第14話 境界の管理人が安寧を約束します
翔を森から追い出し、リンに家に無事に帰るまでの見守りを離れた位置からバレないように頼んだ朔夜は先程の場所まで戻ってきていた。木々を風が揺らし、緑の匂いに混ざり、少し獣臭い匂いが鼻腔を通り抜ける。
「今回の事件の首謀者は……狸?」
朔夜は神獣の姿のコウが鉤爪で捕まえている茶色い物体を見て首を傾げる。それに対し、逃げ出そうとしている狸を押さえながらコウは息を吐く。空気に生温かさが混ざる。
『こいつが、巨大な影に化けて人を化かしていたみてぇだな。今は巣の場所を聞き出しているところだ』
どうやら朔夜が翔を追い出しに行っている間に勝敗はつき、すでにコウによる尋問が行われていたようだ。朔夜は小さく息を吐くと、捉えられた狸の前に座る。
「君、目的は何? 境界を犯す行為の場合は僕は君を罰しないといけない」
朔夜の言葉に狸は怯えたように体を鉤爪の下で震わす。
『そんなつもりは滅相もございません。遊んでいたら狭間の穴を見つけたので、噂で聞いた人間を化かしてやろうと。攫った人間は眠らせて隠世の秘密基地に隠しております。穴の広げ方はさるお方が教えてくださったのです! 境界を犯すなど隠世にも被害が出るようなことをするはずがございません』
早口で語る狸を感情の読めない瞳で朔夜は見る。
『んー、この騒動を起こしたのは小物っぽいが、背後に大物は関わっていそうな感じだな』
宙を浮きながら話を聞いていたゆうは胡座をかき、宙返りをした状態で腕を組み唸る。
「そうだね。その件はまた調べないといけない。とりあえず小物が怯えていた隠世に人がいる状態をまずなんとかするのが先決だ」
『そりゃそうだ。テメェは現世にいろ。俺が狸を連れて攫われた人の子を隠世から出す。その際に大きな穴が出来るからテメェはそっちをなんとかしろ』
コウは朔夜にそう伝えると狸を掴んだ状態で空を飛ぶ。朔夜は一度ため息をつくと、鞄から装飾のついた扇子を取り出す。
「わかった。穴だけで他が出てこないなら扇子と舞でなんとかなるから、そっちは頼んだ」
そう伝えると、近くの木下に鞄を置き、比較的平らな地面を探す。そして足で少し地を慣らすとパサっと扇子を開く。扇子の飾り紐が風に靡く。
「現世と隠世の狭間に境界の管理人が安寧を約束します」
そう口ずさみ、扇子を口元に寄せる。そして、コウが穴を自分が通れる大きさに拡大させているのを尻目に神楽を舞い始める。
『相変わらず綺麗な神楽だな。鈴を持って来てなかったがそれでも十分か。歴代でも上位の舞だな』
邪魔にならない位置に浮いたゆうはほうっと息を吐き、朔夜の神楽に見惚れる。
そして、コウが隠世に攫われた人間達を連れて現世に戻ってくるまでの間、舞い続けたのだった。
♢♢♢♢
「終わったのか?」
「……久遠」
コウが人型に戻り、攫われていた3人を木の幹にもたらさせていると朔夜の後ろから1人の少年が近づいてきた。朔夜は驚いた様子もなく、近くに置いた鞄に扇子をしまいながら振り向く。そして嫌味のように言う。
「随分早いお越しで」
「そういうな、朔夜。こっちはもう隠世には関われないんだ。穴が塞がるまでは近づけず近くに待機しておった」
少年ーー久遠は年寄りがかった話し方をしながら、攫われた人々に近づき、様子を確認する。
「少し衰弱しとるが、隠世の空気のおかげで仮死状態になっておったみたいじゃな」
「……現世に戻ったから仮死は解除されたってこと?」
「そういう事だ。後は偶然を装って警察に連絡すればこの件は終了だろう」
久遠は朔夜に説明しながら3人の健康状態も次々と確認していく。
「狸の悪戯が今回の顛末か。騒ぎのわりに終わりは呆気なかったな」
「そうだね、後はあの狸を唆した大物探しがまだ残っているけど」
久遠に面倒臭そうに朔夜は答える。宙を浮いていたゆうが久遠の隣にトンッと降りる。
『久遠、実は問題はもう一つあってな?』
ゆうは申し訳なさそうに笑いながら、先程少年に取り憑いて、その結果少年が幽霊を見えるようになった事を話す。
話を聞き久遠は頭を抑える。
「お前は……」
呆れたように言いながら顎に手をあてる。そして何かを考え込むように唸る。一瞬その場は気を失っている3人の寝息以外の音が消えた。
「とりあえず明日、そいつを連れてこい。直接確認しよう」
『ありがと、久遠。恩に着るぜ』
「朔夜、お前も明日一緒に来い」
「それは嫌かな。そいつ、関わると面倒そうだったから霊感無いフリする事にした。明日の道案内はゆうとコウに任せるよ」
朔夜は久遠とゆうにめんどくさそうに言う。
「おい、朔夜勝手に俺を巻き込むんじゃねぇ」
いきなり話を振られたコウは朔夜に詰め寄る。
「ぅん……」
「!?」
攫われた人間が寝ぼけた声を上げる。その場に緊張した空気が走る。
「とりあえずここ離れるよ。鳴海に連絡してそこから警察に通報してもらおう。鳴海がうまく口先八丁で言いくるめて神隠し事件を怪異としてじゃなく解決してくれるだろう」
朔夜は他力本願にそう指示を出すと3人も頷きその場を後にした。
面倒事は他人に丸投げするのが1番だ。自分の役割は境界の安寧を守る事。他の事に気を取られ疎かにするわけにはいかないのだから。
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次回は、木曜日の20時に更新予定です。
本日より、境界の管理人の更新を【毎週月・木曜日20時更新】に変更しました。
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