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第29話 よかったな、少年

 翔は久遠の工房の横にある客間でゆうと知世の話をボーと聞いていた。先客がいたのは驚きだが、待つしかない。それに、翔はこれであの女に幽霊を証明できる、それしか考えていない。


「あっ、ゆうさん。今日クッキーを焼いてみたんですが、食べますか?」

『おっ、知世のクッキーか、食べたいな。少年も食べるだろう?』


 ゆうに聞かれる。確かに微かに空腹を訴えている腹をさする。考えている翔にゆうは笑いながら言った。


『知世のクッキーは美味いぞ。食べないと損するレベルだ!』

「ゆうさん、それは褒めすぎですよ」

『そんな事ない。俺は初めて食べた時に美味すぎて、心臓止まるかと思ったからな! まぁもう死んで幽霊だが!』

「ゆうさんは相変わらずですね」


 2人で笑い合っている。なんだこれと思いながらも翔は自分の本能に従う事にした。


「俺ももらっていいのか?」

「……? はい、勿論ですよ」


 翔の言葉に不思議そうにしてから知世は笑う。そして、立ち上がると「持ってきますね」と微笑みながら客間を出ていく。翔はその後ろ姿を見送った後に、ゆうに声をかける。


「なぁ、知世もここで暮らしてるって事は人間じゃないのか?」

『それは個人情報になるからなぁ。知世に直接聞きな。きっと答えてくれるからさ』


 翔の質問をゆうは笑いながら誤魔化す。でもそれもそうかと翔は思った。勝手に人の秘密を暴くのは駄目だったと反省する。あとで知世が戻ってきたら、謝ってから聞こうと思い、お茶をもう一口飲む。

 そして、湯呑みを机に置いた時だった。隣の工房から爆発音が聞こえてきた。


「ーーっ!?」

『ーーっ、久遠!?』


 翔もゆうもその音に驚く。ゆうはすぐに久遠の心配をして工房のある扉から消えていった。翔は少し迷ったが、何かあれば手助けできるだろうと工房の続く扉を開けた。


 そこには心配そうなゆうと、平然として何かの作業を継続している久遠、そして近くの椅子に腰をかけている制服姿の(・・・・)朔夜(・・)がいた。


「えっ、チカ!?」

「……はぁ」


 驚きの声を上げる翔の姿を確認して朔夜がため息をついた。




♢♢♢♢




 朔夜は久遠の工房の椅子に腰をかけていた。そして、久遠の作業の邪魔にならないようにその作業を眺めている。


 朔夜は数学準備室を出るとすぐに久遠の工房へときていた。空き教室に一度入り、久遠の工房を思い浮かべながら思いっきり扉を開けた。久遠は驚いた様子もなく、一度朔夜を見るとすぐに作業に戻る。その様子を朔夜も気にする事なく、作業が終わるまで待とうと慣れた様子で近くの椅子に座る。


 そしてかれこれ30分ほど経った。


「少し耳を押さえておけ、さや。今から爆発音が鳴る」


 久遠は作業から目を離さずに告げる。朔夜は頷きながら少し離れて両手で耳を押さえる。それから少しして、久遠の宣言通りに爆発音が鳴る。しかし、何かが爆発した様子はない。あまりの爆音に耳を押さえていたが、キーンと耳鳴りがする。久遠はよく大丈夫だなとよく見ると、久遠は耳栓をしていた。

 それは耳がおかしくならないなと朔夜はため息をつく。


 その時、ゆうが客間に続く扉から飛び出してきた。


『久遠、大丈夫か!?』


 心配して久遠に話しかけているゆうを見て朔夜は嫌な予感がした。ゆうがいるという事はまさかと客間に続く扉の方を見る。久遠の空間では彼作の道具の効果は弱まる。だから微かに眼鏡をかけていても朔夜はゆうを見る事が出来るのだ。

 そのタイミングで扉が開き、そこから翔が顔を出す。そして目が合ったと思った。


「えっ、チカ!?」

「……はぁ」


 朔夜は自然とため息が溢れた。翔は朔夜の近くに寄ってくる。そして嬉しそうに話しかけてきた。


「チカなんでここにいるんだ? チカも、もしかして見えるのか!?」


 仲間を見つけて嬉しいのだろう、翔の目は輝いている。それと反比例して朔夜の目は死んでいく。

 この場所で会ってしまった以上、隠世の存在を知っている事は隠せない。せめて、森や神社であった朔夜と同一人物だとバレない事を祈りたい。

 

 現実逃避のために翔から視線を逸らす。久遠は耳栓を外して、流れを見守る姿勢に入っている。翔の後ろに移動したゆうと目が合う。笑顔で親指を立ててきて朔夜は苛立ちを抑えきれなかった。


「……そうだとしたら、なんですか?」


 ため息をつき、現実逃避をやめた朔夜は翔を真っ直ぐに見つめる。朔夜に残された道は、同一人物だとバレない事と開き直る事だけだった。


「いや、初めて俺以外に普通に見える奴に会えたから嬉しくて」


 翔は本当に嬉しそうにいう。それが本当に朔夜には嫌だった。しかし、久遠の屋敷に最初に翔を行くように仕向けたのは朔夜だ。いつか起きたかもしれない事が早く起こっただけだ。それなら、毎日会わない学校以外の姿でバレた方がマシだったかもしれないと思ったが、後の祭りだ。


「そう、よかったですね」


 全く感情のこもってない声で朔夜はいう。それを見てゆうがさらに笑う。


『よかったな、少年』


 ゆうの言葉がこんなに白々しいと、思った事は今まであっただろうか?

 朔夜はまた現実逃避をした。


 

今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

次回は、明日20時に更新予定です。


続きが気になりましたら、ブックマークで応援していただけると非常に励みになります! ぜひ、よろしくお願いします!

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