第4話:雷撃の再会
追手が三人いた。
帝国軍の制服を着ていない。私服の男たちだった。情報部の人間だとカールは判断した。軍が動けば目立つ。情報部は目立たない形で動く。三人が距離を保ちながら、カールの後を追っていた。
帝都の外れの市場だった。人が多い。人混みに紛れれば距離を詰められる。カールは露店の間を縫いながら、進む方向を変えた。
路地に入った。
古い倉庫街だった。昼間でも人通りが少ない。追手にとっては好都合だが、カールにとっても好都合だった。人がいなければ薬品を使いやすい。
背後で足音が速まった。
カールは走らなかった。走れば追われていると確定する。速足で進みながら、懐の皮袋を確認した。今日は大規模な道具を持っていない。小型の発煙筒が二つと、油の小瓶。それだけだった。
角を曲がった瞬間、何かが飛んできた。
反射的に身をかがめた。頭上を何かが通過し、背後の壁に当たった。
弾けた。
青白い光が走り、壁面が焦げた。雷撃だった。魔術ではない。電気だ。放電の臭いが漂った。
カールは壁際に張り付いた。追手が来る前に、別の路地へ抜ける必要があった。しかし光が来た方向が問題だった。追手とは反対側からだった。
「動くな」
声がした。路地の奥から人影が現れた。
大柄な男だった。三十代、無精髭、目つきが鋭い。右手に奇妙な装置を持っていた。金属の筒に複数の導線が巻きつけられていた。先端が微かに光っている。さっきの雷撃を放った装置だった。
男はカールを見た。
カールは男を見た。
三秒の沈黙があった。
「カールか」と男が言った。
「ゲンツ」とカールは言った。
三年前の帝国軍に、ゲンツという男がいた。
化学部隊ではなく、工兵部隊だった。機械と装置を扱う部隊で、魔術の素養がない者でも入れる数少ない部署だった。カールとは訓練で何度か顔を合わせた程度だったが、同じ食堂で飯を食い、同じ風呂に入った。加護なき者同士、自然と話すようになった。
ゲンツは装置を作るのが得意だった。
工兵部隊では、魔術師が結界を張れない場所での作業が多い。手動で動く仕掛けを作り、物理的な問題を解決する。ゲンツはその種の仕事が速く、正確だった。上官にも評価されていた。少なくとも、ドレスが来るまでは。
ドレスが工兵部隊の視察に来たのは、カールが追放される一ヶ月前だった。
「加護なき者が作った装置に、帝国軍の未来を任せる気はない」
それだけだった。理由はそれだけだった。ゲンツの実績も技術も、一行の言葉で無効になった。
カールが追放された一週間後、ゲンツも部隊を去った。
「追手がいる」とカールは言った。
「知ってる」とゲンツは答えた。「だから先に動いた。追手に追手がいるとは思わないだろう」
「俺を狙っていたのか」
「探していた。噂を聞いた。加護なき者が城の魔術師を倒したという話。お前しかいないと思った」
ゲンツは路地の奥に手招きした。カールはついていった。
古い倉庫の扉を開けると、中は作業場になっていた。金属の部品、導線、工具。机の上に図面が広げられていた。複雑な回路図だった。
「ここに住んでいるのか」
「三ヶ月前から。帝都に潜り込んで情報を集めていた」ゲンツは装置を机に置いた。「これを見ろ」
装置の説明を始めた。電気分解で水素と酸素を生成し、放電のタイミングで爆発的な火花を起こす仕組みだった。雷撃のように見えるが、魔術ではない。電気現象だ。
「射程は五メートルまで。連続使用は三回が限界。充電に時間がかかる」ゲンツは言った。「まだ荒削りだが、魔術師の結界は貫通できる。結界は魔力への干渉を防ぐが、電気は魔力じゃない」
カールは図面を見た。
「改良できる」と言った。
「どこを」
「放電のタイミングと導線の配置。ここを変えれば射程が倍になる。充電時間も短くできる」
ゲンツが図面を覗き込んだ。「本当か」
「燃焼理論と電気現象は根が同じだ。現象の仕組みを理解すれば、改良の方向が見える」
二人は図面を挟んで向かい合った。
しばらくして、ゲンツが言った。「ドレスの野郎、今でも軍の上層部で威張り散らしてるぞ。大佐に昇進した。加護ある者しか昇進できない帝国軍で、加護ある者を追放した実績で出世した」
カールは図面から目を上げた。
「そうか」と言った。「では順番に片付けよう」
ゲンツが少し黙った。それからゆっくりと頷いた。「俺も混ぜろ」
「最初からそのつもりだ」
夜になった。
二人は倉庫の中で作業を続けた。カールが改良点を指示し、ゲンツが手を動かした。分業が自然に成立した。考える側と作る側。どちらが上でも下でもない。それぞれの得意がある。
「加護がなくても戦える方法があると思っていた」ゲンツは作業しながら言った。「追放されてから、ずっとそれを考えていた。魔術が使えないなら、魔術以外のもので勝てばいい」
「考えた結果がこれか」カールは装置を指した。
「三年かかった。お前は」
「燃焼理論を体系化した。一年半かかった」
ゲンツが笑った。「俺より速いな」
「お前の装置の方が複雑だ」
二人はしばらく作業を続けた。倉庫の外から街の音が聞こえた。帝都の夜だった。魔術の灯りが街を照らしていた。加護ある者たちの世界だった。
「ドレスの後は」とゲンツが聞いた。
「判事がいる。神官長がいる。その先に皇帝がいる」
「全員か」
「全員じゃない。順番がある」カールは図面に数字を書き込んだ。「ドレスが最初だ」
「理由は」
「俺たちを追放した男だから」
ゲンツは作業の手を止めた。「復讐か」
「そうだ」
「革命じゃないのか。帝国の制度を変えるとか、加護なき者の権利を守るとか」
カールは図面を見たまま答えた。「俺はそういう話をしていない。自分の話をしている」
ゲンツはしばらく考えた。それから作業を再開した。「分かった。俺も自分の話をする。ドレスに追放されたのは俺も同じだ」
二人の間に余分な言葉はなかった。
作業が続いた。
改良された装置の図面が、少しずつ完成に近づいていった。才能がなくても戦う方法は作れる。加護がなくても考える頭がある。考えれば分かる。分かれば作れる。作れれば使える。
それだけのことだった。
帝国軍本部の執務室で、ドレス大佐は夜の報告を受けていた。
「本日、情報部の追跡班が爆炎師の追跡に失敗しました。帝都外れの倉庫街で見失ったとのことです」
ドレスは書類を置いた。
「倉庫街か」
「はい。その周辺に、長期滞在している人物がいる可能性があります。調査を」
「ゲンツ」とドレスは言った。
「閣下?」
「工兵部隊にいた男だ。三年前に追放した。倉庫街で装置を作っているとしたら、あいつしかいない」ドレス大佐は立ち上がった。「ゲンツまで生きていたのか。不愉快だ」
「討伐を」
「情報部に任せておけ。軍が動く段階ではない」
ドレス大佐は窓の外を見た。
加護なき者が二人、帝都に潜伏している。一人は燃焼を使う。もう一人は電気を使う。
馬鹿げた話だと思った。しかし今回は、その言葉が以前より遅かった。




