第29話:皇帝爆殺
皇帝が動いた。
玉座から離れた。後方の扉に向かおうとした。逃げるのではなかった。扉の向こうに何かがある。魔導核の起動装置か、別の手段か。
カールは走った。
皇帝より先に扉の前に立った。
皇帝が止まった。
「どけ」皇帝は言った。
「どかない」
「帝国は終わらない。お前が私を殺しても、帝国の制度は残る。次の皇帝が続ける。祝福制度は続く。お前の復讐は何も変えない」
「変わらないだろう」カールは言った。「帝国は残る。制度は残る。変えるつもりでここに来たわけじゃない」
「では何のためだ」
「俺の話だ」カールは言った。「帝国の話じゃない。俺の村が燃えた。俺の家族が死んだ。エレンが道具にされた。グレッグが記録にも残らずに処刑された。それに対する俺の答えだ。世界を変えるためじゃない」
皇帝はカールを見た。
「個人の復讐か」
「そうだ」
「馬鹿げている」
「そうかもしれない」
カールは杖型爆弾を持ち直した。
皇帝が懐に手を入れた。何かを取り出そうとした。
カールは間合いを詰めた。
皇帝の手首を掴んだ。懐から出ようとしていたものを止めた。小型の発火装置だった。魔導核の起動装置だった。
「離せ」皇帝は言った。
「離さない」
二人が組み合った。
皇帝は体格が良かった。五十代だったが力があった。しかしカールは三年間、戦い続けてきた。体の使い方が違った。
発火装置を奪った。
皇帝が後退した。玉座のそばまで戻った。
カールは発火装置を床に叩きつけた。壊れた。
皇帝が立っていた。
手に何もなかった。後方の扉にも辿り着けなかった。
「終わりだ」カールは言った。
皇帝は答えなかった。
何かを言おうとしている顔ではなかった。計算している顔だった。まだ何かを計算していた。この状況でも、出口を探していた。
五百年続いた帝国の皇帝だった。
「一つだけ聞く」皇帝は言った。
「何だ」
「お前の復讐が終わった後、帝国はどうなると思っている」
「分からない」カールは答えた。「考えていない。知ったことではない」
「考えていないのか」
「俺の話はここで終わる。その後の話は別の人間がする」
皇帝は少しの間カールを見た。
「それでいいのか」
「いい」
カールは杖型爆弾を右手に持った。
「待て」皇帝は言った。
「待たない」
カールは扉の方に向かって叫んだ。
「爆発に巻き込まれる。逃げろ」
扉の外で、ゲンツとスーケリーとエレンが聞いた。
エレンはスーケリーに支えられながら廊下にいた。カールが中にいることは分かっていた。扉が厚く、声は届かなかった。しかし叫び声は届いた。
「走れ」スーケリーが言った。
ゲンツが先に走った。スーケリーがエレンを支えながら走った。
廊下を走った。角を曲がった。石柱の陰に入った。
「伏せろ」ゲンツが言った。
三人が伏せた。
玉座の間で、カールは杖型爆弾を玉座に向かって動かした。
皇帝が障壁を展開した。
加護を持つ皇帝だった。帝国の頂点に立つ者として、個人の防御魔術を持っていた。青白い光が皇帝を包んだ。玉座全体を覆った。
カールはその障壁を見た。
杖型爆弾の設計は、この状況を想定していた。
通常の爆弾は外部から爆発する。障壁が外部の爆発を防ぐなら、内部で爆発させればいい。杖の形をした爆弾を、障壁の内部に差し込む。障壁の中で起爆すれば、障壁が爆発を閉じ込める。閉じ込められた爆発は、内側に向かう。
カールは前に出た。
皇帝が詠唱した。追加の防御を展開しようとした。
カールは障壁に触れた。
障壁は魔力の干渉を防ぐ。しかし物理的な接触を完全に防ぐものではなかった。ゆっくりと押し込めば、入れる。障壁の性質だった。急激な衝撃は防げる。しかし緩やかな力には、境界があいまいになる。
杖型爆弾を障壁の内部に押し込んだ。
皇帝が止めようとした。
玉座の脚に突き刺した。
起爆した。
爆発は外に漏れなかった。
障壁が爆発を閉じ込めた。爆発のエネルギーが内側に集中した。玉座が砕けた。石の床が割れた。天井から破片が落ちた。
障壁が消えた。
煙が充満した。
カールは廊下に退避していた。扉を押さえながら退避した。爆風を受けたが、致命的ではなかった。壁に叩きつけられた。立ち上がった。
煙の中に入った。
瓦礫があった。玉座だったものが崩れていた。石の破片が散乱していた。天井の一部が落ちていた。
カールは瓦礫をどかした。
一つずつどかした。静寂だけがあった。
皇帝がいた。その体はボロボロであった。
状態を確認した。呼吸も心音もなかった。
「終わった」とだけ言った。
泣かなかった。叫ばなかった。静かだった。
終わった、という実感が来た。しかし思っていたものと違った。もっと何かが来ると思っていた。怒りが消えるとか、何かが満たされるとか。しかし来なかった。ただ終わった、という事実だけがあった。
グレッグの処刑を見た夜のことを思い出した。バルト判事の顔を確認した夜だった。あの夜から始まったことが、今日終わった。
村のことを思い出した。黒い。一面が黒い焼け野原だった。
エレンの顔を思い出した。丘の上で笑っていた顔だった。
カールは立ち上がった。
瓦礫の山を見た。玉座だったものだった。帝国の権威の象徴だったものが、今は石の破片になっていた。
しばらく見ていた。
どのくらいの時間かは分からなかった。
帝国は終わらない。制度は残る。次の皇帝が立つかもしれない。祝福制度がすぐになくなるわけではない。
しかし、一つだけ終わった。
祝福が絶対という思想を持った人間が、今日死んだ。その思想の根が、今日断たれた。
それだけだった。それだけで十分だった。
玉座の間を出た。
廊下に出た。
煙が少し入ってきていた。しかし廊下は無事だった。
歩いた。
城の外に出た。
城の外には光があった。昼の光だった。空が青かった。白い光は消えていた。エレンの魔術が止まった後の空だった。
ゲンツとスーケリーとエレンが待っていた。
三人が見た。
ゲンツが聞いた。「終わったか」
カールは答えた。「ああ」
それだけだった。
他に言うことがなかった。言うべきことが、「ああ」以外になかった。
エレンがカールを見た。
カールはエレンを見た。
四年ぶりに、意識のある状態でエレンと向き合った。
エレンの後頭部にはまだ突起があった。装置はまだそこにある。外す作業は別に必要だった。
しかし瞳に光があった。
それだけで今は十分だった。
「後頭部の装置を外す」とカールは言った。「技術者を探す。神官長を始末した。関係した技術者が残っているはずだ」
「それが終わったら」ゲンツが聞いた。
カールは少しの間黙った。
「考えていない」カールは呟いた。
ゲンツが頷いた。スーケリーは何も言わなかった。
四人は城から離れ始めた。
帝都の空は青かった。白い光は跡形もなかった。
風が吹いていた。




