」
名前を聞くや否や納得したのか彼女は顎から手を離しベネットを見据える。
「やはり、あの老耄の孫か」
「お、おじいちゃんのことわかるんですか?」
祖父を知っているような口ぶりに少年は思わず前のめりになる。
「…古い知り合いだな」
彼女はその見た目に似合わない意味ありげな表情を浮かべると、人差し指を軽く曲げカラスを肩に従わせた。
「愚弟が随分と粗末なおもてなしをしてしまったみたいだな。
…私の名前はレイチェル・ジェンキンスお前の街で言う魔女だ。」
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朱雀るいん




