第31話 隠世の危機かもしれないのう
翔が帰ったのを確認してから朔夜は久遠に本来の目的を告げる。
「あいつが来ても、霊が見えるようになる道具は渡さないで欲しい」
「別にいいが、なんでじゃ?」
久遠は首をこてんと傾けながら聞く。子供が首を傾げている様子は可愛く見える、しかし久遠は朔夜の何百倍も生きている為、何可愛こぶってるんだろうと思ってしまう。
「これ以上、僕が面倒事に巻き込まれないために」
「ふむ。よくわからないが、わかった。在庫がない事にして先延ばしをしよう。管理人に何かあるとワシらの生活にも影響があるからのう」
「感謝する」
残っていた珈琲を飲みながら、朔夜は久遠に感謝を伝える。珈琲のほろ苦さが心地よい。
そんな穏やかな時間は突然の来訪者により破られる。
「おい、いるか!?」
縁側に続く扉を勢いよく開けて、コウが現れた。パシッと扉の開く音に驚いた朔夜はピクリと肩を振るわす。
「コウか、どうした? 扉が壊れるからあまり乱暴にはしないで欲しいのう」
「いた! 狸を唆した奴がわかったぞ」
コウは朔夜を見つけるとそう言いながら、近づく。その言葉を聞き、朔夜は背筋を伸ばす。先日の神隠し事件の黒幕がわかったという事だ。真剣な表情になり、コウに尋ねる。
「本当か?」
「ああ、天邪鬼だ」
「……天邪鬼?」
「ほぉ、懐かしい名を聞いたのう」
コウの言葉を聞き、朔夜は首をかしげる。それとは逆に久遠は顎に手を当てて考え込む。それを見て久遠が説明をする。
「人間の心を読み、反対の行動をとる鬼じゃ」
「それは知ってる。そんなに危険な奴だったか?」
「天邪鬼は"鬼"だ。人を食うんだよ」
朔夜の疑問に答えたのはコウだった。その言葉を聞き、朔夜は目を見開く。隠世の住人で鬼な知り合いは朔夜にはいる。しかし、友好的で鬼が危険とは考えられなかった。
「鬼ってだけで、そうとは限らないだろ? 酒呑童子とは仲良くやってるよ」
「……そう、ゆうがいたとは言え、なんでテメェは酒呑童子と仲良くやってんだよ」
「さあ? たまに、差し入れくれるし」
「俺の知ってる酒呑童子はそんなことしねぇんだよ!」
「そんなの僕が知るわけないよ」
話が徐々にズレていく。しかし、朔夜もコウも気づいていない。
「こほん」
わざとらしい久遠の咳払いに2人はハッとする。そして2人が久遠を見る。
久遠はなんとも言えない表情をしていた。
「天邪鬼の亜種か。現世に影響を与える可能性が高いな」
「ああ、亜種が最後に出たのは千年前か? かなりの被害が出てたよな」
「そうなの?」
久遠とコウの発言に朔夜は驚いた。過去の文献は漁っていたが、そんな出来事は書いていなかった。しかし、すぐに朔夜の疑問は解消される。
「ああ、天邪鬼と相打ちで当時の管理人は生き絶えた。だから文献には載ってない」
「……そうなんだ」
朔夜は瞳を閉じ、時の管理人に黙祷する。そして自分が身を置いている場所が危険と隣り合わせだという事を再認識する。
「恐れたか?」
「何に? 元々わかっていた事だ。それにその話が本当なら天邪鬼を早くなんとかしないといけない」
朔夜は一瞬感じた死の恐怖をすぐに押し隠し、気丈に振る舞うも、自分の何百倍も生きている神獣達にはバレているだろうと思った。しかし、恐怖は管理人に不要なものだ。
「リンは?」
「今は情報収集をしている。天邪鬼の目的がわからないからな」
「確かに……」
朔夜は考える。天邪鬼は人の考えを読み、反対の事をやる。そこを思い返して、嫌な予感がした。狸の神隠し事件の時に仮に近くに天邪鬼がいたとしたら、その場にいた人間は朔夜だけだ。
「……まさか」
思わず口から声が出る。喉がカラカラで口腔内が乾燥している事を自覚する。
朔夜の声にコウと久遠が朔夜を見る。
「おい、大丈夫か? 顔色が悪りぃぞ?」
心配そうにコウが朔夜に近づいてくる。朔夜は表情を管理することができない。
「確定したわけじゃない、だけどあの神隠し事件を天邪鬼が見ていたとしたら、私は境界の安寧を心から祈った。それの逆ってことは……」
「境界の崩壊か!? ありえなくもねぇのがやばいな」
「……これは一種の隠世の危機かもしれないのう」
朔夜の言いたい事を察したコウと久遠の顔色も悪くなる。現世だけでなく、隠世にも被害が出る可能性があるのだ。
「でも、自分の住処を危機に晒すことはあるの?」
朔夜は微かに震える腕を押さえながらも冷静であろうとする。
「天邪鬼じゃからな。十分にあり得る」
真剣な表情の久遠に朔夜はとうとう言葉を失った。顔から血の気が引くのを感じる。何故自分が立っていられるか不思議なくらい、体に力が入らない。
「大丈夫か?」
倒れかけた朔夜の体をコウが支える。朔夜は何も言えない。口の中がカラカラに乾いている。自分が立っているのかすらもうわからない。自分のせいで隠世が、境界が危機に瀕している。その現実を朔夜は受け止められなかった。
「とりあえず、隠世が危機に瀕していると話せば協力してくれる住人はいるじゃろう。そいつらを出来るだけ味方に引きつけるんじゃ」
「そうだな、リンと協力して隠世を回ってみるか」
久遠とコウが何かを話しているが、朔夜の頭には入らない。
「ごめんなさい……」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「僕のせいで……ごめんなさい」
頬に冷たい何かが伝ったのを感じた。少し遅れてそれが涙だと朔夜は気づく。
「大丈夫だ」
優しい手が朔夜の頭を撫でる。それと同時に涙が拭われたのを感じる。ぼやけた視界が少し見えるようになる。心配そうな久遠が朔夜の涙を指で拭っていた。
頭を撫でているのは支えてくれてるコウだろう。2人は安心させるように朔夜に語る。
「それだけテメェが境界を、隠世を思ってくれてるとわかって嬉しいぜ、あとは俺達に任せろ。お前は天邪鬼の封印方法を調べときゃいい」
「妖を封印できる道具を作ろう。何、隠世の危機じゃ、きっと協力も得られてなんとかなるじゃろうよ」
2人の言葉に朔夜はゆっくりと頷いた。そして、そこで朔夜の意識は途絶えた。
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次回は、明日20時に更新予定です。
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