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理(ことわり)を焼く爆炎師~五元素の加護なき男、物理法則を武器にして魔導帝国へ復讐する~  作者: いわん


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第7話:聖女の宣託

 水晶板が街角に設置されたのは昼過ぎだった。

 帝都では定期的に、神官庁が「宣託の放映」を行う。大型の水晶板に映像を映し出す技術で、帝国全土の主要都市に同じ映像を同時に届けられる。民衆への情報伝達と、帝国の権威を示すための装置だった。

 三人は市場の端から水晶板を見ていた。

 人が集まっていた。宣託の放映がある日は、市場が止まる。民衆が水晶板の前に集まり、神官庁の言葉を聞く。それが帝国の日常だった。

 水晶板が光った。

 神官庁の紋章が映し出され、荘厳な音楽が流れた。それから神官の声が響いた。

「帝国民に告ぐ。五元素の祝福により、新たな聖女が現れた。聖女は全ての加護ある者の象徴であり、帝国の光明である。聖女の導きにより、帝国は更なる繁栄を迎える」

 水晶板の映像が切り替わった。

 白いローブを纏った女性が現れた。

 カールは見た。

 止まった。

 息が、止まった。

「カール。あの聖女を知っているのか?」とゲンツが言った。

 カールは答えられなかった。

 水晶板の中の女性は、カールの知っている顔をしていた。しかし知っている顔とは違っていた。顔の造形は同じだった。髪の色も、輪郭も、同じだった。

 しかし瞳が違った。

 光がなかった。


 エレンと最後に会ったのは、四年前だった。

 帝国軍に入隊する直前、故郷の村で一晩話した。二人で村外れの丘に登り、夜明けまで話し続けた。

 エレンは化学が好きだった。カールと同じくらい、あるいはそれ以上に。

「金属を酸に溶かす実験をした」とエレンは言った。「塩酸に鉄を入れたら泡が出た。あの泡は水素だと思う。確認する方法を考えている」

「水素は燃える」とカールは言った。「泡を集めて火をつければ確認できる」

「やってみる」とエレンは言った。目が輝いていた。

 彼女には加護があった。風属性の弱い加護だった。帝国の基準では価値が低いとされていた。しかしエレンは加護に興味がなかった。化学に興味があった。加護があっても、仕組みを知りたいという欲求は消えなかった。

「いつか、帝国に認められない知識を、認められる形にしたい」とエレンは言った。「加護なき者でも化学を使えることを、証明したい」

 カールは頷いた。「一緒にやろう。俺が軍で実績を作れば、発表できる場ができるかもしれない」

 エレンは笑った。その笑い方を、カールは今でも覚えていた。

 それが最後だった。

 帝国軍から追放された後、故郷に戻った。

 村がなかった。

 丘の上から見下ろした時、最初は理解できなかった。黒い。一面が黒い。近づいてから分かった。焼けていた。建物が全て、根元から焼き払われていた。人がいなかった。動くものが何もなかった。

 三日かけて調べた。

 帝国軍の記録を持つ伝令を捕まえて、脅して話を聞いた。

「カールの研究は不要」と帝国軍が判断した。化学部隊から追放した男の出身地を、証拠ごと消したのだった。研究資料、家族、村人、全員。加護なき者の研究が広まる前に、根を断つ。それが帝国軍の判断だった。

 エレンも、その中にいたはずだった。

 カールはその事実を三日間かけて受け取った。受け取り終わってから、動き始めた。怒りは感じた。しかしその怒りを、カールは燃料に変えた。エレンの死は、カールの復讐の理由の一つになった。村ごと消された全員の分が、復讐の理由になった。

 そして今、水晶板の中にエレンがいた。


「あいつが、自分から行くはずがない」とカールは言った。

 声が低かった。ゲンツが横を見た。カールの顔が普段と違った。感情を抑えている時の顔だった。

「死んだと思っていた」とカールは続けた。「村ごと燃やされた。生き残りはいないと思っていた」

「生きていたのか」とゲンツが言った。

 カールは答えなかった。

 水晶板の中でエレンが動いた。民衆に向けて手を伸ばすような仕草をした。口が動いていたが、音声は神官の声に重なって聞き取れなかった。

 その目は、前を見ていた。

 しかし何も見ていなかった。

 カールはその瞳を見た。三秒だけ見た。それから視線を外した。

 頭の中に、丘の上でエレンが笑った顔が浮かんだ。水素の泡の話をしている顔が浮かんだ。「いつか証明したい」と言った声が蘇った。

 村が燃え尽きてていた光景も浮かんだ。黒い。一面が黒い。

 カールは首を振った。

 今は関係ない。

 今は関係ない話だ。

「連れて行かれたんだ」とカールは言った。「村を焼く前に、あいつだけ引き抜いた。使えると判断した。だから生かした。そういうことだ」

 声は平坦だった。しかし平坦にするために、何かを押さえつけていた。

「何のために」とゲンツが言った。

「象徴だ」スーケリーが口を開いた。静かな声だった。「加護ある者を動かすのに、言葉だけでは足りない。顔が必要だ。民衆が従う顔が」

 三人は水晶板を見た。

 エレンが映っていた。白いローブが風に揺れていた。美しい映像だった。神聖に見えた。

 しかしその瞳には光がなかった。

「神官長の仕業ね」とスーケリーが言った。

 三人の表情が同時に硬くなった。


 市場から離れた路地で、三人は立ち止まった。

「計画は変わらないか」とゲンツが言った。

 カールは少し間を置いた。

 長い間だった。ゲンツは何も言わずに待った。

「変わらない」とカールは言った。「順番がある。ドレスが先だ。その後に神官長がいる」

「エレンのことは」

「今は考えない」

「本当に考えないのか」

 カールはゲンツを見た。「考えても今は動けない。動けない時に考えることは、精度を下げるだけだ」

 ゲンツは何も言わなかった。

 スーケリーが言った。「神官長を始末する時、聖女はどうする」

「その時に考える」

「時間があれば」

「時間を作る」カールは歩き始めた。「今夜、次の作戦の準備をする。動いている間は考えなくていい。手を動かせ」

 ゲンツとスーケリーがついてきた。

 カールは前を向いたまま歩いた。

 路地の向こうから、水晶板の音声が聞こえてきた。神官の声が宣託を読み上げていた。聖女の名前が告げられた。

 帝国は別の名前を与えていた。エレンという名前ではなかった。

 カールはその名前を聞いた。

 頭の中で、丘の上の夜明けが一瞬だけ浮かんだ。エレンが笑っていた。黒い村が浮かんだ。エレンが笑っていた場所が、灰になっていた。

 消した。

 歩き続けた。

 皇帝が先だ。


 帝都の大神殿では、宣託の放映が終わった後、神官長ヴァルナが側近と話していた。

「全国への放映は成功した。聖女の映像は予定通りに機能した」と側近が言った。

「反応は」

「民衆の支持率が上昇しています。爆炎師への不安が一部にありましたが、聖女の登場で帝国への信頼が回復しています」

 ヴァルナは頷いた。「聖女の状態は」

「安定しています。制御装置が正常に機能しています。今後も定期的な放映に使用できます」

「続けろ」ヴァルナは言った。「爆炎師討伐が長引く間は、民衆に別の焦点が必要だ。聖女はその役割を果たす」

 側近が退出した。

 ヴァルナは一人になった。

 窓の外に大神殿の中庭が見えた。白い石畳に、夕暮れの光が当たっていた。美しかった。秩序があった。

 化学の研究をしていた女を、村ごと消す際に一人だけ保護した判断は正しかった。顔が使えた。死んだことにしておいたのも正しかった。生きているとなれば、関係者が動く可能性があった。

 ヴァルナは机に向かった。

 次の宣託の日程を確認する書類があった。それを開きながら、ヴァルナは思った。爆炎師が聖女の正体を知る可能性は低い。村ごと消した。証人はいない。

 書類に目を落とした。

 窓の外で、夕暮れが暮れていった。


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