第5話 初夜のはずが、婚姻届を出していませんでした
「あのさ……今日は初夜なんだが……その……恋愛経験ないんだよな?」
「うん」
「いきなり……は、まずいよな」
「何のこと?」
「いや、ちょっとずつ慣れていこうって話だ」
ヴェイルの目が泳ぐ。
「どうしたの? ヴェイ」
「何でもねぇよ」
でも……待て。
人間って、届け出をしないと結婚にならないんじゃなかったか?
それってまずくないか?
初夜じゃないじゃん。
俺、あほだろ。
ヴェイルは真顔になった。
「リシェ。俺は大きな間違いを犯していた」
「え?」
「今日は初夜じゃない」
「……え?」
「人間が結婚するには、届けがいるって聞いたことがある」
「あ……そういえばそうね」
「それって当たり前だわ」
「その通りだ」
ヴェイルは頷く。
「だから、俺たちはまだ結婚してない」
「法律上は」
「なるほど……」
「いや、でも」
ヴェイルは慌てて付け加えた。
「俺たちの意識の中では結婚している」
「お前は俺の嫁だ」
「うん。嫁だね」
「だからヴェイは私の夫」
「そうだ」
「間違いない」
「うん。確かに」
リシェが素直に頷く。
かわいい。
だが。
「お前がかわいくても、初夜をするわけにはいかないんだ」
「なるほど」
「だから……今日は残念だが、初夜はやめておこう」
「わかったわ。納得した」
「リシェは賢いな」
「うん」
……助かった。
いや、助かってない。
とりあえず魔力注入はするんだよな。
手を繋ぐんだよな。
こいつ、距離近いし。
しかも反応が素直だ。
やばい。
俺の理性が持たなくなる。
「えっと……他に手続きとかあるのかな?」
「わからん」
「俺は人間じゃなくて魔族だったからな」
「お前の方が詳しいんじゃないのか? 人間だろ?」
「そうなんだけど……そういうの、よくわからなくて」
こいつ、意外とポンコツだな。
一人でよく生きてこられたな。
「ちなみに、お父さんとお母さんは?」
「ご挨拶に行った方がいいんじゃないか?」
「あ……亡くなってないから」
「あ、そうなんだ。まあ、俺もだ」
「ふぅん」
「なら問題ないな」
「問題ないわ」
でも、もし生きていたとして。
元魔王でしたって挨拶するのか?
無理だろ。
職歴が危険すぎる。
「そういえば、仕事ってどうするんだ?」
「届けとかいるのか?」
「知らないけど、いるんじゃない?」
「ギルドなら登録が必要だったわよ」
「ギルドは……やべぇよな」
ヴェイルは真顔になった。
「俺、職なしじゃん?」
「雇ってもらうなら、職歴とか書くんじゃないかしら」
「職歴、元魔王ですが」
「無理ね」
「私も元勇者」
「……」
二人して黙る。
あり得なかった。
どうするんだ、俺たち。
「自分たちで仕事すれば、問題ないわ」
「職歴いらない」
「最高」
「お前、ただのポンコツじゃなかったんだな」
「たまには役に立つわ」
「で、何する?」
「私、剣くらいしかできない」
ちーん。
「あと……ちょっと魔法」
「俺は魔法なら余裕だ」
「趣味で魔道具も作ってたぞ」
「それ、売ればいいんじゃない?」
「じゃあ、それで」
仕事は決まった。
「ネット整備して仕事すればいいね」
「ネット整備って、人間界では必要なのか?」
「魔法で繋げばよくないか?」
「まさか勝手にエネルギー回線へ接続する気?」
「……それ違法だから」
「違法なのか?」
「いつもしてたぞ」
「魔族ネットでしょ、それ」
「多分……」
「人間界ではやっちゃ駄目だから」
「わかった」
「じゃあ、人間界用でやる」
「仕方ないな」
「もう魔王じゃないんだから」
「すまん」
「でも、すぐできるよ」
「そうなのか?」
「そのへんは住んでたからわかるの」
「申し込みすれば、すぐ繋がるし」
「へぇ……」
「あと、ネット繋ぐ魔道具っているよな」
「うん」
「作るか」
「ん? できるの?」
「簡単だろ?」
「一応、便利だから持ってきたぞ」
ヴェイルが取り出した魔道具を見て、リシェが固まった。
「……やたら高性能なんだけど」
「どこで買ったの?」
「俺が作ったが?」
「……」
リシェは静かに言った。
「売れるわよ」
今回は、元魔王と元勇者の新婚生活……のはずが、まさかの婚姻届問題でした。
世界を救ったり滅ぼしたりしていた二人ですが、人間界の法律にはあまり詳しくなかったようです。
職歴が「元魔王」「元勇者」なのも、なかなか厳しいですね。
多分、普通に就職活動したら止められます。
そして、ヴェイルは思った以上に真面目でした。
勢いで行かず、「届け出してないから初夜じゃない」という結論に辿り着くのは、わりと彼らしい気がします。
次回からは、人間界での生活準備も始まりそうです。
ネット契約、仕事、魔道具販売。
元魔王夫婦、ちゃんと生きていけるのでしょうか。
読んでくださってありがとうございました。




