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第46話 知らない校舎

 酒呑童子を先頭に、翔、朔夜の順番で校舎内に入る。そして、校舎外での緩い空気が嘘のようにピリピリとした緊張感が漂っていた。

 校舎内がまるで迷路のように作り替えられていたのだ。真っ直ぐのはずの廊下が入り組み、教室があった場所には壁がある。

 先程までは、確かに視界が赤く染まっている以外は見慣れた校舎だった。しかし、それは見る影もない。


「境界が天邪鬼に馴染んで、異界と化してるな。人を嘲笑う小物感がわかりやすい」


 変わり果てた校舎に驚愕していた翔の耳に酒呑童子の呆れた声が届く。思わず、意味もなく朔夜を見る。自分と同じく困惑している事を期待した。しかし、朔夜は特に表情も変えず、スカートに刺していた扇子と神楽鈴を引っ張り出していた。

 今更だが、ジャージを履いてるとはいえ、スカートのウエストに物を刺しているのはどうなんだろうと翔は思わず現実逃避してしまう。


「境界の応用なら、破壊できるかもしれない。下手に迷路で分断されるより試す価値はある」


 朔夜は全く翔を気にせずに酒呑童子を見る。


「天童。神楽を舞っている間は僕は無防備だ。周りは任せたよ」

「おう。任せろ」


 朔夜は酒呑童子に頷くと扇子を開く。そして、少し考えた様子を見せてから翔を見た。


「稲荷、天童からあまり離れないように気をつけて」


 朔夜はそう伝えると異界となっている廊下を見据える。そして、右手に扇子。左手に神楽鈴を持ち、手首を動かして上下に動かしながら、鈴を鳴らす。

 シャランと鈴の澄んだ音色が空間にこだまする。

 

 そのまま朔夜は右足を前へと滑らすように動かした。それと同時に扇子を仰ぐ。

 独特な動きに翔は思わず目を奪われた。


「ほぉ、噂には聞いていたが、流石だなぁ」


 斜め上から酒呑童子の感心する声が聞こえてきた。翔は朔夜から視線を酒呑童子へと移す。

 視線を感じたのか、酒呑童子も翔の方を見て、ニヤリと笑う。


「境界の管理人はな、神楽の奉納によって狭間の隙間を修復する。神楽の出来によって空間への干渉力が変わる。ゆう曰く、朔夜の神楽は歴代でも上位らしいぞ?」

「そうなのか……?」


 翔はもう一度視線を朔夜に戻した。確かに流れるように舞っている朔夜は綺麗に思えた。


 そして空間にも変化が現れた。迷路となっていた廊下や教室があるはずだった場所の壁が歪む。しかし、元通りになるわけではない。

 地面さえも歪んでいると感じる。ぐにゃぐにゃと動いているんじゃないかと思った。翔は立っていられなくなり、座り込む。視界が歪んで気持ち悪さも覚える。


 隣の酒呑童子も、少し離れた前方で神楽を舞っている朔夜も全く影響を受けている様子はない。これが場数の違いなのかと翔は考える。しかし、座っていても視界が揺れる。立ち上がれる気はしない。

 翔はそのまま、目の前で起こる変化を見ていることしかできない。


 朔夜が舞う。壁や床、天井が歪む。見えている景色が迷路と普段の廊下と瞬時に変化を繰り返す。脳が、現状を処理するのを拒否した。だから、翔は変化する背景ではなく、朔夜の神楽にだけ集中する。

 少しだけ、気分が良くなる。平衡感覚は戻らないが、心は落ち着いてきた。


 翔は無理に立ち上がることを諦める。その様子を見ていた酒呑童子は笑った。


「境界の歪みに慣れてねぇな。まあ、今後もこっちの世界に身を置くなら、そのうち慣れる。それに、朔夜と比べようと思うなよ?」

「……?」


 酒呑童子はどこか揶揄うように楽しそうだ。翔は発言の意味がわからずに彼を見る。それだけで聞きたいことがわかったのだろう。周りを警戒する様子もなく、酒を煽りながら疑問に答えてくれた。


「朔夜は捨て子らしい。さらに、霊感の強さからゆうが早めに目をつけた。だから歴代の管理人の中でも1番、現世()との関わりが薄く、隠世(俺達)との関係が深い。だから境界の歪みには慣れっこなのさ」

「……」


 翔は言葉を失った。朔夜が捨て子だったという事実以上に、人への興味のなさの理由がわかったからだ。自分が和也と馬鹿をやっていた幼少期から、朔夜はこんな宿命を背負っていたのかと。少し朔夜の性格の理由が納得できた気がした。


「この件に関わって、これからお前がどうするかは知らない。まあ、俺は別にこっちに来るのも歓迎だがな?」

「……今、そんな話をしてる場合か?」

「ふっ、俺をあんまり舐めるなよ? 会話の片手間に気配察知ぐらいできる。今は、俺ら3人以外この周辺にはいない」


 緊張感を奪う酒呑童子に、翔は緊張の糸を切らさないように尋ねる。すると酒を煽りながら酒呑童子は楽しそうに笑いながら言葉を紡ぐ。そこには慢心ではなく、絶対的な自信が溢れていた。

 その様子に少しだけ翔は緊張を緩めた。そして、握っている銃に視線を向ける。銃の照準を合わせ、引き金を引くには緊張感は必要だ。だが、緊張のしすぎも体をうまく動かせなくなる可能性があることに気づいた。小さく何度か深呼吸をする。


「まあ、この話はこの件が片付いたらまた聞くから考えとけよ。俺の屋敷に招待してやる。……もうじき終わるな」


 楽しそうな酒呑童子は酒瓶を持った手を振る。すると酒瓶がどこかに消えた。そして、翔の右腕を持ち強制的に立ち上がらされた。


「は?」


 思わず、間抜けな声が口から溢れた。しかし、すぐにその理由がわかった。


「境界からの侵略は認めるわけにはいかない」


 凛とした朔夜の声が響く。翔は思わず、朔夜を見た。すると、ちょうど扇子を閉じ、それぞれの端を両手で下から掬うように持ち、一礼した。


 その途端、パリンと音がする。


 先程、教室の外で聞いたのと同じ音だと翔は気付いた。それと同時に一瞬視界が歪む。思わず、酒呑童子に腕を掴まれた状態で翔は目を閉じる。

 そして、目を開けた瞬間、そこは見慣れたいつもの校舎の1階だった。


「陽動したかったのかはわからない。でも、とりあえず3階に行くよ」


 神楽を舞い終えた朔夜は先程と同じように扇子と神楽鈴をスカートに挿し込む。そして、翔と酒呑童子を見ていつもの無表情で指示をする。

 酒呑童子は翔がしっかり立った事を確認すると、腕を離す。


「そうだな。とりあえず、天邪鬼を見つけないと何も出来ないからな」

「そう。これ以上、無駄なことはやめてよ」


 朔夜と酒呑童子は軽口を叩きながら、翔を見る。2人ともどうするか確認しているようだ。翔は拳を握りしめる。そして覚悟を決めた。


「行くに決まってんだろ!」


 翔の宣言に朔夜は呆れたようにため息をつき、酒呑童子は楽しそうに笑った。

今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

次回は、明日20時に更新予定です。


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