4話後編”アルベルト・ヘンダーソン”
「いいですか?つまり、古代語の基本的な文法は———。」
「ベネット、機巧は多少の魔力を使って作業をする部分があるのじゃ。少し難しいが魔力の使い方や、コントロールについても学んだ方が良いな…」
あれ以来ベネットは本格的に古代語と臨時機巧師の勉強が始まり、目が回るような忙しさにヘロヘロになっていた。
目が覚めていきなり、レイチェルに「あと二ヶ月で古代語を学び、機巧師の技術も取得してもらう」と言われた時は顔面蒼白になりそのままベッドへ逆戻りしたことを部屋に戻りながら思い出していた。
「後一ヶ月と三週間…。ティアもサベルさんも優しく教えてくれるけど……」
自室の机に積まれた山のような教材はまだほとんど減っておらずベネットは見るだけで頭痛を覚えた。
「僕、おじいちゃんみたいになれるのかなぁ」
あの日、目が飛び出るような話を聞かされてから、ベネットはずっとそのことが頭を埋め尽くしなんとなく勉強にも身が入っていないような気がした。
遡ること一週間前
———「に、二ヶ月ですか!?!?そ、そんな…」
「安心しろ、授業は古代語をティア、そして機巧をサベルが担当してくれる」
全く安心できるわけがないだろう———。寝起きの少年は目の前で淡々と話を続けるレイチェルをキッと強い眼差しで見つめてみたが、それに気づいた彼女はフッと鼻で笑うだけでそれ以上のことは言わずに説明を続けるので肩を落とした。
「———つまりだ、弟子として初めての仕事になるな」
「弟子……初仕事…!」
ベネットは聞きなれないこの単語にさっきまでの不安は何処へやらパァァっと明るい顔になると「僕でも役に立てることがあるんですか?」と顔を上げた。
彼女はあまりにも元気よく顔を上げてワクワクを隠せない少年の顔に犬みたいだなという感情を覚えたがすぐに思考を打ち消しティアに説明するように指示を出すと自身は椅子に座り本を読み始めた。
「ベネット様にやっていただきたいことは次の二つです。」
ティーリアはテーブルのほうでお茶をお出ししますねと言うと椅子を引いて少年を椅子に座らせ二人にお茶を入れると説明を始めた。
———まず一つ目はお母様、レイブン様のご実家…本邸宅におります、クロネというメイド式ホムンクルスの修理とメンテナンスです。
そして二つ目は、レイブン様にかかった呪いの解読、研究ですね。
流れとしてはこうなります、明日以降ベネット坊っちゃまには古代語を二ヶ月で習得。そして、並行して機巧技術——といっても基礎と修理に必要な工程のみですが、こちらを三ヶ月で習得していただきます。
その後、クロネのメンテナンスを行い彼女と共にレイブン様の呪いについて解読、研究をしていくという流れです。
わからないことはございますか?
「僕は、人間なので魔法は使えないですよね…?どうやって修理とかメンテナンスをするんですか?」
ベネットにとって、自分が寝ていた間の記憶などあるはずもなくごもっともすぎる質問だった。
一瞬ピシッと凍りついた室内に少年はまずいことを言ったかと焦ったがそんなことはなく、レイチェルはゆっくり本を閉じると一枚の紙を出現させベネットの前へ滑らせた。
「えっと…」
「読んでみろ」
そう言われて、机の上に置かれた紙を手に取ると衝撃的な見出しが目に飛び込んできた。
———天才機巧錬金術師”アルベルト・ヘンダーソン”の裏切り
「おじいちゃん!?裏切り???」
この記事の内容はこういうものだった。
[機巧錬金術師として名を馳せていた”アルベルト・ヘンダーソン”が魔導士界の禁忌ともされる行為、人間界への接触が確認された。
動機は自身の娘に降りかかった特異体質の解明とされているが、複数回に渡り足を運んだ形跡、そして数日前から妻”————・ヘンダーソン”の行方が分からなくなっており人間界に逃亡したかと思われる。我々魔導士協会では本件をとても重く見ており、現在拘束中の彼への処遇についてこれから話し合っていくつもりである。
また、妻”————・ヘンダーソン”においても指名手配書を発行。早めの身柄拘束を試みている。]
少年は深刻すぎるその内容に、幼いながらも人間に関わることにおけるリスクをひしひしと感じていた。
そして何よりも、自身の祖父母、また母が魔導師であることに頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け心臓がドクンと高鳴った。
「お…じいちゃんが…魔導…師?」
信じられないという表情で固まる少年にティーリアもかける言葉がないのか何も言わずに佇む。
しかし、レイチェルだけは目を逸らして事実だけを淡々と語り続けた。
「今の記事を読んでわかったろうが、お前の祖父は指名手配犯だ。そして、ティーリアとクロネの依代を作った機巧師でもある」
「きこう…し…」
フリーズしながら単語を機械のように復唱するベネット。
心の中はぐちゃぐちゃだった、今思えば祖父は身体中傷だらけで、片目は義眼だった。
当時は一部の人間に祖父は不当な扱いを受けたりしていたのでその時に怪我をしたのだろうとばかり思っていたが、もしもそれが魔導師界で起きた裏切り事件の代償なのだとしたら…何も言わずに自分の不注意だと困った顔で笑う祖父の表情に納得が行った。
さらに表情を暗くし、俯くベネットは思い返せば返すほど不自然なことが多くギュッと拳を硬くする。
「お前の祖父は何も悪いことはしてない、今はこれしか言えないがな」
レイチェルは続けて「伝えてやりたいことは山ほどあるが、こちらも魔導師や人間を恨むようにはなってほしくない…ゆえに分別がつく年齢までは伏せさせてもらう。」と言葉に出したが少年が何をどう感じているのかわからない以上どうしていいのかわからないのが現状だった。
そのままそこにいた全員が何も喋らなくなり室内はズーンとした重い空気が漂った。
レイチェルの本のページを捲る音や、ティーカップを置く陶器の音。
そして、秒針が変わらず時を刻む中、ようやくベネットが暗い顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕、何が悪いとかわかんないです。でも、レイチェルさんもティーリアさんも好きです。もちろん、クロウもサベルさんも…」
———だから、いつか僕におじいちゃんのこと全部教えてください。
少年のまっすぐな目は迷いなんてものが一つもなく、その紫色の目はアメジストのように輝きを見せていた。
レイチェルはその目をじっと見つめると突然何かを口に出した。
「———レイ」
「へ?」
ベネットは一瞬間抜けな顔になり慌てて背筋を伸ばすと次の言葉を待つ。
「私のことは”レイ”と呼べ。もちろん”さん”などつけなくていい」
突然のことに反応が遅れた少年は段々と少し青ざめた顔になりオロオロとしだした。
「そ、そんな!!でも…あの!!」
焦りすぎて椅子から立ち上がったベネットは手をバタバタと動かす。
レイチェルは少年の姿を見てクロウみたいだなと思うと自然に笑みが溢れ出していた。
「フッ——。もう我々ジェンキンス家の一員なのに敬称をつける方がおかしいだろう」
「……はぃ」
初めて見る彼女の微笑みはそれはそれは優しく綺麗で、ベネットは見とれるように彼女を見つめ、ティーリアに関しては持っていた布巾を落とし、感動しているようなうっとりしたような表情で立ち尽くしていた。
「———んんっ。」
短い咳払いでハッと我に返った二人はレイチェルをもう一度見ると、彼女は「そこまで見つめられるのは慣れていない」とほんのわずかだが頬を赤く染めて目線を逸らした。
「すみません!」
「別にいい」
そうは言うものの、本当にこういう状況に慣れないのがわかる少したどたどしい彼女の反応がとても新鮮で親近感を覚える。
ティーリアも同じだったのか、落としていた布巾を拾うとニコニコとした笑顔を浮かべ少年の横まで歩みを進めた。
「お母様のそのような反応は、私も初めて見ました。よほど坊っちゃまを気に入ったのですね」
思わぬカミングアウトにベネットはびっくりしてティーリアを見るが、彼女はそれ以上言及することはなく代わりに「それと、私のことはティアとお呼びくださいませ。ベネット坊っちゃま」と少年の頭を一撫でした。
「レイ…ティア…」
蚊の鳴くような今にも消え入りそうな声だが、練習するようにつぶやいたベネットに二人はしっかりと気づいたのかそれぞれ反応を示してくれる。
ここにきて約三日何となく居心地の悪かった空間は少しずつ安心ができるものに変わろうとしていた。そして、それと同時にベネットにはとんでもない激務の日々も待ち受けているのである。
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朱雀るいん




